黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

連載 警察はなぜ堕落したのか

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5 名古屋五千万円恐喝事件
 事件への対応を遅らせた真相は何か

 加害者の親が「自首」

 p93-95


 しかし、このあたりからこの事件は奇妙な展開を見せはじめる。

 前ロの被害少年の母親とK氏らの訪問に驚いたA少年の両親は、三月六日午後三時ごろ緑警察署の生活安全課少年係に事情説明と相談に出向いた。

 それによると、五日夜、被害少年と母親、そして五人の男の計七人がA少年の家に来て、「おたくの息子に二千二百万円脅し取られたうえ、暴行も受けて二十日間入院した」。さらに十人ほどの少年の名前を書いて、「こいつらも加害者だ。おたくの息子は二千二百万円を弁償してくれ。カネさえ出せば事件にはしないから」というようなことを申し出た。


五人の男のうち主に二人がかなり強い口調で詰め寄ったらしい。A少年の両親は金額の多さに驚くとともに、得体の知れない男五人が来てきつく言ったことに怖くなり、不安を感じた。

息子に事実を確認しようにも、夕方に遊びに出て行ったきり帰ってこない。
そしてその晩、被害少年の親たちが帰ったあと、たまたまA少年から家に電話があり、母親が「大変なことになっているが間違いないのか」と問いつめると、やったというようなことを認めたという。

それで両親も事態を理解したが、金額など具体的な状況はいぜんとしてわからないまま、とにかく警察に話したほうがいいということになったという。

 このとき両親は、「相手は二千二百万円払えば事件にしないというが、得体の知れない男たちもついていて、むしろ事件にしてもらったほうがすっきりするのでしてください」という意向を示した。

そして、弁護士についてはお金の問題があるが、こういう場合は弁護士を立てたほうがいいのかと相談した。それに対して署員は、「事件は事件であるが、民事的なことは専門家のほうがいい。弁護士を紹介することはできないが、相談してみてください」と弁護士会の名簿を見せた。

 そのうえで、A少年の両親には、「事件の内容は今の段階ではまったくわからない。いずれ被害者を呼んで事実確認をする。そのときに犯罪性があれば事件として捜査します」と説明したという。

 結局、緑警察署は息子に代わって同署に「自首」してきた両親を追い返してしまったのだ。

 しかし、緑警察署はまったく動かなかったわけではない。
その日のうちに少年係の署員から生活安全課長にA少年の両親の話についての報告が上がり、翌七日朝、課長から署長に報告が上がった。

署長は、「(金額の)桁がちがうんじゃないか。とにかく大きな事件だ。態勢を整えて捜査をしなくてはならないな」と指示を出した。

 そこで、被害者を早く呼んで事案の概要をつかんで本部へ報告しようとしたが、少年係の担当者は四人しかいない。

六日、七日の夜は、中学校の卒業式で荒れる卒業生を取り締まるため管内の十一の中学校を深夜警戒しなくてはならなかったうえ、身柄の送致や覚醒剤事件のガサ入れの応援など、時間に追われていた。

週がかわる十三日ごろには片づくということで、その後にこの案件を事件シフトして態勢を整えることにし、十四日か十五日にA少年と母親を呼ぶつもりでいたのだ。

 緑警察署に出向いた日の夜、A少年の母親は被害少年の母親に電話し、つぎのように言った。

 「お金は弁償させてもらいます。しかし、息子にはちゃんと杜会的責任をとらせて罪の償いをさせたいので、警察に被害届を出してください」

 しかし、翌七日の夜、
 「Kさんたちにすべてを任せているので、このままやっていきたい」
 と被害少年の母親から電話連絡があった。

 奇妙な展開と言ったのは、このあたりなのだ。

加害者側が積極的に警察署を訪れて息子の処罰を求め、警察署の担当者はこれを追い返した。そして本来、積極的に訴えるべき立場の被害少年の母親は、警察への被害届の提出を拒み、「Kさんたちにすべてを任せているので、このままやっていきたい」というのである。
5 名古屋五千万円恐喝事件
 事件への対応を遅らせた真相は何か

