黒木昭雄の「たった一人の捜査本部」

小原勝幸を容疑者とするこの事件は、言いようのない不正義な社会構造を見せつける事になった。遺作小説『神様でも間違う』完成。

連載 警察はなぜ堕落したのか

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得体の知れない「恐怖心」を植えつけられる p170-172
 
 
 やがて、一年の歳月が流れ、卒業のときがくる。人校当時三十三人いた同期、同教場の仲間は、落伍者があいつぎ、結局二十二人になっていた。たしかに一人前の警察官を養成するのだから厳しさも必要である。また組織防衛の観点からも、仮採用のこの時期に学生の本質を見抜き、排除することも重要な教官の任務かもしれない。しかし、動告を受け、泣く泣く退校していった友人を思うとき、はたして教官たちに思いあがりの気持ちはなかったのか? と今でも感じる。
 
 たかが警察学校の教官風情に青雲の志をもって警察官をめざす新人の人生を左右する資格が、本当にあるのだろうか。たとえ教官が神様に等しい能力を備えていたとしても、もっと慎重にことを運んでほしいと思う。
 
 警察学校での初任科教養課程を終えて卒業すると、人事記録、初任科教養課程成績順位の入った茶封筒を手に第一線警察署に配属される。これを卒配という。
 
 そして、卒配から約一年後に新任警察官はふたたび警察学校に集められ、今度は「初任総合科」という全寮制の補修敦養を受けることになる。基本的に初任科教養課程の延長だ。
 
 それが一般的、常識的、また警察官にとって必要な専門的な心得なら、当然すべきであろうが、この新人時に必要な「教育」にまぎれて、なにやら得体の知れない、組織に対する「恐怖心」のようなものが知らず知らずのうちに植えつけられる仕組みになっている。
 
 それを言葉で表現するのはむずかしい。ただ、在職二十三年、退職一年後の私が振り返って言えることは、「警察官は明らかに一般人とはちがう」ということだ。「警察組織には無条件で忠実であれ」「警察組織の秘密を外部に洩らすな」「万一、暴露したら、身の安全は保証されない」「昇進しない」「一生浮かばれない」ということを過去の事例を持ちだしながら、繰り返し教え込まれるのだ。
 
 そして、配属先でも担当の幹部や各課各係の幹部から警察官一般心得を教えられ、さらに服務規程、規範、要領、要綱など警察官にのみ適用される「内規」を、日々の生活のなかで体中に染み込ませ、やがてその警察的「掟」に縛られた奴隷ロボット警察官が完成するというわけだ。
 
 
刷り込み教育が本格化する p168-170
 
 
 初任科教養課程では警察官として必要な法律や条例、規則など各部門にわたって学習することになるが、それ以外にも、現場の警察官にとって必要な実務教養も加わる。術科訓練と呼ばれる柔道、剣道、さらに拳銃射撃は必修科目で、卒業までに柔剣道いずれかの初段をとらなければいけないことになっている。ひととおりの訓練が終わると、実務修習と呼ばれる職場実習がおこなわれる。
 
 じつは、このころから基本的な警察官の心得とでも言うべき刷り込み教育が本格化する。実務修習では「本物の警察官」と同じスタイルで第一線の現場に立つが、拳銃の弾倉には実弾は込められていない。指導巡査と呼ばれる警察官について交番勤務やパトカー勤務をこなし、実務を体験するのだ。
 
 私が壮絶な死体にはじめて出会ったのは、小金井警察署に一ヶ月ほど実務修習で勤務したときのことだった。国分寺駅前交番で勤務していると、突然一一〇番通報が入った。先輩から、「マグロ(轢断された遺体)だ、行くぞ」と声をかけられ、交番を飛びだした。鉄道事故で死者が出たというのである。
 
 現場に着くと、駅員が車輪のすきまに深く食い込んだ肉片を取り除き、電車を移動するところだった。夜間のため、暗くて見づらい。懐中電灯で照らすと、人の手首が見える。「ギョッ」として体が固まった。「段ボール箱もってこい」と怒鳴ったのは指導巡査である。「なにボサーッとしてるの、早くこれもっていきなさい」とホームの売店のおばさんに言われた。胴体は真っ二つで、遺体には頭がない。「早く探せ、つぎの電車が来るぞ」。もちろん電車は全線ストップしているのだが、線路上で作業にあたっている新米に恐怖を感じさせようとしたのだ。
 
