黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

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マスコミ対策のための巧妙な内規改正 p152-155
 
 
 警察杜会では「組織防衛」という言葉をよく耳にする。
 
それは一〇〇パーセント上級幹部から発せられるもので、下っ端の警察官から出ることはほとんどない。たとえばマスコミ対策もその一つだ。
 
 平成十二年四月に、警視庁の内規(服務規程)が改正された。私はあるルートを通じて資料を人手し、改正部分を分析したが、内容は旧態依然であり、たいした改正箇所は見当たらなかった。
 
では、警視庁はなぜ仰々しく内規の改正をぶちあげたのか。現職の現場警察官の声を聞くと、さらなる「組織の締めつけ」という目的が浮上してきたのである。
 
 警察の杜会には「訓授」と呼ばれる制度がある。民間企業における朝礼と似たようなものと考えればいい。本部から各警察署に訓授のモトになる「訓材」がファックスで送られてくる。
 
警務係の担当者は、訓材を訓授整理簿に綴り、内容を講堂の黒板に記載することになっている。そして、土日祝日を除く毎朝、所属長(警察署長)がその「訓材」に沿って長々と訓授(説教)をする。
 
 一方、訓授を受ける側の警察官の仕事は昼夜を問わない完全シフト制だから、全員が毎朝一堂に会することができない。そのため、警察署ではもっとも人数の多い地域課のシフトにあわせて内動員を四つに分割するので、一人の警察官は四日に一度の頻度で訓授を受けることになる。訓授の目的は、津々浦々で勤務する全庁職員に本部の意思を伝えることにある。
 
 今回の内規の改正も、当然、訓授の材料(訓材)になった。では、警視庁管内の各警察署長は、この訓材を使ってどんな話をしたか。
 
じつはかつての警官仲間数人から、私のもとに立てつづけに通報があった。
「黒木、大変だ。うちの署長が、おまえのかかわった『週刊朝日』の記事をやり王にあげて批判していたぞ……」
 
 複数の仲間からの「通報内容」は一致していたから、本部の指令にもとづいたものであることは間違いない。各署長は、改正された内規の「所見公表の禁止」という部分をとりあげて訓授をおこなったのである。「所見公表の禁止」とは、警察官がおおやけの場で個人的な意見を述べてはいけないということだ。
 
じつは、警視庁が内規改正を発表する約一ヵ月前、私は『週刊朝日』(四月十四日号)誌上で、史上初の現職警官(警視庁二人、神奈川県警一人)による制服座談会をおこなったばかりだった。
 
 座談会では日ごろから抱える警察制度の問題、とくに交通取り締まりのノルマ制度、超過動務手当の詐欺的不払い、いまでもつづくニセ領収書問題など、現場の警察官にとってきわめて身近な題材がテーマとなり、その詳細が記事になった。
 
なにしろ現職警察官の赤裸々な告白だけにその反響はすさまじく、警視庁の現職警察官からは「よくぞ言ってくれた、もっと頑張ってくれ」という激励の言葉が寄せられ、他府県警の警察官からも「わが県警も、『週刊朝日』に書かれていたこととまったく同じだ」と同調する意見が多数寄せられたのである。
 
 しかも、編集部のたっての希望で全員が階級章付きの制服着用で登場した。当然、上層部にとってはおもしろくない。ある警察署長は『週刊朝日』の記事と「所見公表の禁止」の内規とを引き合いに出して、「許可なく所見を公表した場合は、理由のいかんにかかわらず即刻クビだ」とまで言い放ったという。
 
 もちろん何かあるとは予想していた。
 
座談会終了後も、私は出席してくれた三人の現職警察官の身辺が気がかりだった。
 
日本の警察組織がこの種の事案を見過ごすはずがないからである。
 
私は彼らとの連絡を極力控え、警察上層部の動きを察知することに集中した。ところが案に相違して、不思議なことに今回は表向き「犯人探し」はおこなわれなかった。
 
反撃の準備をしていた私にとっていささか拍子抜けの感はあったが、さすが警視庁、黙って見過ごしていたわけではなかった。驚くほどずる賢い方法で、わずか一ヵ月のあいだに素早く対応したのである。
 
