日々のこと

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だんだん今日が何日かわからなくなってくる。
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1月3日
ホテル前の道路は心配していた凍結も無さそうで一安心。

久慈?青森?北海道??なんてワードを出しながら
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宮古の堤防脇を走り、さらに北上して行く。
いったいどこまで行くのだろう?

田老地区は江戸、明治、昭和と津波で壊滅的な被害を受けていた。
その結果として長大な防潮堤を築いたという。
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チリ地震の津波でその効果を証明した防潮堤の2倍の高さの津波が街を襲った。
防潮堤を過信していたがために…
殺風景な街を取り囲むようにそびえる人工の壁、余計に自然の脅威を感じずにはいられない。

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田老から岩泉を抜け、その先は夏には走らなかった中野バイパスを選択。
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R45は、山間部を抜ける峠道がどんどんバイパス化されている。
この時期、峠部分が長いトンネルとなっているのはありがたい。
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それでも北上するに従って、雪深くなってきた。
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そして田野畑からは、延々と登りのクネクネ道が続く。
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ろくに雪道なんか走った事が無くても、すいすい登って行く。

思わず「あ〜のてっぺんを〜♪」と口ずさんでしまう。
さすがはアイスガード5だwww
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R45最高点の閉伊坂峠を越え

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ずんずん下ると普代村だ。

村役場のある交差点を曲がり、建設中の普代バイパスの下をくぐり
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巨大な普代水門の横を抜ける。
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高さ15.5mのこの水門は、あの津波で機能した数少ない施設だ。
ぐるっと回って港へ出て、太田名部防潮堤の脇を通り、雪の県道r44をグイグイ登る。
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てっぺんにある国民宿舎「くろさき荘」の駐車場に車を滑りこませる。
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施設内でちょっと排水。
心憎い施設がある。
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次回はココかな?

ここまで来た目的はもちろんコレ。
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陸中黒埼灯台!

北緯40度線上にある灯台。
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40度線のモニュメント脇を下った先の断崖上にある。
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ちょっと下った絶壁にある灯台はやはり魅力的だ。

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ひとしきりグルグル観察。

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ここでも足跡は、我々と正体不明の獣だけだった。
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このままr44で海沿いを走って田野畑に出る事も考えたが
ここまでの路面状況を考えると、時間がかかりそうだし危険。
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来た道を引き返して、普代村の太田名部防潮堤をくぐる。
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そこには津波から守られた村が凛々しくあった。
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村を横切る道を抜けようと思ったが、これまた細くて急な雪道。
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そんな道も軽々こなして、元のR45に。

これ以上、北に向かうのは止めて(そもそも夏にも来てるし)
ここから大人しく引き返すことにする。
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帰り道は雪も解け始め、来た時よりも楽だった。
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いいかげん国道を走るのにも飽きた頃、
道の駅「やまだ」で休憩。
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ここでも思ったのだが、被災地各地がそれぞれいろいろな形で記録を残している。
写真集であったりDVDであったりする。
そしてその利益は支援に回されている。
全てを買っておきたいところだが、貧乏旅行ではそうはいかない。

ここではトートバッグと食品類。
そして…
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なんとワカメソフト。
しっかりワカメ味。いまだかって無い、とても強烈なお味。

どんどん下って、釜石をクリア。
大船渡三陸道は使わず、あえて雪の峠越えで大船渡へ。
ここは震災後に初めて三陸に入った地点。
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その時にも立ち寄った「h.イマジン」で珈琲タイム。

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ここで今夜の宿を気仙沼に決め

あの時は訳もわからず泣きながら走り抜けた大船渡をゆっくり抜ける。
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ここでも流された大船渡駅に立ち寄る。

復活した大船渡プラザホテル。
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少しづつでも復興しているのが嬉しい。

そのまま漁港に出た。
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地震の後、沖へ避難して津波を逃れた大船渡の漁船(第七稲荷丸)が、以前テレビで紹介されていた。
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これら船もそうなんだろうか?
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今夜は船上で新年会なのか?大量のアルコールを積み込んでいたようだ。
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ここから県道r38、r275を使って、碁石海岸へ
排水に寄ったお土産物屋さんで時間を費やしてしまい
気が付くと陽も落ちかけている。