 段ボール箱を抱えてひとりの先輩がホームの下から出てきた。「頭が見つかったよ、それより早く五体を確認しよう」。肉片がつぎっぎに段ボール箱に入れられてホームに並んだ。「学生、全部あるか確認しろ!」と刑事が私に怒鳴る。事件現場は待ったなしであることを痛切に感じながら、被害女性の肉片を数えた。わずか一ヶ月間の実務修習だったが、経験は何にも勝ると痛感した。
 
 実務修習を終えて警察学校に戻ると、卒業までの期間は実務修習での経験を生かした実戦的な科目がカリキュラムに組まれ、われわれ学生も、実際の警察現場を意識しながら勉強することになる。
 
 一方、術科訓練は日に日に厳しさを増していく。教官の□癖は「一人で三人の相手と戦える体力をつくれ」である。ヘルメットをかぶり、編上靴をはく。濃紺の出動服の下には防護衣を着装し、防炎マフラーで身を包む。ポケットには消火器が収められ、ジュラルミン製の大盾を携行して走らされる。
 
 それは真夏の炎天下の訓練だった。ヘルメットには防石用のライナーがついている。助教は「ライナー下ろせ」と叫ぶ。部隊活動は指揮官の命令が絶対である。またたく間に息苦しくなる。「なぜ俺はこんなことまでしなければならないのか」そんな思いが頭をよぎるが、「この苦労は自分一人ではない。多くの同期生が同じ条件のなかで歯を食いしばって耐えているのだ」そう自分に言い聞かせるしかない。そして、疲労が極限に達するころ、まさに「上」への絶対服従が体に染みつく仕組みになっているのである。
 
 
学生スパイまで使ったふるい落とし作戦p166-168
 
 警察学校での生活を二言でいえば、プライバシーのない刑務所のようなものだ。周囲は塀で囲まれ、夜になると宿直の教官や助教が率いる学生たちが「練習交番」という名の訓練を通じて二十四時間交代で警戒勤務についているため、外出は絶対に不可能だ。
 
 もしそれがバレたら即刻退校処分になる。やむを得ない理由があるときは、必ず教官、助教の許可が必要となる。その際は、外出簿冊に出人りの時間を正確に記入しなくてはならない。校内には衣食住のあらゆる設備が用意されているため、よほどの理由がないかぎり、外出の必要が生じない仕組みになっている(休目の外出も、教官の腹の虫の居所によって、しばしば取り止めになることがある)。ちなみに、東京都中野区にある警視庁警察学校の場合は、校内に診療所があり、簡単な入院設備まであった。
 
 警察学校での生活は、ほとんどの学生がそれまでに昧わったことのないほど厳しいものだと思う。最初の一週間は仮入校期間で、「世話係」と呼ばれる先輩学生がつき、分刻みの生活スケジュールが待っている。たとえば人浴時間や食事の時間も「何時から何時まで」と決められていて、当然、時間厳守だ。
 
 仮入校期間が終わりに近づくころ、制服の採寸がおこなわれる。学生たちは夢にまで見た制服のサンプルを着用し、互いに敬礼しあうのである。もたつく学生に対して、「いい加滅に早くしろ」と怒鳴るのは助教だ「制服が体型に合いません」と痩せた新米学生が言うと、「何を言ってるんだ、制服に体を合わせるものだ、もっと飯を食え」と助教に怒鳴られ、ダブダブの制服を着ることになる。
 
 そんな仮入校が終わると、晴れて警察官の仲間入りとなる。しかし、警察学校での教養期間はあくまでも仮採用の身分である。在学中の厳しい訓練に耐えられずに脱落する新人警察官もいるが、逆に本人の意思に反して退校を求められる者もいる。
 
 教官には教官としての仕事(学生たちに警察の実務を教えること)のほか、新卒採用者のなかから警察官として「不適格」な者を見つけだし、警察現場に送りだす前に退校を勧奨するという重要な任務を帯びている。早い話が「クビ切り役人」である。
 
 彼らは目的のためには手段を選ばない。場合によっては学生のなかにスパイを養成し、学生内部の情報を集め、日ごろの言勤、態度などから不適格者を探りだし、みずから退校(退職)していかざるを得ないように、陰険で執拗な個人指導がおこなわれる。
 