 自称「暴力団組長の息子」の介入

  p91-93


 わが子を守るだけのために必死の思いで支払った(脅し取られた)金は、かれこれ五千万円を超えた。母親は持ち金をすべて使い果たしたときには「息子を道連れに死ぬことさえも考えた」と苦悩をあらわにした。

 そんな追いつめられた親子に「転機」が訪れたのは、皮肉にもA少年らの暴行によって二十日間の入院生活を余儀なくされた病院においてだった。
当初母親は、病院の医師に対してさえも心を開くことはなかった。
むしろ息子が受けた暴行のひどさに事件性を察知した医師に対して「そっとしておいてください、私が息子を守ります」「絶対に警察には連絡しないでください」と頼み込むほどだった。

 この様子を見かねて相談に乗り、被害少年の心を開き、真実を語ることを決意させたのは、当時、同じ病院の大部屋に入院していた、傷害事件を起こして少年刑務所に入ったことがあるという、ある暴力団組長の息子と白称するK氏(二十二歳)だったのである。

K氏は被害少年の顔が大きく腫れあがっているのを見て、かつあげ(恐喝)で袋叩きにされたな、と直感した。そこでK氏は、別の病室に入院中の、名古屋市内の大工L氏(二十九歳)、豊明市内で自営業を営むM氏言十一歳)に相談し、披害少年の話を繰り返し聞くようになった。

 被害少年が入院してから五日後のことだった。二人の同級生が病院に現れ、被害少年を病院の屋上に連れだした。
病室のベッドから姿を消した被害少年に気づいたK氏らは、屋上で現金を要求する同級生を怒鳴りつけ、被害の拡大を防止したのである。

その後、K氏らはみずからの体験談を交え、被害少年に「闘うことの必要性」を半月以上にわたって説いた。
その結果、被害少年は心の扉をあけ、真実を語る決意をしたのである。

 K氏らはまず、披害の状況を確認することにした。
被害少年が被害総額を「最低五千万円くらい」と答えたとき、とてもではないが信じられる金額ではなかったという。
作成されたリストには不良グループから脅し取られた合計金額はなんと五千二百七万円と記入されていたのである。

 K氏らは、この事件の解決のために、母親にも勇気を出して闘うことの必要性を説いた。
そして、とうとうこの事件のすべてをA少年の両親に話すことになったのである。

 三月五日、被害少年と母親はK氏らとともにはじめてA少年の自宅を訪れ、十ヵ月におよぶ恐喝事件のすべてを語り、十八回にわたってA少年によって恐喝された総額二千二百六十八万円の返還を求めた。
5 名古屋五千万円恐喝事件
 事件への対応を遅らせた真相は何か

 エスカレートする恐喝

 p88-91


 それはさておき、九月下旬からA少年らの要求金額が百万円台に急激にアップし、十月ごろから、被害少年への暴行がエスカレートするとともに、一回の要求金額が二百万円、三百万円、五百万円と跳ねあがっていった。

 ワルにはワルがつくと昔から言うが、A少年が恐喝した現金を彼らの先輩格である暴走族の少年がA少年から恐喝するという二重恐喝構造が、被害少年に対する要求金額のアップにつながった。さらに、A少年と交友関係のあった別の中学校のE少年までが、A少年から「(被害少年を)脅せば簡単に金を出す」と聞かされて、被害少年を殴っては金をたかるようになっていた。

 そして十月中旬の深夜のこと。A少年の家に集まった三人は、「そろそろやばい。ぼちぼちお開き(おしまぃ)にするか」と相談し、「最後だからたくさん取ろう」と言って、それぞれが欲しい金額を数百万円ずつあげたところ、合計七百万円にもなったという。

