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いつもはバイクの動態保存散歩で走ることが多い小湊鉄道沿線であるが
実は上総牛久駅から南の区間は乗車したことが無い。
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上総牛久駅から北、五井駅までは出張等でたまに乗る事があったが。
これより南は乗る必要性が無いからだ。

ただ、道路から見える路線には限りがあり、
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あの先はどう走って次の見える区間にどう繫がっているのか?
だんだん気になってきていた。

また、やはり実際に乗ってみない事には…見える景色も異なるだろうし、
特に養老渓谷駅から上総中野駅までの区間を乗りたい衝動にかられた。

そんな日曜日の午後、ちょっと時間もあるし、乗ってみようかとの話になり
せっかくなので最寄駅である上総鶴舞駅まで歩いて行くことにした。
この時期にしては暖かな日差しの昼下がり、いつも走っている田んぼ道を歩く。
明日が雪の予報なんて信じられない天気だ。

いつもはバイクなので、待合室にもホームにも立つことは無いが
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列車到着まで時間もあったので、のんびり駅を探索した。
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そう言えば前日観た再放送の「相棒」では、
この駅が大黒鉄道の白鳥駅という名で使われていた。
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一緒に観ていた相方もホームが映し出された瞬間に
「あっ!鶴舞だっ!」って、さすがである。
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そうこうしていると列車がやって来た。
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見慣れた列車ではあるが、初めての路線。
ワクワクするものである。

いつも見ていた田んぼに沈みゆく列車に乗って、自分が沈んで行くと
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上総久保駅に着いた。

高滝を過ぎて里見駅に着くと、乗客と一緒に運転手さんも降りちゃった。
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何かを感じ取ったのか、相方がホーム後方に行って
地元のおっちゃんがやっている直売所?で
ビールとカツサンドと焼芋を買って戻ってきた。

ここから養老渓谷駅までは、ちょっと山岳地帯だ(笑)
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こんな記事を書いていると、井川線のアプトラインに乗りたくなってくる。

ここから飯給駅まで、
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そして月崎駅まで
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頭の中で思い描く、道路からいつも見ているあのルートを列車で走る。
すごく新鮮な感覚だ。

通り過ぎ行く踏切ひとつひとつに、
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停まっている自分の姿が見えるようで可笑しく思えた。
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月崎駅からトンネルをひとつ抜けると、しばらく県道と並行して走り、
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房総半島最長の大久保トンネルをくぐる。
あぁ、このトンネルの上を月崎からの林道が走っていて・・・
と、今度は3次元的に頭上の林道を走る自分達の姿が想い浮かぶ。

トンネルを抜けると、これぞ里山という感じの風景の中、
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緩やかなカーブを曲がって、夫婦銀杏の上総大久保駅に着いた。
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この先はあの洞門横から列車が現れるあの路線だ。
隣でも相方が嬉しそうに車窓の景色を眺めている。
時折、「あ〜ココ!ココ!」と叫ぶポイントは俺と同じだ。

洞門から見える赤い鉄橋が気になって、昔歩いて見に降りたことがあったっけ。
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春には菜の花で埋め尽くされるあの畑の中を抜けると、
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すぐに養老渓谷駅だ。
ここで半数以上の乗客が降りてしまうが、思った以上に残っている人がいるもんだ。

実は今回本当に乗りたかったのは、
この養老渓谷駅から終点の上総中野駅までの4.2kmの区間だ。
この区間には開業(大正)以来使われている10mレールが敷かれている。
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五井から養老渓谷間を25mレールに変えた時に、外したレールを現在も使いまわしているという。
日本人の失われつつある「もったいない精神」が、この小湊鉄道には宿っているのだ。
その10mレールの乗り心地ときたら・・・

お世辞にも乗り心地が良いとは言えない今までの区間が
まるで高級車に乗っていたかのように感じる。
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右に左に小刻みに揺れ、上下にもゴトゴト。車体からはキーキーガタガタ。
出発の時はホームで見ている人が手を振り、車掌さんも手を振り
乗っている我々も手を振っている。
これがアトラクションの乗り物では無く、現代の実用路線だということが
可笑しくてたまらなくなる。

そして終点の上総中野駅に到着。
降車前に今乗って来た車両の銘板を撮影。
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昭和45年製と56年製の2両編成だ。
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すぐにこの駅を共用している「いすみ鉄道」がやってきた。
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「このまま乗り継いで大原まで?」と相方は乗りたそうだったが
本数の少ないローカル線、大原まで行ったら帰りは間違いなく最終。