 たとえば、休日外出時の服装、スタイルに文句をつけ、外出禁止を言い渡す。本人を教官室に呼びつけ、本人宛てに届いた手紙を読ませる。また、面会に訪れた外来客の面会票をもとに、面会者の身元を洗う。とくに異性関係には必要以上のチエックをおこなう。
 
 私と同期の友人はガールフレンドの存在を個人調査票に記載しなかったという理由だけで退校を勧告され、泣く泣く故郷に帰るはめになった。肩を落とし去っていく彼を送りだしたあと、教官は残った学生に向かってこう言った。「本人には言わなかったが、たとえ仮採用の身とはいえ、すでに警察官としての職歴がつく。もしも彼が悪いことをして警察に捕まるような事態になれば、『元警察官』として名前が出るんだ……」
 
 警察学校の学生は、もちろん採用前に十分な身元調査をおこなっていることになっているが、まだ正式採用ではない。仮入校の早い段階で警察官不適格者を発見することは、組織防衛上必要なこととされているのである。
 
 
 
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3 警察学校での洗脳教育 
  ロボット警察官はどのようにつくられるか
 
一生つきまとう警察学校での成績 p163-165
 
 一連の警察不祥事によってキャリア制度(少数のエリートにょる支配)に対する批判が強まっているが、話はそうは単純ではない。キャリア制度そのものは霞が関の多くの官庁が採用しているシステムで、なにも警察に限ったことではないからだ。

問題の根本は、警察的キャリア支配を背後で支える「階級身分制度」にある、と私は考えている。

 警察は徹底した階級杜会だ。「上」の考えや指示に逆らうことは不可能に近い。

「上」はキャリア(有資格者)と置き換えてもいいし、そのときどきの上司と見立ててもいい。ときには指示や命令がなくとも、「下」が「上」の意思を推し量って事態に対処することを求められる組織ともいえる。

その場合、結果に対する責任は「下」がとる。

うまくいけば、もちろん「上」の手柄となる。

日本の組織にありがちな傾向だが、警察社会はその徹底ぶりが異常である。率直に言うと、「下」は一握りの警察幹部のために命がけで働かされている奴隷のような存在なのだ。

 そして、私白身、組織を離れ、その異常さに気づくまでに一年以上の時間を要した。

 全警察官を奴隷化し、あらゆる不祥事を隠し通すために欠くことのできないものが警察的洗脳教育の徹底である。

洗脳教育は「組織の団結強化」という、もっともらしい言葉に置き換えられ、まだ杜会の汚れを知らない新卒採用時から、繰り返し何度も何度も施される。

その出発点が、警察学校における「初任科教養課程」である。

 ノンキャリア警察官は、採用試験に合格すると、全員が県警本部にある全寮制の警察学校に人校することになる。高卒および短大卒は一年間、大卒は八ヵ月間、そこで初任科教養(一教育)期間を過ごす。

 各学生は、それぞれの教官の名前がついた「○○教場」と呼ばれるクラスに組み入れられ、そこでまず徹底した主従関係を叩き込まれる。

敬礼、直立不動、整列、行進などの基本的な警察礼式、さらに警備訓練などの部隊活勤などを通じて、上官は絶対であり、疑問に思うことも反論もいっさい許されないということが徹底的に「訓練」される。

 第二段階では、これと並行して思想敦育がはじまる。

具体的には、愛国心など世間でいう「右翼思想」というか「アンチ左翼的」な考え方が植えつけられる。もともと警察官志望者の多くは、国を愛し、社会の役に立ちたいと考えているので、ひじょうに洗脳されやすい。

 昨今のドライな若者であっても、警察学校入校時は相当に緊張するものだ。右も左もわからない学生たちが、必死になって教官のあとを追う……その姿はまるで母鳥を追うカルガモの子のように微笑ましく見えるが、その裏では警察的洗脳教育が着々と進んでいるのだ。

 期間中は、教官(警部補)、助教(巡査部長)が各学生への面会者や電話、手紙、さらには学生間の言語情報(学生が日常、どんな単語を口にしているか。

たとえば「人民」などは要チエック)などをもとに、交友関係、思想などを個別に調査し、それが平常点(教官、助教が日ごろ学生に接して感じる評価点数=主観的で基準が不明確)となって学科試験、実技試験などの結果に加味され、各人の初任科成績順位を決定づける。

