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忘れない 2018 2日目

3月11日朝、見事に晴れている。
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朝風呂で身体を温めてから、力いっぱい朝食を食べる。
今日も生かされていることに感謝。

特に予定は無いので、まずは久慈まで出る。
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昨日寄った滝ダムにもちょっと立ち寄る。
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湖の氷は厚くなっている気がする。

久慈の道の駅にもちょっと寄るが、駐車場がいっぱい。
何度も来ているので、そのままスルー。

駅前も選挙演説で賑やかなのでスルー。
どうやら来週、市長選があるようだ。
そんな応援の車で道の駅もいっぱいだったのだろう。

それならと陸中野田駅に寄る。ここから北リアス線に乗る作戦。
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ところが・・・列車の来るのは2時間後・・・
普代まで往復したとしても14時になってしまう。

この海岸線も年に何度も走るようになった。
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千葉の海岸線よりも多く走っているかもしれない。
普代から田野畑へ。この辺の三陸北道の工事も盛んに進んでいる。
再来週には岩泉南ICから先も少しだけ延長されそうだ。
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宮古を過ぎ、いつもなら重茂半島へ曲がるのだが、今回はまっすぐ山田へ。
山田線と並行してはしっていると、線路の敷石がピカピカだ。
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もうすぐ開通するのかな?なんて話をしていたが。
JR山田線は第3セクターで三陸鉄道となり、リアス線として蘇るようだ。
いつの日か、今回乗り損ねた北リアス線と合わせて乗車してみたい。
道の駅「やまだ」で久しぶりの「わかめ」ソフト♪
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元日だったり遅い時間だったりで開いている時に来れずにいた。
一度目はあまりのワカメの味に驚き。
二度目はそのワカメ風味が大幅に失われていてガッカリ。
三度目の今回は・・・塩味の効いたワカメパウダーでハイカラになっていた。
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吉里吉里の道路も山よりにシフト。
大槌から釜石ウインドファームの風力発電を見ながら釜石へ。
この辺の半島はほとんど訪れていない。
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そもそも道が整備されていないのだから仕方ないが・・・

吉浜から三陸道で大船渡をパスする。
2020年度には三陸道が全線繋がりそうだ。三陸北道とも繫がる。
久慈から八戸へのルートの選択肢も広がる。
その反面、目的地以外は上から見下ろされてスルーされる。

震災から10年以降、本来の観光で、どれだけ集客できるかが問題だろう。
陸前高田では追悼式典の準備が進んでいた。
地震のあった2時46分に合わせて、あちこちで式典が行われるようだ。

今年はどこでサイレンを聞くのだろうか?
志津川まで行けるかな?
昨年は雄勝の船越だった

どうせなら海が見える所が良い。
ここから我々が行くべき場所は・・・荒島しかない。
南三陸市役所付近は式典で渋滞しているだろうから、清水浜から海よりの道へ。
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工事で橋が通行止だったりしたが、ギリギリで荒島に着く。
車内でAM放送局のTBCとラジコで式典の様子がライブで伝えられていた。
車から降りると地域のスピーカーからも挨拶が流れていた。
そしてサイレン。
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7年前、まるっきり違う時の流れに切り替わったあの瞬間を告げるサイレンだ。
1分間、時が止まる。
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そして8年目に向けて動き始める。
我々は・・・やはり雄勝だ。
北上川の護岸工事もだいぶ進んでいる。
大川小学校は黒い服の人でいっぱいだ。
今は我々の立ち寄る時間ではない。

「てらっぱだけ」で蕎麦でも・・・と思ったが準備中。
昨年もそうだったが、この日はどこもこんな感じだろう。
「おがつ店こ屋街」で、なま物なら出来るよということで「洸洋」で昼食。
壁には硯上山から雄勝を見たパネルが飾られている。
毎回気になっていた山なので、次は是非登ってみたい。

雄勝湾沿いもゆっくりではあるが、防波堤の工事が進んでいる。
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バイクに乗りながら海を見ることは難しくなるだろう。
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防波堤に救われた普代村。防波堤を過信して被害にあった田老。
防波堤なんか無いけど、先人の教えを守って海辺には家を建てなかった姉吉。
どれが正しいかはわからない。
次に何メートルの津波が来るかはわからないが、それより高い防波堤を作るのも1つの解だろう。
それで安心して暮らせるのであれば、余所者がどうこう言う話では無い。
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大浜地区の高台には新しい雄勝小中学校が出来ていた。
昨年完成した学校だ。

雄勝湾の奥にあった雄勝小と雄勝中は共に津波の被害にあった。
この先の船越にあった船越小も解体された。
昨年の3月11日に立ち寄った大須小学校も、その9日後に閉校になっていた。
大須中も同様だ。

雄勝地区の全ての小中学校がここに統合された形になった。
静まり返った大須小横を走り、大須崎灯台へ歩く。
ここへ来るのもちょうど1年ぶりだ。
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心温まる灯台。
ひょっとしたら日本で1番好きな灯台なのかもしれない。
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「ここまで来たら当然船越でしょ。」
なぜか相方も気に入っている船越港にも下りる。
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昨年は船越神社であのサイレンを聞いた。
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今日は17時半だ。
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7年前のこの時刻は地震のあった14時46分よりももっと過酷な時間だったことだろう。
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最後にさっきスルーした大川小にも寄ることにした。
ここの卒業生だろうか?
7年前は小学生だったと思われる子達がバスで帰るところだった。
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あの夜は雪が降ったという。
海辺の松林が流されて新北上大橋にひっかかり、行き場を失った流れが小学校に流れ込んだ。
あの日のこの時間。
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そしてあれから7年。
学校脇に建てられていた被災された方の名前を刻まれた慰霊碑は取り壊されていた。
いろいろな思いが取り巻いているのだろう。

何があっても温かく見守っていきたい。
それしか我々には出来ないのだから。
静かに流れる北上川の川面に夜のとばりが美しく映り込んでいた。

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