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【連載】頭デッカチのモヤシ警察官(2) p185-187
頭デッカチのモヤシ警察官が増える一方で、職人的刑事が激減しつつある。
警察本来の仕事をしていない人、座っているのに馴れた人、若い人ほど試験に有利になるからである。たとえば県警本部員などはその典型で、内勤だから勉強をする時間があるうえに、試験の評価点も本部員のそれには下駄をはかせてある。
その一方で、かつてデカ長と言われたような人は昇格できないことになる。かつて勘と根性に頼る職人的刑事として「落とし(自供させること)の八兵衛」と異名をとった平塚八兵衛は、無試験で警視にまでなったが、これはいわば「警察の広告塔」の役目としての例外的な取り扱いなのである。
いずれにしても、職人的刑事の激滅は、犯罪捜査にとって由々しき問題である。桶川のストーカー殺人事件にしても、栃木のリンチ殺人事件にしても、相談や訴えが持ち込まれたときに「これはおかしいぞ」とかぎ分ける能力というか勘がはたらかないから、適切な対応がとれないのである。だから、問題が起きると困るから「相談を持ち込まないでくれ」となる。
つい最近、太平洋戦争当時の日本海軍に関するこんな話を知った。
太平洋戦争で活躍したアメリカのバーグ提督が、韓国の名将白将軍に「日本の連合艦隊は無敵と言われていたのに、なぜあのように無残な負け方をしたのでしょう」と問われて、即座に「それは、おおむね人事の問題に帰結するのではないでしょうか」と答えたという。
つまり、日本海軍が敗れたのは水兵や下士官の士気が低かったからでも、兵器の性能が悪かったからでもない、指揮をした幹部がダメだったということなのだ。
ものの本によれば、艦隊の司令官になったのは、実戦で有能な士官ではなく、海軍兵学校(現在の防衛大学校に相当)や海軍大学での学科試験の成績がよかった者というから驚きである。たしかに、これでは負けるはずである。
しかしわが警察は、こんな多犬な犠牲を払って得た教訓に学ぶこともなく、いまだに同じことをやっているのだ。しかも、もっとひどい形で。
ただ、敵がないから負けることがないだけなのである。警察庁の幹部よ、もっと歴史の勉強をしたらどうだろう。
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