p106- 記録によると、はじめて日本の警察官に拳銃が貸与されたのは大正十三(一九二四)年のことだという。 その後、戦後間もない昭和二十五(一九五〇)年、米軍から払い下げられたS&W(45ロ径)が全国の警察官に貸与されて警察拳銃の主流となった。 この大型拳銃は「南北戦争当時から使われている」と言われるほど古いもので、45□径の実弾を発射すると、当然ながら爆発音も反動もケタはずれに大きく、われわれは射撃訓練のときに泣かされたものである。 しかし、昭和三十八(一九六三)年にニューナンブ(38口径)の生産が開始されると、45口径のS&Wは少しずつ活躍の場を奪われ、やがて国産のニューナンブが日本の「警察官の魂」と言われるようになっていった。 ここで、拳銃に関する法律を列挙してみよう。 まず、警察官に拳銃を所持することを許した法的根拠として、 銃砲刀剣類所持等取締法第三条第一項第一号 警察法第六七条 警察官けん銃警棒等使用および取扱い規範第一三条第一項及び第二項 贅察官の服装に関する規則第三条第一項 つぎに、警察官が拳銃を取り出すことのできる法的根拠として、 警察官けん銃警棒等使用および取扱い規範第六条 そして、警察官が拳銃を使用することのできる法的根拠として、 警察官職務執行法第七条 警察官けん銃警棒等使用および取扱い規範第七条〜第一〇条 こんな法律を列挙しても、読者には何の意昧もないので、実際に、拳銃の使用に先立つ「取り出し」についてどのような制限を受けているのかを見てみよう。 結論から言えば、「警察官の現場の判断」に任されている。だからといってむやみに拳銃を取り出してよいはずはない。つまり、取り出しについては厳格な要件を必要としないが、「拳銃の使用が予測される場合」(警察官職務執行法第七条)にのみ取り出すのが一般的だ。 さらには回転式拳銃であれば撃鉄を起こさず、自動式拳銃であれば銃弾を装填しない。そして「用心がね」の中に指を入れない(引き金に指を触れないという制約もある)ということだ。 拳銃の使用の形態はさらに三つに分かれる。 一、相手に向かって拳銃を構える場合 二、威嚇射撃ができる場合 三、相手に向かって拳銃を撃つことができる場合 しかし、拳銃使用の目的となると、解釈はかなり複雑になる。 たとえば、「相手に向かって拳銃を構える場合」は、「犯人逮捕のために拳銃を構えることができる」ということなのだが、実際は多くの制限制約がついてまわる。 たとえ相手が犯人であっても簡単に拳銃を向けられたら、危なくてたまったものではない。犯人にもいろいろなケースがあるのだから(この場合の犯人とは、たんなる不審者は含まれず、ケースバイケースだが実務的には凶悪な罪を犯した犯人を想像したほうがより妥当だと思う)。 |
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2010年03月25日
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一昨日ということになりますが、
ジャーナリストの岩上安身さんが主催したUST(ユーストリーム)が無事に終了しました。拡散などの為にご協力頂いたみなさん、ご視聴頂いたみなさん、ご意見をお寄せ頂いたみなさん、本当にありがとうございました。
<第1部> 岩上安身 黒木昭雄
警察・検察・真実を報じないクラブメディア
ユーストリーム実況中継
3時間以上のライブを終えて帰宅したのは午前2時過ぎ。
ネットを広げてみるとライブに関する記事が掲載されていました。内容はご覧のとおり。
初めから物書きを目指してきた人の筆はスゴイですね。
その素早さと筆のタッチに圧倒されました。ぜひ、ご覧下さい。
なお、「愛媛白バイ事故の民事判決間近!高知に未来はあるのか?」
こうした、私たちの生活に直結した重要課題に踏み込むことができず、申し訳けありませんでした。次回、発言の機会があれば、しっかりと私の意見もお話しさせていただきます
<第2部> 寺澤有
☆以下に転記・転載します。
岩上、黒木両氏の緊急対談をお勧めする理由
岩上さん、黒木さん、二人のジャーナリストによる緊急対談を是非御覧いただきたい。