それはまたの機会に取っておいて、駅周辺を散策。
蒸気機関車時代に使っていたという大井戸。
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そしてそこからの絵がローカル色豊かで・・・
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結局、そのまま折り返しの車両に乗る。
女性の車掌さんも同じ人。
ちなみに乗り降りする駅は無人駅だったので、切符はパンチ式の社内補充券だ。
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帰りはもう少し余裕を持って乗ることができる。

千葉県内の鉄道の最高地点と言われる板谷トンネルの壁面のレンガに感動したり
朝生原踏切の警報音が他と違う事に気付いたり
里見駅で受け渡される「たま(タブレット?)」を撮影したり。
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里見駅ではお父さんとお母さん?に見送られて、子供2人が乗って来た。
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子供たちだけでどこまで行くのだろう?
どこかの駅で別の保護者が待っているのか?
ご両親が車で先回りするのかな?
子供たちにとってはちょっとした冒険に違いない。

特等席を譲り、そんな事を考え後ろから眺めていると
上総鶴舞駅に着いた。
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ほんの1時間半の短い旅だったが、思った以上に充実したものだった。
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実は小湊鉄道は元々安房小湊まで繋ぐ計画があったという。
だから小湊鉄道というらしい・・・
安房小湊駅周辺の工事も進んでいて、今でもその跡が伺えるとか・・・

次回は安房小湊駅周辺を探索するか?
引き続きいすみ鉄道にも乗ってみたいし
小湊鉄道同様に周辺の道を走り尽くしている井川線も
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列車から眺めたら、さぞかし刺激的だろう。
行きたい所、やりたい事が次から次へと湧いてくる。

まずはさっき気になった朝生原の踏切を見に行こう。
歩いて帰宅後、W1Sに乗って行ってみる。
これまた不思議な感覚で路線を眺めながら、現地へ。
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やっぱりそうだ打鐘式の警報機♪
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慌ててジーンズ1枚で出てきてしまい、
次に列車が来るのを待っていたら凍えてしまいそうなので
ここの鐘の音を聞くのも次の楽しみにして帰ることにしよう。

帰り道、あまりに夕陽が綺麗だったので
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こんな景色が見れる場所に暮らしていられることに感謝。
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今日も見事に晴れている。
山の方も考えたが、工事中の気仙沼大島の橋を見に行こうと
自然とフェリー乗場に。
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港にあった復興商店街はすっかり更地になっていた。
そういえば去年は一度も気仙沼に泊まっていなかった。
帰ってから調べてみると、今は「南町紫神社前商店街」となって昨年の11月にオープンしているらしい。
(気仙沼プラザホテルのブログより)
同ホテルにはまた泊まる機会があるだろうから、その時に訪れてみよう。

ずっと工事が続いている気仙沼内湾も、いよいよ大詰めな感じだ。

仮設のフェリーターミナルでチケットを買うのもこれが最後かもしれない。
そもそもフェリーそのものもいつまで存続するのだろう?
せめてもう一度、チビッコを積んで乗りたいものだ。
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三が日ということもあり、島に帰る人々でフェリーは混んでいる。
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橋の開通は来年度中と言うから2019年の3月までには完成するのだろう。
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実際のところ橋はすでに出来上がっていて、周辺の連結道路の完成待ちのようだ。
島の住民限定でよいから橋だけでも渡れるようにしてあげたら良いのに・・・
なんて余計なことを考えてしまう。

前回、島に渡ったのは3月だった。
次は暖かい頃がいいなあと、前に自転車を借りたレンタルサイクル屋に行くと・・・
なんと!3日までお休みとな!