 
 彼らは一人二人の告発者を探し、見せしめ的に処分するよりも、すでに屋台骨の腐った組織の立て直し(組織的締めっけ)に重点を置いたのだ。
 
それが、あのもっともらしい警視庁内規の改正だったのである。
 
 読者は、実質中身の変わらない内規の改正がなぜ組織の立て直しに役立つのかと疑問に感じるだろうが、内規改正を口実に「訓材」に載せれば、管内津々浦々で勤務する全庁職員に、「内部告発者をクビにする」という本部の意向を伝えることができるのだ。
 
 じつに巧妙である。
 
『週刊朝日』の記事は、病める組織の根幹にかかわる内容だったため、当然、警視庁はこうした内容がふたたび表に出ることを恐れたのだろう。しかし、いくら組織防衛を目的にしているとはいえ、一週刊誌の一記事を訓材に載せるわけにはいかない。
 
ましておおやけになれば、またまたマスコミの餌食となる。
 
そこで、内規を表向き改正し、そのうえで所属長訓授の個人的な言葉として「週刊朝日に書かれている記事のように内部告発をすれば……」と訓授をさせれば、脅しは完璧に伝達されることになる。
 
つまり、無意昧な内規改正の「意昧のある」目的がそこに隠されていたのだ。
 
 実際、効果はてきめんだったらしい。
 
知り合いの週刊誌記者が、「それまでネタ元(情報源)にしていた警察官にいつものように連絡すると、『あんたらと話していることがバレるとクビになるから、勘弁してよ』と断られた」とボヤいていたほどだ。
 
 
 
 
三十歳で署長が務まるか p150-152
 
 さて、一連の不祥事でキャリアの実態はすでに多くのメディアによって解き明かされているが、彼らの隠された実態は、たんにごく一部の強大な権力を持つエリート集団であるという程度のものではない。
 
 昭和三十二二九五七)年からはじまった国家公務員上級職試験(現二困家公務員試験I種)は過去に多くのエリートを生みだし、世に送りだした。
 
そして、退職後は民間の優良企業への天下りもさることながら、政界に転出した者も多い。
 
 現在、警察刷新会議の牽引役として活躍している後藤田正晴氏(昭和十四年内務省人省。元警察庁長官)を筆頭に鈴木貞敏氏(戦後キャリアとしてはじめての警察庁長官)、故人となった元警視総監の原文兵衛氏(昭和十一年内務省入省)も警察官僚OBである。
 
現職議員としては、内閣総理大臣を経験した元警察庁監察官の中曽根康弘氏(昭和十六年内務省に人省、終戦時は海軍主計将校)をはじめ、仏田智治氏、亀井静香氏、阿南一成氏、平沢勝栄氏もその面々である。
 
つまり警察キャリアと政界との癒着の歴史は古く、「不偏不党、公平中立」の精神は、それら警察官僚OB率いる強大な勢力によって歪められていると言っても言いすぎではない。
 
彼らが政争のために警察情報や組織をフルに活用していることは、これまで多くのジャーナリストが指摘しているが、かつて現場警察官だった私のような者には、それがどうしても許せないのだ。
 
警察組織は国民のために存在するのであって、特定の政洽勢力に加担してはいけないはずだ。
 
 警察におけるキャリア制度の問題点は、教育界にたとえて考えるとわかりやすい。それはまるで文部官僚と現場の教職員が回居しているようなものなのだ。
 
 キャリア警察官のスタートラインは警部補だが、教師でいうなら、それは教務主任クラスだろうか。新任教師がいきなり主任をまかされたら、いったいどんなことが起きるだろう。想像するだけで恐ろしい。
 
 しかし、これはまだほんの序の口。キャリア警察官はその後「飛び級」を重ね、「実戦」経験もそこそこに、三十歳前後の若さで、約三百人の部下を持つ警察署長という職につく。警察署長といえば、校長である。
 
 二十歳代前半でキャリア試験に合格したというだけで、親子ほど年のちがう、いわば人生の大先輩(副署長)を秘書のように従え、まわりの感情を無視した、やりたい放題が通用してしまうのだから、人間性が変わってしまうのも無理はない。
 
