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一晩中風が強く吹いていたようだ。
風の影響を受けやすく、一番先に船は欠航になると宿のおばさんが言っていたのを思い出す。 昨日の船とは違い、今日は鳥羽市営の双胴船。 しっかり朝ご飯を食べて、8時過ぎに宿を出る。船の出港は8時半だ。 八代神社に朝のお参りをし、名残を惜しむように集落を散策。 この島に来るのはこれが最初で最後になるのだろうか? いやいや、そう思っていた魹ヶ埼灯台に毎年行っているのだから、 先のことはわからない(笑) 事実、「お正月に行われているゲーター祭りを見に来ても良いね♪」 と相方は言っているし・・・ ただ過疎に伴い、準備を担う若者も減ったために今年は中止され、 復活の見通しは立っていない。との事だ。 来年も難しいだろうな・・・ そんな事を考えていると、鳥羽行きの市営定期船がやって来た。 昨日とはうって変わって高級な船。 思ったよりも乗る人が多い。 と言っても我々を含めて7〜8人だが。 本土への通勤に使っている人もいるようだ。 港の出口に近づくと、もの凄い加速で湾に出る。 海も荒れているが、それ以上に速さにびっくり! 先に走っていたフェリーを追い越すような勢いで、隣の菅島に着いた。 やはり10人くらいの人が乗って来た。 降りる人は我々2人だけ(笑) 菅島は神島の約6倍の面積の島。 昨夜の体調から灯台だけでも見れたら良いと思っていた。 まずはトイレのある定期船の待合所へ。 ここに置いてあったウォーキングマップによると、島一周3時間半とな。 今9時、14時の船に乗れるといいので約5時間ある。 見て歩くにはちょうど良いかも。 島一周に決定♪ 神島と菅島、大体同じレイアウトで島が形成されている。 北西に港が位置し、左手に灯台。右手に山。 ここの大山(236m)は伊勢湾の島で一番大きい山。 確かに見上げるほどでかい(笑) マップはあの山の中腹の山道を抜けて島の東側に出ている。 山頂までの道もあるらしい・・・ あれを登るのは大変だなぁ。と他人事。 まずは厳しそうな山側から反時計周りで行こう。 海岸線の車も走れる幅の道を歩く。 途中、すでに営業を止めてしまった旅館が数軒つらなってある。 昔の方が観光客が多かったということだ。 みんな裕福になって、こんな近場の島には足を運ばなくなったということなのだろうか? 結構な距離を歩いた。 ちょっと見晴らしの良いところで地元?のおじさんが隣の答志島を眺めていた。 我々に気付くと、なぜかちょっと気まずそうに話しかけてきた。 『どこまで行くん?』 「山を越えて一周しようと思って・・・」 『ほなタンクの所から山道やな』と、あっさりおじさんは立ち去って行った。 そこからまたしばらく歩くと、ようやく茶色いタンクが見えて来た。 隣の答志島にも見えたのと同じ茶色いタンクだ。 どちらも本土から給水ラインが繫がっているのだろう。 タンクを過ぎると確かに山道の看板があった。 でも・・・思わず目を疑う我々。 山道というか獣道・・・ 薮に覆われてしまって、道をトレースするのも難しい。 少し登っては二人で顔を見合わせて でも振り返ると、この眺望。 引き返すタイミングを伺いながらも登って行く。 傾斜はどんどんきつくなり、横に張られたロープを手繰りながら登る。 こういう山を舐めた装備で登る俺たちみたいなのが遭難するんだよね。 登山届けも出していないし・・・ (出す所も無いのだが・・・) さっきあったおじさんだけが唯一の証言者だね。 『そう言えば怪しいカップルが登って行きおった・・・』って 背丈ほどの木を左右に広げて、歩くスペースを確保しながら そんな話をしながら、とにかく前に進む。 と、いきなり前が明るく開けた。 島の反対側にある採石場に出たようだ。 そう言えば以前、鳥羽側からこの島の採石場を見たときに、辛い気持ちになったのを思い出した。 良い砕石が取れるのだろうが、あまりにも無残な姿に悲しい気持ちになった。 そろそろ止めてくれることを願うばかりだ。 車が通れる幅に整備された砂利道を歩く。 5年前にPASOで走った道は、あの上だろう。 こちら側は風も無く穏やかだ。 海面に四角く見えるのは真珠の棚だろうか? 左手には大山が・・・ ん?登山道? 登るにつれ景観は素晴らしく。 そして木立の背丈は高くなる。 結局また木々をより分ける様にして前に進む。 ちょっと広場のような所に出た。 と、思ったらここが頂上のようだ。 眺望は全く無い(笑) 頂上で珈琲を淹れようと話していたが、ここではね。 別ルートがあったので、下りはそちらから 尾根伝いを下りて行くようなこちらの道は、とにかく眺望が良い。 