島の先端の龍前崎はいいとしても、亀山くらいは登りたい。
電動アシスト自転車の予定が、自らの足で登ることになった。
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寒いはずの気仙沼で、汗をかきながらの登山となった(笑)
気仙沼から志津川までのR45を走っていると、ずっと見えている山がこの亀山だ。
標高は235mとたいしたことないが、周囲が海抜数mなのだから、見晴らしは良い。
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と、同時に風が強い。

震災の時に気仙沼で起こった重油の火災が、引き波でこの亀山を襲った。
そのため、中腹から上は禿山だ。
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先ほど海面から見上げた橋を、今度は眼下に見下ろす。
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それにしても風が強い。西からの風が遠くの山からの雪を運んでくる。
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中腹にある大島神社に立ち寄ってから、
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島の南側に下りて海沿いに回ろうか。
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と、南側に海に向かって下りながら地図を確認すると
南側の道は行き止まり・・・

何か乗り物に乗っているのなら、行って戻ればよいが
徒歩で下ってまた同じ道を登るのは辛い。
被害が少ないうちにUターンして、休暇村に向かう。

ベベルで行ぐべえで泊まるとしたら、どこだろう?
なんて話しながら宿舎を探索。
そのまま田中浜へ降りる。
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この辺は前回、横目に見ながら自転車で走った場所だ。
その時に見逃していた「みちびき地蔵」を探しながら歩くと
田んぼ道に小さな看板があった。
みちびき地蔵の話はこんな内容だ。
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昔、母子が端午の節句の前日の夕方、「みちびき地蔵」の辺りを通りかかった。
その地蔵は、明日死ぬという人の魂が亡者の姿になって、天国に導いてもらえるように挨拶に来ると言い伝えられている。
母子がその地蔵をしばらく見ていると、亡者の姿になった大勢の村人や、牛馬までもが次から次へと挨拶に来て、天へと上がっていった。
この様子を見た母親は怖くなり、子の手を引いて急いで帰宅した。子は父にその話をしたが、狐にでも化かされたんだろうと取り合ってもらえなかった。
翌日、島の浜辺の潮が引き、家族で潮干狩りに出かけた。浜辺には大勢の村人が出ていて、村の老人は、こんなにも潮が引くのは何十年ぶりだと話している。
やがて潮が満ちてくる時間になってもまだ潮が満ちてこない。
村人がおかしいと思っていたところ、沖の方から、山のように高い大津波が浜へ襲ってきた。
親子は急いで裏山に上り、3人とも助かったが、他の逃げ遅れた大勢の村人が津波にさらわれて亡くなった。
母親は、昨日見た亡者はこの津波で死ぬ人だったんだと確信した。
村の書きつけには、この津波で61人が亡くなり、牛馬6頭が死んだと記されている。
みちびき地蔵には今でも花や線香が欠かさずに供えられている。
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背中に寒気を覚え、もの凄い向かい風の中、裏の浜へと歩く。

朝からずっと歩いていることもあり、空腹も限界。
フェリー乗場からすぐの所に確か食堂があった。
さっき前を通った時に開いていたような気がする。
開いてなければ気仙沼まで戻らないと・・・

天は我らを見放していなかった♪
ちゃんとお店は開いていた。
中は暖かく、もう天国のよう。
温かいフカひれラーメンにしようか迷っていると、

トイレから戻った相方が店のおっちゃんに蒸牡蠣を注文。
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これから蒸すから時間かかるけどいい?
どうせ次のフェリーには間に合わないし、その次はさらに1時間先。
あと瓶ビールとレモンサワー♪
今思えば、このまま大島に宿を探せば良かった(笑)

おじさんはおもむろに、外に牡蠣を取りに行った。
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ここの牡蠣は当然地元大島産で、外洋側で育てられたものらしい。
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生は苦手な俺だが、ここの蒸牡蠣は本当に美味しく食べられた。
多分、今まで生きて来た中で、一番牡蠣が美味しいものだと思えた瞬間だった。
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フカひれの入っていないラーメンを食べ終わる頃、ちょうどフェリーの出航の時間だった。
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お腹いっぱい、片やほろ酔い。
そう遠くに行く元気も無い。

前から気になっていた岩井崎に行ってみよう。
気仙沼港に延びるバイパスの橋の工事下を抜けて、岩井崎へ。
亀山の上から見ていて、ずっと気になっていた岬だ。

仮設の駐車場から仮設の歩道を歩く。
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防波堤を含めた公園としての整備が進んでいるようである。

しかし、風が強い。
気を抜くと、海まで吹き飛ばされてしまいそうだ。
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沖合いには岩礁があるのか、白波が立つ場所がある。
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震災後に取り上げられていら龍の松も、ここにあったんだね。
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ここも芝生が緑の時に、ゆっくり訪れてみたい。
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岩井崎灯台にも当然立ち寄る。
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遠くに大島の龍舞崎灯台が見える。
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それにしてもこんなに風が強いのに、さっきのフェリーはちっとも揺れなかった。
大島が天然の防波堤と言われているのは、そういうことだったんだ。とあらためて感心。

取り壊されずに残っている気仙沼向洋高校に一礼して、R45へ出る。
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気仙沼から歌津の間は海側にバイパスの工事が進んでいる。
流された鉄道の橋も、バス用に架け替え工事が進んでいる。
何時の日か、再び線路が敷かれる時が来るのだろうか?