(現時点ではエンコード未了です) テーマとなった事件はあまりにも複雑で分かりにくく、一見政治的要素が薄く思えるので、地味に見えますが実は非常に重大な事件です。 ご案内の動画は長く、音声も不安定なため若干工夫を要しますが、ぜひ最後までお聞きいただきたい。せっかくの生情報ですのでご自身で判断していただきたく、あえて要約はしませんが、これは二つの意味で、誰にとっても他人事ではありません。 1つは、身近な警察が正義や真実を曲げてまで保身に走り、その結果一人もしくは二人、あるいはそのご家族も含めれば多くの方の人生が葬られてしまった可能性があるということです。
地検特捜部のように特定の地位がある人物が対象ではなく、 すぐ身近で直接権力を行使できる警察組織の行いです、 無実や正直が通用せず銃刀法違反のような明確な犯罪を放置している可能性があるという事です。 刑事ドラマの相棒に出てくる、警察組織を守る本部長のような人物と組織の存在が、実例として語られているのかもしれません。 いま1つは、ミスを恐れるあまり虚偽やごまかしで重大な過ちを人が選択してしまう、心理的環境を日本人の多くが抱えていること、それはひとりひとりの問題だということです。
まっとうな社会人ならばミスが起きるのはどうしても避けられない事、 ミスをしてしまったときは先ずはそれを自身が受け止めて認めてしまうこと、 次にそのミスのリカバリと以後の対策を明確にすることが最善だと言う事を知っています。 それでもなお、ミスが判明した瞬間は、何とか目立たないように埋め合わせられないか、隠せないかと考えてしまう事が多いと思います。 裏返せば、過剰にミスに恐怖感を覚える心理的環境があるということです。 物事をわかりやすく善悪で二分してしまう、 子供を成績という単一の基準で評価してしまう、 メディアが悪徳政治家とラベル付すればそのまま自分の評価だと思い込んでしまう、 真偽不明の情報を自己判断なしに再頒布してしまう、 これらは他人事ではないはずです。 こうした社会心理学的傾向「おそれ」が、過剰にミスそれ自体を非難してしまい誤魔化しや2次的過ちを再生産してしまいます。 社会問題に一人の心情をとりたてて語るのは無意味でしょうか、
この対談はどなたかが黒木さんをツイッターに誘い、
黒木さんがずっと取り組んできたテーマを語り始めたところから始まりました。 以前からツイッターで活躍しておられる岩上さんが、即日黒木さんにコンタクトを取り二日後には対談が実現しました。 その一滴が、ドクンと拍動のように広がったのを感じました、 ツイッターを中心にして多くの方がその問題を共有しましたこの拍動はまだ拡がることでしょう。 私達は自身で選択して自身で判断できる、編集の無い情報に触れられる機会をいただいています、 そして一部の乱反射を除いて、多くの人はそれを素直に受け取り判断して響きを再生産出来る手段も得ています。 一人の自立した判断と思いが価値を持ちつつあります。 この対談の第二部では寺澤さんが参加して記者クラブ問題を寺澤さんが熱く語っておられます、
こんなに活動している方々がいらっしゃるのかと感服しました。 中井国家公安委員長を徹底批判する寺澤さんに、それでも録音や写真撮影を認めたことは客観的に一歩と評価する岩上さん、 私も中井委員長は好まないタイプの人で、その意味では寺澤に近いのですが、 「中井さんをゴシップで引きずり下ろして、より実力のある人を責任者に据えた方が手っ取り早い」と、 半ば本気で半ばノリで言ってしまってはちょっとどうかと思いました。 それでは東京地検特捜部や太鼓持新聞やワイドショーテレビと同じになってしまう。 寺澤さんのノリに、辛そうに沈黙を守る黒木さんと あくまで冷静かつ客観的に、真っ直ぐ事実を伝えようとする岩上さん。 お二人のまっすぐな眼差しがカッコいい とあえて言っておきたいのです。 最後は寺澤さんが聞き出した岩上さんの近況
ご両親はさぞや無念だったろうとお察ししますが 逃げずにがっしりと受け止め耐え切った岩上さんによって それはきっと昇華したことでしょう。 ここでもまた「命の美らさ」を目の当たりにさせていただいた思いです みなさん、どうもありがとうございます。 |
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