左手には答志島。 正面は昨日の神島、そして伊良湖岬。 しばらく行くと菅島港が見下ろせる。 と、また木々に覆われて枝の中を泳ぐように前に進む。 ふと気がつくと、周りは真っ赤なツゲの木。 なんとか登山道を抜けて、さっきまでの広い道に出た。 途中に慰霊碑がどうこうという看板があったので、ちょっとだけ戻ると あったあった。 え? 昭和58年4月に起きたC1輸送機2機の連続墜落事故。 その事故現場がこの大山だった。 14名の隊員が殉職している。 遠く彼方に薄っすらとある記憶が少しずつ引き出されていく。 各務原の基地の航空祭に行った年だ。 二人で手を合わせ、手前の広場で珈琲を淹れた。 ここからはさっきまでの広い道を歌でも唄いながらのんびりと・・・ と思ったら大間違い。 広い道は慰霊碑までで、再び山道に突入。 きっと慰霊に訪れる人のために自衛隊が整備したのかもしれない。 尾根伝いを歩いて、急な下りを降りると看板。 ここからは地元の人が歩いているようで、道を見失うようなことは無い。 神島そうだったが、結構頑張って畑が作られている。 歩いて来ることしかできない道。 とても真似できない。 そしてここでも監的哨。 躊躇無く進む相方。 頑張って登ると・・・ そして、その眺望も比較にならないほど。 330度のパノラマだ。 ただ風は凄い・・・ 昨日買ったおにぎりの余りがあったので、 建物の角に腰掛けて、素晴らしい景色をおかずにエネルギー補給。 次はいよいよと思ったら・・・ 猪用? そして今度こそ♪ 我々にとって灯台そのものもそうだが、そこまでのアプローチも重要なポイント。 どちらかと言うとここは伊王島とか大須崎に近いかな? 満開の水仙とレンガの道。 そしてレンガ造りの日本最古の現存灯台。 就工式にはあの西郷隆盛も出席したといわれている。 設計はもちらんR.H.ブラントン氏。 氏の指導の元、国産のレンガ造りから始まったという。 また退息所もレンガ造りの洋式住宅として建てられていたようで 今は、以前あみとうちゃんと行った明治村に移築保存されている。 そのレンガの一部がアプローチに埋め込まれていた。 また無造作に花壇にも埋められていた・・・ 水仙の香るレンガ道、丸型のレンガ灯台。そしてこの眺望。 どれもこれも素晴らしい。 この季節に、そして今日、来て良かった♪ 相方は紫陽花の木が植えられているのにも気付いたようで 次回は是非紫陽花の季節にも来てみたい。 あまりに興奮しすぎてお腹が空いたので、ここでランチ。 神島の宿のおばちゃんに頼んで作ってもらったタコメシ弁当♪ そんなことを考えて、この海で育ったタコのお弁当を海を眺めながらいただく。 灯台を後にする頃、入れ違いに男の人がやってきた。 結局、港から出て戻るまで出会った人は2人だけだった・・・ 帰りながらもチラッと見える灯台。 そして白髭神社。 毎年、しろんご祭で海女さんが最初に獲ったつがいの鮑が奉納されるという。 その海女さんが潜るしろんご浜は神社のすぐ下だ。 もういいかげん階段が辛くなってきた。 それにしても青い。 後は港まで 海へと続く線路。 風の島。 灯台の形の小学校。 できれば集落も散策したかったが、時間切れ。 高速船に乗って鳥羽の佐田浜まで。 横を走るR42は、あの土砂降りの雨の中、体調絶不調の相方とPASOで走った思い出の道。 3年前の大雪の中、大阪から青山峠を越えてやっとたどり着いたフェリーターミナル。 辛い想い出は、まるで濃い絵具で塗られているかのようだ。 10分ほど待ってすぐに乗船。 そして最後に復習しながら伊良湖まで。 3年前とは経験値が違う。 あの大山の頂上だって知っている。 給水タンクを眺めながら港を過ぎ 最後に菅島灯台がお見送り。 すぐに神島の小中学校が見えて来る。 前はあの白いタンクを灯台だと思ってシャッターを切ったっけ。 こうして見ると、やっぱり神島の集落は一味違う。 その色使いといい、密集具合といい、ここもしばらくしたら絶対また訪れたくなるに違いない。 そして神島灯台にも見送られ 伊良湖岬灯台に迎えられる。 この航路はたまらないね。 金曜日が雪だったためか、高速の渋滞も無さそうだ。 バックミラーでサンセットを楽しみながら、海沿いの国道を走る。 浜名湖を渡り、東名へ。 工事中の対面通行区間の渋滞も無く。 快適に帰宅。 普通の週末、2日間の休みの割に充実した時間を過ごすことが出来た。 |
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2018年02月09日
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