三陸道も歌津ICまで延びて来た。
せっかくなので、さんさん商店街にも立ち寄るが
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ほとんどの店は4日からのようで、訪れる人も少なかった。
きっとまた3月に来るだろう。志津川で給油を済ませ、そのまま三陸道へ。

今年もこうして東北で始まった。
またこんな感じで一年間お付き合いをお願いします。


この宿を選んだ一番の理由はロビーから初日の出が拝めること。

予報からして期待していなかったが・・・
まあそんなもので・・・
中途半端な位置で中途半端な日差しが出た時点で
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「おめでとう♪」
「今年もこんなブログですが、みなさんよろしくお願いします。」

朝風呂に浸かってから、お雑煮付きの朝食をいただく。
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もう何年も自宅で元旦を迎えていないなぁ。

のんびりと宿を出発。
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駐車場にあった遊歩道の案内看板の隅に…
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「牛島灯台」の表記が!
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今年は灯台150周年の年。
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そんな新年一番の灯台は牛島だ!と意気揚々と進む。
地図で見ると厳島神社の先、弁天鼻と牛島は繫がって見える。
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防波堤の様なもので渡れるかな?

まずは厳島神社から・・・
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厳島・・・と名乗るからには、当然あの宮島の厳島の系譜と思われるが・・・

元日の朝、思っていたよりも険しい道を歩くと
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反対から戻ってくるたくさんの年配の女性とすれ違った。
漁師の奥さん達なのだろうか?

きっと初詣なんだろう。
おばあさんが歩くには大変だろうと思う道。よく登ったなあと感心しながら歩く。
思ったよりもずっと立派な神社だ。
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初詣をすませて、灯台のある牛島に渡ろうと道らしき所を下りて行くが・・・
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無理無理・・・
唯一下りれそうな斜面を行くが危うく足を滑らせて崖下に落ちそうになるし。
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別のアプローチを試みるが、どうにも無理っぽい。
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眼下では波も荒く、万が一下りれたとしても島と連結されている防波堤を歩くのは危険だろう。
辛うじて木々の陰に見える灯台のシルエットで我慢して神社に戻る。
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幾本もの鳥居が我々を迎えてくれた。
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こうやって漁から戻る人々を迎える神様なんだろうな。
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新年一発目の灯台は不発に終わったが、気分をあらためて先に進む。
久慈を過ぎ海岸線を小袖に向かうと、さっきの牛島が横に見えてきた。
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諏訪公園から、白い灯台の姿も何とか見ることが出来た。

そのまま海岸線を小袖港まで
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いつもは気持ち良い海岸線のこの道も、今日はとてもスリリング。
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時折高波が水煙と怒号と共に襲ってくる。
この程度の高波でこうなのだから、あの津波の時はもの凄い音がしたのだろう。

港も凄い波。
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しばしば防波堤を乗り越えて来る波もある。
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いつもなら小袖灯台まで歩いて行くのだが、今日はとても無理。
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陸中野田から宮古へ。
高くなった堤防の向こうでは高波による水煙が上がっている。
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田野畑にも雪は全く無い。
もっとも今は三陸北道が出来ていて、閉伊坂峠を越えることも無くなったが。
雪が無いので普代から海沿いの県道も考えたが、ここもどうせなら緑溢れる季節に
走りたいので、今回はパス。去年も走ったしね。

やはり宮古でお昼を迎えてしまった。
試しに道の駅「シートピアなあど」に行ってみるが、やはりお休み。
毎度のことであるが、このあたりで正月そうそうから開いているのは
コンビニとドラッグストアくらいなものである。