しかも、それすらわずか一年余の任期で卒業し、「つぎのステップ」に進んでいくのだから、志を立てて巡査から這い上がって署長の座を射止めた者とは、思い入れの面でも相当のちがいがある。
 
 もしも三十歳前後の若さで、しかも実践経験の少ない校長だとしたら、はたして学校運営自体が成り立つだろうか。学校にはPTAがあり、教職員組合もある。地域との協力も重要だ。それより、現場で働く教員たちの理解が得られるだろうか。
 
それぞれにみずからの教育理念を持った叩きあげの教員が、はたしてキャリアという肩書を持つ若き校長の指示に従うだろうか。こんなことが通用するのは、
 
おそらく警察組織以外にはあり得ない。それがなぜ、警察社会では綿々とつづいてきたのだろう。
 
じつは警察機構の複雑な矛盾を考えるうえで、そこがいちばん重要なポイントなのである。
 
 
2 恐るべきキャリア制度の実態
  洗脳と服従がつくりあげた独裁体制
 
脈々とつづく内務官僚人脈p148-150

 
 皇居桜田門の正面に威風堂々とそびえ建つのが、おなじみの警視庁である。
 
桜田通りを西に進むと、そのすぐ隣に古ぼけた人事院ビルがある。(執筆当時)
 
警視庁の物々しい警戒態勢にくらべると、衛視が一人立つだけのこの庁舎は、きわめて地昧な感じがする。というよりも、広々とした桜田通りと官庁街の大きな建物に目を奪われて通り過ぎてしまう。そんな寂しいたたずまいだが、じつはこれがすべてのキャリア警察官にとっての古巣、警察組織の総本山「警察庁」なのである。
 
 人事院ビルは昭和八(一九三三)年に建設された老朽化の進むビルで、戦前までは「内務省」が入っていた「旧内務省ビル」である。警察社会にとっていわくつきの「旧内務省ビル」に警察庁が現在も居を構えているのだから、旧内務省と警察庁の血流がいまも脈々とつづいていることをあらためて感じさせる。
 
 
 新潟県警不祥事で発覚した「カラ監察」以来、とかく話題にのぽる国家公安委員会と警察庁との関係をご存じだろうか。
 
 警察法の第四条には、「内閣総理大臣の所轄の下に、国家公安委員会を置く」と記され、同法第一五条には「国家公安委員会に、警察庁を置く」と、それぞれの関係が明記されている。
 
この条文は、警察庁は国家公安委員会の管理下にあり、他のいかなる機関からも指揮監督を受けないという独立権をうたっている。
 
しかし、同法七一条には緊急事態の特別措置として、「内閣総理大臣は、大規模な災害又は騒乱その他の緊急事態に際して、治安の維持のため特に必要があると認めるときは、国家公安委員会の勧告に基き、全国又は一部の区域について緊急事態の布告を発することができる」ことになっている。
 
警察庁長官は国家公安委員会が内閣総理大臣の承認を得て任命するシステムとなっているから、日本の警察は、緊急事態に対しては内閣総理大臣が直轄する「国家警察」となるわけだ。
 
 法律上、警察は国家公安委員会の管理のもとに運営され、政治的にも中立であることとされている。しかし、このタテマエは虚構と言わざるを得ない。警察機構の実質的トップである警察庁長官および警察庁次長が、国家公安委員会と同じビルで、屋根をひとつに同居していることからもそれは明らかだ。
 
 ためしにNTTの電話番号案内で、国家公安委員会を調べてみるといい。
 
教えられた番号に電話をすると、「はい、警察庁です」と出る。つまり、国家公安委員会は警察を管理するのではなく、警察に管理されているというわけだ。
そもそも国家公安委員は警察庁が人選しているというのも常識なのだ。こうした名誉職的お飾りに税金から高額の報酬が支払われていることに、国民の理解が得られているとは思えない。
 
 いずれにせよ、その国家公安委員会を実質的に「管理」している警察庁の長官は内閣総理大臣の承認を得て任命される。それが政治的に中立だとは、とても思えない。
 
 
 

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