さらには体力測定という名の人物評価、作文という名の思想調査などが盛り込まれ、教官の判断で容赦ない学生のクビ切りもおこなわれる。

 この初任科教養での成績は、警察官に一生涯つきまとうことになる。人事はもちろん、将来を左右する各種講習(公安、刑事、白バイなど専門家になるための登竜門)や昇任試験の選考材科としても、この成績が参照される。

「俺は刑事になるための捜査講習に行きたかったけど、初任科の成績が悪かったからダメだ。警察学校で成績が悪かった者は最後まで交番から離れられないんだ」多くの警察官の真実の嘆きである。

 配属先であげた実績よりも、初任科の成績が重視される。だからこそ、学生は教官、助教の主観で採点される平常点を少しでも上げておこうと「努力」する。

生殺与奪権を握っているに等しい「上」の顔色をつねにうかがいながら、みずからの言動を決めるという警察官特有の「癖」は、すでにこの段階から育まれはじめている。
 
 
 
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キャリアの現場指揮が招いた大騒動 p160-162

 それは私がまだ警視庁本富士警察署に勤務していたころの苦々しい思い出である。

 平成七(一九九五)年にオウム真理教による一連の事件(小杉巡査長事件)発覚まで、警視庁本富士警察署の歴代署長には束京大学法学部を卒業し、警察庁志望者のなかで上級職試験成績トップの超一流のキャリア中のキャリアが就任するという不文律があった。

私がその栄えある本富士警察署に勤務していた当時の署長も、警察庁採用後わずか五、六年の若き警視だった。

 どんよりと曇った昭和五十年代のある夏の日のこと。

場所は上野警察署管内に隣接する池之端文化センター。われわれ本富士署員は署長以下約五十名態勢で現場に警備本部を設置し、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を支持する在日朝鮮人総聯合(朝鮮総連)の集会警備にあたっていた。

警備実施に先立ち署長から、「公安情報によれば、敵対する在日本韓国人居留民団(民団)が同集会場を襲撃する可能性があるという話があった。会場の外周を固め、民団員の進人を絶対に阻止し、違法行為があれば必ず検挙せよ」と訓示があった。

 当時、新米巡査だった私は、同文化センターの正面玄関で出入りする者のチェックを担当していた。朝からどんよりと曇っていた空は一段と黒さを増し、いまにも雨が降りだしそうな空模様となっていったが、それが「事件」の発端だった。

 当時の現場警察官は、警備実施にあたるときは必ずUWという無線機を携行し、各ポイント間および隊長間で密接な連絡を取り合うことになっていた。私のUWに「地下鉄湯島駅付近に複数の男女が蝟集(いしゅう)している」と、外周を警戒している触覚員から報告が入った。

 警備係の主任はただちに、この状況を全警戒員に連絡した。一瞬にして付近に緊張が漂ったが、若き署長は上空の黒い雲が気になったらしい。五分、十分と時間が過ぎていくうち、彼は腕時計に目をやりながら、「あいつらまだ来ないだろう、雲行きが径しいから、いまのうちにカッパを取りに行かせたらどうだ」と軽く言いだしたのだ。

 警備課長は困った顔をしながら、「わかりました」としか答えなかった。「バスで戻るんだろ、いいからまとめて行かせろ」という署長の言葉に逆らえなかったのは警備係長も同じである。ただちに三十名ほどが集められてバスに乗り、警察署にカッパを取りに戻った。

 警備が手薄になったこのときを、民団員は見逃さなかった。五十名を超える民団員が二手に分かれ、文化センターの正面玄関に立ちふさがるわれわれを押しつぶすようにして分厚いガラス戸を破り、集会会場になだれ込んだのだ。館内は怒号で騒然となった。あちらこちらで悲鳴が聞こえ、阿鼻叫喚、乱闘の場と化したのである。

 緊急転進で現場に戻った警察官と、応援に駆けつけた機勤隊員との協力で現場が鎮められたのは、発生から一時間も経過してからのことだった。右腕を負傷した私に、警備諜長が静かにこう言った。「朝鮮総連の集会に民団が襲撃したからわれわれも助かったが、もしこれが逆だったら、こんなものではすまなかっただろうな」

 この警備は相手を侮った失敗のお手本のようなものだった。まして彼らの突入時、最高責任者たる署長も現場を離れていたのだから、お話にならない。ちなみにこのキャリア署長は、その後に本部長として赴任したそれぞれの県警で不祥事が起きているが、いまだに失脚することなく生き残っている。

 

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