慌てて散策。とにかく岬方向に進むと。
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碁石岬灯台♪
横には碁盤?
そして先の展望台に立つが、とにかく風が冷たい。
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千葉ではとても味わえない風だ。
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さっきの大船渡のイカ釣り漁船だろうか?
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遠く集魚灯の灯りが眩いばかりだ。
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ところで碁石海岸は?
ちょっと戻って震災の影響からか、崩れた路肩を降りて、暗闇の海岸へ。
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確かに碁石の様な石ばかりだ。
すでに辺りは真っ暗。

r38で陸前高田の街を抜ける。夜の被災地は本当に真っ暗だ。
しばらくR45を走って気仙沼へ下りる。

前回は国道で素通りしてしまっているので、街中に下りるのは初めてだ。
大きな街、それだけに想像以上に更地が広がっていた。

ちょっとした坂道のある街中を抜け、その先の湾の中州の様な所に出る。
大きな建物のシルエットが見えるだけで、光の無い殺伐とした荒野の様。
こんな中にホテルがあるのだろうか?

ナビは荒野の中の1点を案内する。
今夜の宿は、昨年の5月に営業を再開した「ホテル一景閣」だ。

復旧中の未舗装の道を走ると、復旧のための足場とネットに囲まれた建物に僅かに灯りが見えた。
辺りは真っ暗で見えないが、思わず「ココ?」と目を疑ってしまう。

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それでも駐車場は屋内だし、館内は綺麗になっていた。
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部屋は最上階の角の広々したツイン。
「ここを拠点に回っても良かったかもね。」と相方。

(我々にしたら)ちょっと高いけど、部屋の広さと最上階の大浴場を考えたら◎だ。

ただし夕食の提供がまだできないとのことなので、さっき横を通り過ぎてきた復興屋台村へ車で向かう。
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「気仙沼横丁」の赤ちょうちんに釣られて中に入る。

混んでいる店と誰もいない店。両極端だ。
迷わず誰もいないお店に入り、ビールとご飯。

店の姉さんと会話をかわす。
1昨年の11月から始めて、ようやく1年ちょっと経ったという。

ただし、この土地の利用期限が3年と決まっているので、来年の6月までしか営業できないと。
「海に近い場所だし、しょうがないのよ。」
仮設住宅もそうだけど、いずれ期限がやってくる。
そんな不安も抱えているんだ。と考えさせられる。
期限前に、きっとまた訪れることだろう。
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そう「ほやボーヤ」に誓い

仮設のコンビニでアルコールとアイスを買ってホテルに戻った。
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最上階の展望浴場は貸し切り、明るいのがせめてもの救いだが、何だか怖い。
窓の外は工事用の保護ネットが揺れている。
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夜も足場とネットが強風で揺れる音が不気味に響く。
ここの立地条件を考えると、やっぱり怖い…
でもまた気仙沼を訪れる時は、ここに泊まろう。
そう思い眠りについた。



閉じる コメント(6)

未だ復興途中ですね。

2013/1/11(金) 午前 1:33 cropper64

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いかん!朝から「あのてっぺんを〜」がエンドレス再生してる!

2013/1/11(金) 午前 7:40 mille

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いかん、わかめソフトはどんな味か、と脳内でエンドレスイメージしてる!

2013/1/11(金) 午後 4:51 sw

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Cropperさん
まだまだですね。
でも着実に進んではいます。

2013/1/12(土) 午前 0:52 [ くろきん ]

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ミレさん
紅白で歌って欲しかったんですけどね。
メーカー色が強いからNHKじゃ無理か。

2013/1/12(土) 午前 0:53 [ くろきん ]

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SWさん
ワカメソフトは強烈でした。
一度食べてみると良いです。
私はもう食べませんがwww

2013/1/12(土) 午前 0:54 [ くろきん ]


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