毎回お世話になっている宮古駅前の蕎麦屋は・・・
さすがにもういいだろうと、新年のランチはコンビニ(笑)。

重茂半島に向かう道も少しずつ変化して来ている。
堤防にスポーツ施設。

対岸に先ほどの道の駅を見ながら海沿いを走る。
走り慣れるとあっと言うまで、姉吉海岸に車を止め
躊躇することなく身支度を整えて、遊歩道を歩き始める。
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先客の車は2台だけだった。
ここへ来る途中、今年は灯台150周年だし、
灯台女子なるものも現れているらしいから
ひょっとしたら、駐車場が大渋滞だったりして。なんて話していたのだが・・・

いつもの様に片道約4キロの道を歩く。
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我々の新年の儀式のようになってきた。

最初に訪れたのが1982年。あの時は灯台守の方の通勤路?だった道。
2011年の津波でしばらく通行止だったが、修復されてから4度目の訪問になる。
初めて訪れた時、もう2度と来る事は無いと思っていた場所だ。

それでも木立の向こうに白亜の灯台が見えて来ると、
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また来れて良かった♪と思えてしまうから不思議だ。
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数年でそう変ることも無い灯台。
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※1983年に訪れた時の写真

最初に訪れた時こそ退息所があり、職員が勤務していたが。
それでも毎年来てしまう魅力は何だろう?
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そんな事を話しながら本州最東端に位置する魹ヶ崎を後にした。
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山田湾に出る頃にはすっかり陽が沈んでいた。
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今日の宿は気仙沼。
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日没後にこの辺を走るのは慣れたもの。

元日と言うこともあり、スムーズにホテルに到着♪
正月早々2万歩近く歩いてしまった。

お正月休みも終わり、ようやくPCに向かう様になったため
今さらではありますが、年末年始を振り返ります。

今年も年末年始の休日が相方と合わないため
あまり遠くまでは行けない。
ここ何年かと同様に今年も東北を目指すことになる。
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できれば下北半島を北上したかったが、今年は日本海側からの雪が多い様子。
一歩間違うと雪に閉ざされそうなので、大事を取って八戸まで

去年、一昨年と雪が少なかったが、それと比べると山間ははるかに多い。
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それでも道路の雪は路肩にある程度で、難なく八戸まで。

八戸はこの辺りでは都会になるため、どうも混んでいるイメージがある。
なので、いつもは早朝に通過するだけ。
今回は思ったよりも全然雪が無く、早目に着いたため
鮫町にある鮫角灯台を目指す。

こんな機会じゃないと来れない灯台だ。
途中からは八甲田山、岩木山、
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恐山が良く見える。
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灯台へは案内の標識もちゃんとしており、
迷うことなく「八戸シーガルビューホテル」の駐車場へ。

年越しにこのホテルもいいなぁと思いつつ
太平牧場脇の道を歩いて灯台まで。
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灯台から海までちょっと距離があるが、なかなかのロケーションだ。
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ちょうど、JR八戸線の列車がやって来た。
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海側に見える(葦毛崎)展望台にも後で行ってみよう。
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排水タンクがアラームを鳴り響かせていたため、
先ほどのホテルでトイレを拝借。
ついでに年末年始の混み具合をリサーチ。
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ベベルで行ぐべえでここまでは・・・無理かな〜

そのまま蕪島まで、ここはウミネコの繁殖地で有名な島。
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一昨年、火事で全焼した蕪島神社は新しく建設中。
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そのためか、ウミネコはビックリするほど多くは無かった。
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海沿いを下り、葦毛崎展望台手前の空き地に車を停めて
先ほどの鮫角灯台を眺める。
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やはり灯台はこうした風景と共にあるのが絵になる。
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ここから種差海岸まで海岸段丘から砂浜と変化が多く。
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三陸のリアス式海岸とは様相が異なる。

春になれば、緑の芝生で綺麗なんだろうなぁ。
GWにでも八戸川内大規模林道と合わせて走ってもいいなあと、胸を膨らませる。

後はそのまま海沿いを南下。
侍浜にある宿まで。
ここは一昨年の大晦日にも鎌爺とおっさんと泊まった宿。

チェックインを済ませていると、
「一昨年の大晦日にも泊まられていますよね?」
「宿泊カードの記入は結構です。」
こういう対応は嬉しいものである。
年間かなりの数の宿に泊まっているが、ありそうでないものだ。

宿の食事を食べながら、今年1年を振り返り、
感謝の乾杯をして紅白を見るのが最近の定番だ。
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ほどよく酔いも回った頃、おせちをもらって部屋へ。
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そして爆睡。