この夜、ただちに被害少年を自宅近くの公園に呼びだし、「俺たちと縁を切りたいか?」と話しかけると、被害少年は「はい」と答えたという。A少年らは、
「それじゃ手切れ金として七百万円出せ」
 と途方もない金額を要求した。被害少年はわが耳を疑った。
「そんなに払えない、勘弁してください」
 と懇願する被害少年に、
「無理なら五百万円でいい、出さなければどんなことになるか、わかってるな」
 と再度すごみ、十月二十八日、とうとう五百万円を脅し取ったのである。

 しかし、その翌朝には三人で新幹線で大阪に出かけ、風俗店で豪遊し、高級ブランドのアクセサリーや服などを買いあさり、なんと大阪から名古屋までタクシーに乗って帰ってきたのだ。この日だけで百万円近くを浪費し、残りの金も一ヶ月ぐらいで使い切ったというから、そう簡単には恐喝の昧が忘れられるはずがない。

 そして、平成十二年一月十九日、披害少年はA少年、B少年に顔面を殴打されて鼻を骨折した。
そのときA少年は、
 「親や警察に言えば、捕まる前にお前を殺すからな」
 と殺害をほのめかして脅した。

 「明日、四百万円用意して持ってこい」と言ったA少年の言葉は、被害少年には「四百万円持ってこなければ、お前を殺す」と聞こえたのかもしれない。翌二十一日夕方、被害少年はA少年の要求に応じて四百万円の現金を用意した。

 A少年らは、被害少年のことを「俺の奴隷だ、グッチ金融だ」とうそぶいた。
 一月二十五日にはB少年が、暴行を受けたときのケガで入院中の被害少年の病室に押し入って、
「前に約束した五百万円はどうしたんだ」と要求し、二十七日に病室内で現金五百万円を脅し取った。

 さらに二月十五日、A少年らは「学校や警察に話しただろう」と被害少年に因縁をつけ、全身に粘着テープをぐるぐると巻きつけて動けないようにし、リンチにも等しい殴る蹴るの暴行を繰り返し、肋骨を骨析するなど二十日間の入院を要する傷害を与えた。

 被害少年の心の中には生きる希望など、まったくなかった。ましてA少年らに立ち向かう気力など、どこにもなかった。このおよそ十ヵ月間、警察も学校も誰もあてにできないと、十五歳の少年は身をもって悟り、ひたすら怯えていたのだ。

父親が残してくれた保険金はすでに全部A少年らにむさぼりつくされてしまった。
母親も正常な判断力を失い、警察の対応にも落胆し、「借りた金を返すため」という被害少年の言葉を問いただすこともせず、「追いつめられた子供を守ってやりたい」という一心で、息子の求めに応じ、ありったけの現金を工面したのである。



5 名古屋五千万円恐喝事件
 事件への対応を遅らせた真相は何か

 警察と学校の達携

 p86-88

 被害少年の母親がはじめて扇台中学校を訪れたのは七月一日のことだった。母親が、「息子が勝手に約五十万円を通帳から引き出したので、不審に思い、もしや恐喝の被害にあっているのではないかと考え担任教諭に相談した」という。親であれば当然の行動である。

ところが、事件発覚後におこなわれた記者会見で、校長は、「少年が無断で現金をおろしたのを不審に思った母親が、六月に学校に来た」「少年の遅刻を不審に思った当時の担任教論が母親に電話をかけたのがきっかけ」などと説明し、被害少年の母親がはじめて学校を訪れて相談した内容(現金をおろしたのは恐喝にあっているからではないか?)と、大きくくいちがっている。

そして言葉に詰まると、「気が動転している……」と言って会見の場を離れた。しかし、この説明はおかしい。親がわが子のことを「勝手に約五十万円を通帳から引き出した」などと学校に申し出るだろうか。母親は、わが子が恐喝の被害者になっていると思ったからこそ、すがりつく思いで相談に行ったのだ(のちに校長は「(被害生徒が)学校にチクって報復されるのを恐れている。警察なら話せるかもしれないと思った」と弁解している)。

