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はっと目が覚めると4時ちょい過ぎ。
慌ててお風呂場に行くと、ちょうど海からお日様が上がった所だった。
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サンライズを露天風呂で独り占め。
と、宿の人が窓に張り紙をしに来た。
『昨夜ここの窓が全開だったから中が虫だらけで掃除が大変だったんですよ。』
張り紙は「虫が入りますから、窓を開けないで」だった。
ふと気づくとお風呂は5時からで、今は4時過ぎだった。笑
盛り沢山の朝食をいただいて、ここで解散。
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みんな気を付けて〜♪
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ふ〜さんが女将に勧められた○○館が見たいと言うので
たぶんあそこだろうと、駅前にあった『いのちをつなぐ未来館』を案内。
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でもまだ開館前だった。
今日はどこに行きますか?と言うまるてんさんに
『釜石ウインドファーム』を誘ったのだがフラれてしまった。笑
仕方なく二人でR45から県道26へ。
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ここは4年前にPASOで走ったお気に入りの道。
海抜0mから1000mまで一気に高度を上げるチビッコ♪
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速やかに道を譲ってくれる軽四のおじさん。
牧草地帯が見え始め、周りの山々を見下ろすようになると
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風力発電の風車が見えて来る。
本来ならこのまま風車を縫うように走って遠野に抜けたいところだが
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今日はまた釜石に戻らないといけない。
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新山の展望台に登って、楽しみにしていた大槌湾を見る。
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もう探す必要もないくらいにハッキリ確認できた。
早池峰だの薬師岳だの、こっちの風車がどうだの騒いでいたら
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気付かないうちにおじさんが展望台に上がって来ていた。
色々と話かけてくれているのだが、風の音となまりでまるっきり聞き取れない。笑
何か一つでも聞き取れるワードがあれば、そこから想像で文章も聞き取れそうだが…
そのワードが掴めない。笑
そのうち耳が慣れてきたのか、だんだんヒアリングできるようになって来た。笑
どうもさっき道を譲ってくれた軽四のおじさんのようだ。
大槌のスーパーで買って来たお惣菜をここで食べようと登って来たらしい。
どうぞどうぞと勧めてくれるので、遠慮なくいただく。笑
風も強く、周りで風車が音を立てて回る中、展望台の上で一緒に食べていると
どんどん勧めてくる。笑
ほどほどの所でご馳走様をして展望台を降りることに。
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帰り際に城山林道が楽しいよ。と教えてくれた。
このウインドファーム周辺のダートもすべて繋がっているので、
ここだけ走っても結構楽しめそうだ。

下りながら小さな直売所で「お団子」を買う。
地元の年配の方がお茶飲みの集会がてらやっているようだ。
おばあちゃんから試食にどうぞと出されたが、
どう見ても自分達が食べている器からだった。笑
たぶん売れ残りが、そのままお茶菓子になっているんだろう。笑

とりあえず釜石編はここまでにして、次のエリアに移動する。
釜石北ICから三陸ICへ。こういう使い方をするには非常に便利な道路だ。
道の駅「さんりく」から2ndセットのスタート♪
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R45から県道9号へ。そして県道219号で越喜来(おきらい)半島に入る。
もう何度東北を訪れたかわからないが、初めて耳にする地名だ。

海沿いの県道を進んで行くと、相方が看板を読み上げて
「北里大学…は左〜」
あっ!そっちかも…
何だかそんな地名を目にしたような…
Uターンして北里大学海洋生命科学部を目指す。

半島を横断するように走ると北里大のキャンパス?があった。
通過してさらに走ると小壁漁場・首埼灯台の標識。
間違ってはいなそうだ。
そしてタイヤの形、というかタイヤそのものの標識が現れる。
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斜めに上がって行くダート…
そっちかな?まあとりあえず漁港がありそうだから下りてみよう。
なんともダイナミックな漁港だ。
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とりあえず先まで行くのがお約束。
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ここが黒崎神社なのだろう。
とにかく半島の先端は神社が祀られている。
昨日の御箱崎は白浜神社横がスタートだったが、
今日のスタートはあのタイヤの道のようだ。
戻ってタイヤの道を登る。
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春になって整備したのだろう。走りやすいダートが続く。
これならリハビリにちょうどいい。
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と、前を走る相方から「あー!」と大声が聞こえて来た。
見ると相方の斜め前をタヌキのような動物が走っている。
右斜面を登って、木の根の穴に消えていった。
ハクビシン?アライグマじゃなかったよね?

