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毎年、3月の第2週は自然と東北へと足が向かう。
今年は3月11日が土曜日と言うこともあり、何も考える事無く東北行きが決定。 「ベベルで行ぐべぇ」の企画で年2回行くのは気仙沼より南が多く、個人的に行く場合は宮古以北が多い。 今回は間を取って、大船渡。 着工中の自宅の事もあり朝、業者の方と打合せをしてから出発。 常磐、東北間の圏央道が繫がったことによる渋滞も心配したが、 普通に流れて常磐道へ。 快調に走っていると、いわき四倉〜広野間で事故による通行止の表示。 便利な時代になったものだ。 磐越で東北道へ迂回するまでも無いだろう。慌てる旅でも無いし。 いわき四倉ICで下りて、久しぶりにR6を走る。 常磐道が無い頃、この道を使って延々と東北を目指したことを思い出す。 相方が蔵王で転倒し強制送還となった時は、 広野までしか出来ていない常磐道に乗ったっけ。 当然震災前で、原発事故も起きていなかった。 深夜でも賑わっていた飲食店で、折れた肋骨の痛みに耐えながら食事をした。 あの時からこの辺りの様子は一変してしまった。 そんな思い出話をしながら、広野ICから再び常磐道へ。 何台もの報道車両を追い越す。 先週オープンした「さんさん商店街」は混んでいるだろう。 大川小学校にも中継が入ると言っていた。 我々の行くところは変わらない。 雄勝の店こ屋街でランチにしよう。 河北ICで下りて北上川沿いを走る。 ちょうど雪雲が流れて来たのか、かなりの雪が降ってきた。 新北上大橋の工事も完全に終わったようだ。 雄勝店こ屋街の駐車場もいっぱいだ。 伝八寿司の前には行列ができている。 こりゃ駄目だ。 夏にも入ったCafe 縁へ行くが、ここも2時まで貸切だとか・・・ 豪勢な昼食を食うぞ!と張り切っていた相方であるが・・・ 仕方ないから雄勝半島を回ってからにしよう。 雄勝の高台の造成もずいぶん進んでいる。 壊れたままだった防波堤の修理も始まっている。 もうすぐ海が見えなくなるのだろう。 雄勝病院跡にもたくさんの車が止まっていた。 ご遺族の方だけでも相当な人数になるだろう。 我々が行くべき場所ではない。 途中の大須小学校でも何かの式典があるのだろうか? ここの駐車場も車で溢れていた。 そんな我々を迎い入れてくれるのは大須崎灯台だ。 アプローチがお気に入りの、地域に愛されている灯台だ。 ここから太平洋を眺めていると、 30分後にサイレンを鳴らすとのアナウンスがあった。 あと30分で6年前のあの時刻が訪れる。 相方はここに来る前から、「船越で迎えたい。」と話していた。 『何も無いよ。』と言うと、「そこがいいのよ。」と相方。 その考えに異論は無かった。 震災後に初めて来た時に迷い込んだ雄勝。 その雄勝をもっと知りたくて訪れた2度目に入り込んだ船越の港。 忘れられない存在となった。 あれから何度来ているだろう。 船越湾を見下ろす高台にある神社でそのサイレンを向えた。 1分間のサイレンと黙祷。 いつもは職場のディスクで人知れず行っている。今年はようやくこの場所でできた。 名振へと越える峠から、遠く志津川湾も見ることができる。 昨年宿泊した観洋も見える。 あの日、ここから海を見ていた人も居ただろう。 「Cafe 縁」に戻ると、ちょうど窓際の席が2つ空いていた。 軽食を取っていると、地元の人がどんどん増えてきて集会場のようになって来た。 食後の珈琲を飲んでゆっくりできる雰囲気ではない。 特別な日であることを実感する。 気が付くと、もう4時。 大船渡までは2時間半。 ゆっくりしている時間は無かった・・・ R398は来るたびに新しくなっている。従来の道の復旧と同時進行で山側にバイパスのような道が出来ている。 志津川〜雄勝間の所要時間はどんどん短くなりそうだ。 R45、志津川の道も訪れる度に変っている。 しかし、新しくなった「さんさん商店街」の周辺の渋滞が酷い。 以前から南下して志津川へ入る道の渋滞があったが、 この日のこの時間は歌津から志津川まで延々と繫がっていた。 我々は反対車線で良かったが、明日「さんさん商店街」に寄ろうと思っていたのに・・・ ときおり県道に避難しながら北上し、陸前高田を過ぎてから県道r38で広田半島から末崎半島へ。 今日の宿は碁石海岸横の民宿「海さんぽ」。 建物は新しく、ちょっと「下道荘」に感じが似ている。 それもそのはずで、ここも旧「ごいし荘」が津波で流失して、3年ほど前に再建されたばかりのようだ。 いちばん海沿いの部屋からは碁石海岸が望めるはずだが、暗くなってからの到着なので・・・ そう言えば、前回碁石海岸に来た時も夕暮れだった。 薄暗い中、堤防が崩れ瓦礫の混じった碁石海岸を歩いた記憶がある。 4年前の正月だ。この宿はまだ出来て無かった。 三陸のどこの民宿でも思うのだが、とにかく食事が多い。 新鮮で質の高い料理をお腹一杯いただき、酔いも手伝って10時前には熟睡していた。 |
DUCATI BEVEL
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未曾有のダブル大災害、復旧も大がかりで
少しずつしか進まないのですね〜
震災の日から、福島で1ヶ月半仕事しましたけど・・・
大分変わったんだろうな〜
2017/3/17(金) 午後 9:36
あの日より前から行かれてたんですよね。
復旧が進み人も訪れているのは悪いことではないでしょうが、海沿いの道が無くなって景色も変わっていくこと、地元の方のお気持ちは如何なるものなのでしょう。
2017/3/18(土) 午前 2:56
毎回毎回、あの町に寄りたかった、あの場所に寄りたかったと宿題が積み重なってゆくばかり。遠くへ、さらに隅々まで見て回る二人のパワーを羨ましく思います。雄勝へは一度迷い込んでから、なかなか踏み入れる時間が取れず、特に船越へは行ってみたいと思うんだけど、、、、また宿題がたまってゆきます
2017/3/18(土) 午前 9:38
マサRSさん
震災直後に仕事やボランティアで行っていた人は偉いなぁと心の底から思います。
さすがに6年、帰宅困難地域以外は変わって来てますね。
2017/3/18(土) 午後 5:07 [ くろきん ]
swさん
東北は好きで、ずいぶん訪れましたが、海沿いは数えるほどしか走っていません。
山側へずれる分にはいいのでしょう。バイパスもOK。でもあのそびえ立つような防潮堤は恐怖でしかありません。
2017/3/18(土) 午後 5:12 [ くろきん ]
みれさんのおかげで、ずいぶん勉強になりました。
船越は、本当に何も無くなりました。小学校も、震災後に残っていた神社の鐘もその後の台風で落ちてそのままです。
雄勝にも新しい民宿の看板が出ていました。いつか雄勝でも集まれるといいですね。
2017/3/18(土) 午後 5:18 [ くろきん ]
> くろきんさん
雄勝の民宿!!どこだろ 泊まってみたい
2017/3/18(土) 午後 5:26
みれさん
確か「漁師の宿」とか言う名前だったと思います。
今度、調べておきます。
2017/3/18(土) 午後 11:08 [ くろきん ]