 また、この会見で校長に代わって説明に立った、当時の三年生の学年主任(四十九歳)と生活指導主事(四十二歳)は、「少年が『友だちに金を貸しただけ』『自分でゲームに使った』などと言うばかりで、被害を訴えてくれなかったため追及できなかった」と繰り返したが、「多額の金が動いているのをうすうす感じていた」と語り、緑警察署への相談を二人に勧めたと話した。

これもまたおかしな説明だ。「多額の金が動いているのをうすうす感じていた」と生活指導主事が答えたのは、「日ごろから生徒指導を徹底していた」ということを言いたいがための説明にすぎないのである。これこそ中学校の責任逃れの姿勢といえよう。

 生活指導担当の教員は日ごろから地域を管轄する警察署と情報交換しているのがふつうだ。各警察署には少年補導票が保管されていて、問題行動を起こしたことのある生徒がリストアップされている。じつは、今回の恐喝事件のリーダー格のA少年は、「扇台中学校の要注意人物」として把握されていたのである。一方、学校側も、A少年の問題行動を詳細に記録(二年間で百二十四件)していたが、資金源を含め、A少年の行動を総合的にとらえようとはしなかった。

 このように双方ともA少年の素行を把握していたにもかかわらず、警察と学校の連携がまったく生かされなかった。学校側は「警察に行ってくれ」と言うだけで、問題を放りだしたに等しいし、相談を受けた愛知県警縁警察署は、少年係の警察官が約一時間ほど聞き取りをしたが、被害少年が加害者側の名前を□にしなかったため、警察としては、その後、被害者側から何の連絡もなかったので、学校内で解決をはかったものと思い込んでいたという。

 マスコミは警察のこの対応を「怠慢」と批判していたが、この事件に限ってはそれはあてはまらない。繰り返しになるが、学校内でのトラブルはまず学校が対応しなければならないのが原則だ。だいいち警察は、重大な犯罪性が見えてこなかった以上、「その後いかがですか」とは聞かないものだ。


5 名古屋五千万円恐喝事件
 事件への対応を遅らせた真相は何か

 事件の発端

 p85-86

 さて、恐喝事件のきっかけは、平成十一年六月一日から三日にかけておこなわれた名古屋市緑区扇台中学校三年生の修学旅行先での、わずかなトラブルだった。

被害少年がリーダー格のA少年の帽子に誤ってジュースをこぼしてしまった。これに腹を立てたA少年は、「帽子に染みがついた、どうしてくれるんだ」と、被害少年にすごみながら言いがかりをつけ、六月二十一日にまんまと現金十九万円を脅し取った。その後も暴行・脅迫が恒常的に繰り返され(七十〜八十回)、最終的に被害総額は五千万円に達した。

 A少年は会杜員の父親と当時看護婦をしていた母親、そして姉の四人家族である。幼少の一時期、祖父母と同居していたことがあり、甘えん坊の「おばあちゃん子」だったという。小学生のころはクラスの人気者で、「将来、日本一のお笑い芸人になる」と卒業文集に夢を書きしるしている。その後、生徒数が一千人を超すマンモス中学校に進み、少しずつ荒んだ生活を送るようになる。

校内で携帯電話を使い、人前でわざとタバコを吸うなど人目を引く行為に走るが相手にされず、徐々に浮いた存在となり、粗暴な言動が目立つようになっていく。結局、遅刻、喧嘩、万引き、不登校を繰り返し、暴力がエスカレートし、弱者を対象とした恐喝行為をおこなう厄介者に転落していった。

 一方、被害少年は母親と姉の三人暮らしである。父親が三年前に亡くなり、現在は母親がパートタイムで働いて生活を支えている。明るい性格で、笑った顔が物まね芸で人気のグッチ裕三に似ていることから、被害少年は「グッチ」と呼ばれ、友だちに親しまれていた。また今回の被害金となった約五千万円は、三年前に亡くなった父親の保険金や、母親が親類から借金をして息子を守るために用意したものだった。



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