なんて走っていると、またまた大声で
道全体を水たまりが遮っている。
ここでまた何かあると大変なので、俺が先導で水たまりを越えて振り返ると
水しぶきをあげて走り抜けているし…

木立の隙間から海の気配を感じ始めた頃、それらしいコーナーのアウト側に小さな看板を見つけた。
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こんな道、こんな灯台ばかり追っていると勘がするどくなるのか。
ここが灯台の入り口のようだ。
1本立っている柱は朽ちた鳥居の片方の柱が残っているのだろう。
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下には扁額と思われるものが落ちていた。
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ここで間違いないだろう。ここからは歩いて下る。
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他では見たことのない花が群生している。
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大きめの石がゴロゴロしているので、足元に注意して下る。
トライアル車なら楽に走れそうだ。
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下り坂が終わると林が途切れ、眺望が開けて来る。
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目の前に岩山が見えてきた。その上に灯台♪
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一瞬、先月登った太田山神社の鎖輪が頭をよぎった。
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両側に海を見下ろしながら稜線を歩いて行く。
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左はまだ木や草があるが、右側は崩れ落ちている。
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最後の上りは鎖ではなくて階段で一安心。笑
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よく見ると、この階段も新しい。
恐らく震災で傷んだ階段を直したのだろう。
振り返ると、今歩いて来た稜線の道が見える。
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草木の葉の落ちた冬は怖いだろうな。
ここからの景色は、写真では伝えられない。
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とにかく現地に立ってみてもらうしかない。
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ちょっと走って、ちょっと歩いただけでこれだけの景色が拝めるのだから
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観光開発したら、北山崎に勝るとも劣らない観光地になると思うのだが…
もっとも一般の車が来れるように道を整備することはないだろう。
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まあ、観光用になったら柵のある遊歩道を歩いて、
これまた柵に囲われた灯台からの景色になるのだろうから
今のままが良いに決まっている。
なんたって、灯台のスペースしかない断崖の真上。
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そして歩いて来た馬の背以外はすべて海全開♪
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最果て感満点のロケーションだ。
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さっきの直売所で買った「かまだんご」を食べ。
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(どう見てもジャンボ餃子だけど)
お茶を飲んで、この場所この時間をゆっくり楽しむ。
観光用と思われる釣り船がやって来た。崎浜漁港から出ているのだろうか?
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眼の前の岩山は天然の洞穴が…
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左手の半島の先は死骨崎、そして我々の立っているのが首崎、右手が脚(すね)崎と言うらしい。
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何とも恐ろしいネーミングの岬が続く。
名残惜しむように灯台を後にする。
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帰りながら気づいたのだが、わずかな幅の尾根道の端、実は雨風で裏側がさらわれていて
表面だけで残っていたりする。
うかつに端を歩くと崩れて一緒に落ちてしまう。
昨日の夜も星が綺麗だったし、ここで星を見たら綺麗だろう。
でも熊が来たら逃げ場は無いね〜。

と余計な心配をしながら、ずっと下って来た道をひたすら登る。
ちょっと福江島の大瀬崎を思い出した。まあ大瀬崎とは比べ物にならないが。笑
ここも半島をぐるっと回って崎浜に行けるルートがある。
きっと来た道より荒れているだろう。
ここも安全を優先して来た道を戻ることにしよう。

さっきはこの辺であの子に出会ったんだよね〜
なんて話していたら、またまた遭遇♪
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こちらを向いてしばらくの間、目が合ったまま。
やがてゆっくり斜面を登って、木の根の穴へと…
何ともフレンドリーって…今回はじっくり見れた。笑
あれアナグマじゃん。
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再会を喜んで戻りながら、「あのタイヤの案内じゃあわからないよね。」
と入り口の標識にクレーム。
「だいたい、どっちに行っていいかもわからないし…」
で、よく見てみると…
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「ちゃんと右って書いてあるじゃん。笑」
今回のツーリング途中で時間があったら床屋に寄りたいと思っていると
やたらと床屋が目につくもので

こんな場所で『北ちゃんのカットハウス』
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思わず曲がってしまった。
時間も時間なのでお店には入らなかったが、北里大学の学生さんとかで需要はあるのだろう。
崎浜港側に下り、県道209を戻る。
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来る途中でも気になっていたポプラの木の広場に寄ってみる。
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ド根性ポプラと呼ばれているらしい。
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1933年の昭和三陸地震、チリ地震(1960年)、東日本大震災(2011年)と、
3度の地震による津波に耐えたポプラだと、
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孫と遊びに来ていたおじいちゃんに教えてもらった。
ほぼ壊滅状態にあったこの地区の中央で倒れずに力強く残っていたらしい。
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隣に小学校の跡地を示す碑があった。
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ここの小学生は誰も被害に遭わなかったらしい。
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と言うのも震災前年の12月に、この市のある議員が小学校の2階から高台へ
直接非難できる通路の設置を呼びかけこれを実現していた。
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校舎は3階まで被害に遭い、子供達はこの通路を使って非難して助かったと言う。
議員は震災の9日前に病気で亡くなっていた。
三陸のあちこちでこのようなドラマがある。
忘れゆく記憶、薄れていく関心の中で、このような形で残るものはやっぱり必要だとあらためて思った。
三陸駅を抜けて道の駅に戻って、
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今回の『リハビリに行ぐべえ東北』は無事終了。
参加の皆さんも無事に帰られているようで、一安心。
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大船渡のスーパーで現地の食材を買い出して帰路に着いた。

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