結局今年も、夜9時過ぎから出される年越し蕎麦を食べることは出来なかった。

2017年 総括

今年も残すところあと1日。
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例年のように1年間を振り返ってみよう。

今年も年明けは岩手。
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野田玉川駅下の浜辺。

昨年末で終了となった南三陸のさんさん商店街(仮設)を
訪れてからの年明けとなった。
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恒例の魹ヶ崎灯台への初詣?
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昨年一緒だった爺を思い出しながら・・・

年始の休暇は相方と休みが合わなかったため、
乗りっ放しのバイクのメンテナンス。
今年84歳になる父親のカブもタイヤ交換。
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3月のあの日は、いつものように東北へ。
新しくなったさんさん商店街。
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変り行く三陸の姿を目に焼き付ける。

田んぼに水が張られる頃、新しい相棒がやって来た。
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大工さんの怪我もあり、工期が遅れていた我家だが
いよいよ壁の漆喰塗りが始まった。
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家全部の壁を自分達で塗る作業だ。
初めてコテを持った相方の筋が良く、9割がたの壁を彼女が仕上げた。

ちょうどその頃、実父が倒れた。
今年に入ってもカブに乗り元気に畑に行っていた丈夫な人だったが…
一時の危篤状態も越え入院先の病院も変り、容態も安定していたので
GWにちょっとだけ出かけた。

掛川から奥静へ。何度行っても新しい発見がある。
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少し、気分転換になった。
そしてGW明けの5月11日、息を引き取った。
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別々に暮らしていても、親の死はこたえるものがある。

そして6月。ベベルで行ぐべえ東北。
記念すべき10回目。
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金沢からtaoさんも初参加♪

そして還暦のお祝いも出来た。
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雄勝では雄勝石の破片をおばちゃん達に分けてもらった。
今ではそれが玄関のアクセントになっている。

7月の海の日は香川へ。
SKでのBBQと鎌爺の一回忌。
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あれから1年。
もう1年?やっと1年?
1年という時間の重みを感じるようになって来た。

この頃から家の外塀の工事を始めた。
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これもDIY作業だ。
真夏の炎天下。
友人にも手伝いに来てもらって、何とか完成することが出来た。
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炎天下といえば、イタリアンなランチの集いに今年も誘っていただいた。
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美味しく、楽しい一日だった。

家作りのこともあり今年の夏は旅にも出ず、ずっと作業だった。

そして9月。ベベルで行ぐべえ東北。
今年はこのイベントでしかベベルに、というかバイクに乗っていない気がする。
11回目にしていよいよ宿は大船渡。
途中、気仙沼大島大橋の工事の様子を見てから北上。
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翌日は晴天。アドベンチャーなバイクの二人と荒川高原を堪能。
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9月半ばの連休には、香川から新築祝いに駆けつけてくれた。
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神ちゃんやふ〜さん、ハマちゃんエリザも…感謝感謝。
台風直撃で天気が荒れて大変だったが、朝から晩まで飲んだくれの3日間だった。

この台風のおかげでこの週に予定していたPASO祭りが10月に延期になった。
おかげで久しぶりのPASOでPASO祭りに参加。
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ボビーさん、SMTさんお世話になりました。
taoさんと富山までご一緒できたのも楽しい想い出。
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その翌週はMotoGP。
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3日間雨だったが、今年も貴重な体験をさせていただきました。
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感謝感謝です。
11月は4回目になるチビッコしまなみ海道。
のはずが・・・まさかのステッピがトラブル。
仕方なくこちらの灯台とフェリーで我慢。
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たまにはこういう事もある。
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それでも3週間後には香川へ。
人生初マラソン大会(相方)
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小豆島を自分の足で感じることができた。

そして12月。
ようやく父親のお墓ができたので納骨式。
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親族が集まれるのもこういう機会だけになってきた・・・

ここ数年で一番バイクにも乗らず、旅行にも行かない年になった。
父親のこと、家のことと、時間が取れなかったので仕方ない。

その代わりに人生2度目の新築、新しいガレージが完成。
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たくさんの方々にお祝いしていただき、訪れていただいた。
家の建築に携わっていただいた方々もライダーが多く、
気持ち良く住まわせていただいています。

長年の夢だったバーチカルツイン2台でのツーリングも叶った。
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楽しいことも悲しいこともあった1年でした。
今年もお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
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また、来年も遊んでください。
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よろしくお願いします。


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