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前日まで発熱が続き、体調不良を訴えていた相方であったが
だいぶ快復してきたようで、予定通りの出発となった。 行き先は、ここ数年の定番となっている北の大地。 毎年PASOで走っているので、今年は違ったアプローチを試みようと チビッコ2台(ぐり・ぐら)で最北の島を走る計画を立てた。 また、いつも1日目は青森までの移動に費やし、2日目の午前中に函館に渡っている。 今回は、トランポでの移動と言うこともあり、1日目の夕方の便で海峡を越える予定だ。 相方の体調のこともあり、PASOでの移動だったら、今回の旅立ちは無かっただろう。 金曜日の22時過ぎに出発。 東関道、圏央道から常磐道へ そのまま仙台北道路まで行き、東北道へ。 ここまでは、珍しく俺の運転。渋滞も無く、快調な滑り出しだ。 途中で相方に運転を代わり、 安代JCTから八戸道へ 百石道路、第二みちのく道路、上北道の上北ICを降り 目が覚めると、小川原湖畔の道の駅「おがわらこ」に居た。 8:30の開店を待って、朝食を調達。 小川原湖まで出てみる。 こうした湖には、必ずと言っていいほど入水による伝説があるものだ。 太平洋側は何度も走る機会があるので、今回は陸奥湾沿いを走る。 むつを過ぎると、芦崎の砂州が見えて来た。 ここは大湊航空基地の敷地内になるため、立ち入ることができないようだ。 年に一度、一日だけ潮干狩りのために住民に開放されるという。 R338から県道r46で内陸へ入り、r253でかわうち湖へ出る。 小雨も降ってきていて、とにかく寒い。 R338へ出て牛滝へ。 海が見える頃には、先ほどの雨が嘘のように晴れ上がってきた。 この海峡ライン(R338)を走るのは、実に30年ぶりだ。 一度目にカタナで走った時は延々とダートだった。 翌年、DT200Rで訪れたら、一部舗装されていてがっかりした。 牛滝港へ下りる交差点でのスナップだと思われる。) 今はこんな道なのだから、ずいぶんと走り易くなったものだ。 この年は脇野沢で野宿し、翌朝の食堂で煮カレイ定食を食べながら テレビのニュースで御巣鷹山の123便の事故を知った。 あの夜はテントも張らずに海辺で星空を眺めながら寝た。 まるで昨日のことのように覚えているのが不思議だ。 まさか30年後も相変わらず馬鹿なことをやって遊んでいるとは、 あの時は想像もできなかっただろう。 相方の体調も良さそうなので、仏ヶ浦に行ってみることにする。 フェリーから眺めることはあっても、ここを降りるのは初めてだ。 綺麗に整備された遊歩道は、思ったよりも短く海岸に下りることができた、 遊覧船の乗り場もあり、賑やかなおばさん達を乗せて出航したら静まり返った。 この世で亡くなった者は仏ヶ浦を通って旅立つ、という言い伝えもあるようで 恐山と並んで、その種の独特の雰囲気がある。 日差しも強くなり、気温も上昇する中 元気良く岩に登ったりしていたが・・・ 駐車場に戻る頃には、なんだかグッタリしていた。 楽しみにしていたウニ丼も食べれないと・・・ ここから大間までも、実に気持ちよい道だ。 そして道端には猿が多い・・・あれ?ニホンザルの北限は脇野沢じゃなかったの? 温暖化と共に生息地も北に延びているのだろうか? 「津軽海峡をニホンザルが越える日」もそう遠くないのかもしれない。 今回は初心に戻って、大間から函館に渡ることにした。 出航までまだ2時間以上あるので、乗船手続きだけ済ませる。 チビッコを降ろしてさっきの海峡ラインを走ろうとしたが 相方は温泉にでも入って休んでいると言うので・・・海峡保養センターで別れ 海峡ラインを1人グリ(XE75)で走った。 あいつが走らないなんて、相当具合が悪いのだろう? そんなことを気にしながら1人で走っても、面白くも気持ちよくもないので ここからフェリー乗り場は5分ほど、いつもはバイクなので1番に搭乗できるが 今回は車なので、車と歩きに分かれて乗り込む。 函館までは90分。 窓際の席で大間灯台を眺めながら、出航を待つ。 函館からは走れる所まで走って、翌朝のフェリーで礼文に渡ろうなんて話していたが 相方の様子を見る限り、とても無理はできない。 天気も道北はこれから2〜3日は崩れる予報だ。 大事をとって室蘭にホテルを予約する。 比較的天気の良さそうな道東を回って、後半に島へ渡る方が良さそうだ。 道央道で室蘭まで。 飛ばしている様子を見る限り、大丈夫そうなのだが・・・ 夜の室蘭もなかなかのもの。 ホテルの周りの開いている店はラーメン屋くらいしかなく。 北海道1泊目は、こうして終わって行く。 |
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御巣鷹山日航機事故、そのニュースを知ったのが当時乗っていたCB350FOURで野辺地の宿にたどり着いた日
その翌日 海峡ラインを走ってますから くろきん様とは一日違いの走行
延々と続くダートを大間側から走行
途中の集落で 子供に「買い物はどこへ行くの?」と聞いたら
「漁船で函館」と答えが帰って来たのが印象的
あれ以来 ホヤも食べてないから また訪れたい場所です
2015/8/18(火) 午前 0:22
いいなあ北海道。相方はそろそろ何かに変る時期なのかな・・・・。
2015/8/18(火) 午前 6:45 [ ふーさん ]
北海道は、こんなに近いのね
食べなかったウニ丼は、何処へ
2015/8/18(火) 午前 7:19
ふーさんの洞察に賛成です。
多分内部的な組成変革期に差し掛かっているのかと。
次のステージは、頭髪も金色になり、黙っていても背後から黄金色のオーラをまとい、空を飛ぶ能力までに達する事でしょう!そうなれば、動力装置なしの車両でも変幻自在に走ることが可能になるのです。笑
2015/8/18(火) 午前 8:27
御巣鷹山は、299で長野へ抜けるとき横通ります。
もう30年も経つのですね。
相方様は、この猛暑にやられたのでしょうか?
2015/8/18(火) 午後 0:45 [ SMT ]
北海道上陸前に既に楽しそうな場所が目白押しですね。ウニ丼超食いたいです!
2015/8/18(火) 午後 10:32
万年さま
え〜!あの年のあの日にあの場所に?!
もう何回もあの日の事をこのブログに書いているので
止めておこうかな?と思いながらもまた書いちゃったんです。
でも書いて良かった♪
私たちも前の晩は青森泊で、野辺地経由で大間から下ってきたんです。
まさに1日のニアミスでしたね。
しかも350Fourとは・・・
2015/8/18(火) 午後 11:02 [ くろきん ]
ふ〜さん
そうなんですね。
2年に一度、羽化の時期のようです。
2015/8/18(火) 午後 11:02 [ くろきん ]
db1さん
食べる以前に、店に入る元気もありませんでしたから・・・
2015/8/18(火) 午後 11:03 [ くろきん ]
ドカマンさん
SUPERなお人になってしまうんですね。
どうも自己修復機能がダウンしてしまったようです。
2015/8/18(火) 午後 11:04 [ くろきん ]
SMTさん
本当に早いもので、あっと言う間に30年です。
ついこの間のような気がしますが。
R299からぶどう峠を抜ける時、御巣鷹山が見えるところで手を合わせるのが習慣です。
今年はあそこを抜けてしょぼに行こうかな?
2015/8/18(火) 午後 11:04 [ くろきん ]
C坊さん
どうせ利尻でもっと美味しいのを食べるから。
と、この時は言っていました…
2015/8/18(火) 午後 11:06 [ くろきん ]
30年ですか、123便の事故、心が痛みます。兄があの便に座席とっていたのです。
福岡の実家での結納式に帰省するのに直行便がとれずに大阪で乗り継ぎ福岡に戻る事に…。
結局、直行便がとれたので乗る事は無かったのですが、兄が座る予定だった席に座って逝かれた方が居たと想うといたたまれません。当時は大勢の方が亡くなっていたので、口には出来ませんでした。悲しみに時効はありません。代わりに亡くなられた方、そして多くの御霊に合掌。
2015/8/19(水) 午前 0:10 [ 爺S馬力 ]
爺S馬力さん
運と言う言葉で済まされるものではないですが
人の人生はわからないものですね。
お兄様も、それからの人生観が変わられたのではないでしょうか?
私も当時は大阪出張に羽田からよく使っていましたので
人事ではありませんでした。
それ以来、大阪へ飛行機で出張することは無くなりました。
2015/8/19(水) 午後 10:06 [ くろきん ]
30年前のあの日、まだアシスタントでした。
軽井沢ロケの帰り道、渋滞を避けて妙義荒船林道をハイエースで走っていて事故を知りました。
今はただただなくなった方々の冥福をお祈りするばかりです。
青森は親戚も多いので、子供のころから夏はよく行きました。
大間ー脇野沢のダートも良く覚えてます。
アコードが青森で故障して、借り物のシビックではしったことも。
XL125SやシトロエンDS何かでも、走りましたよ。
夏の下北は、大きなアブがしつこくて怖かったです。
2015/8/21(金) 午前 11:37
山家さん
現場の近くを走ってたんですね。
日本中どこに行っても道は良くなりましたね。
そして全ての道が綺麗に管理されているんだから
日本って凄いと思います。
下北の大アブは今年も沢山いました。
仏ヶ浦で頭を刺されたような気がしたのですが
その後、何ともありませんでした。
2015/8/21(金) 午後 10:06 [ くろきん ]