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毎年海の日の連休は香川でBBQだ。
特に鎌爺が亡くなってからは、お墓参りも兼ねてお邪魔している。 毎年皆が集まる日に亡くなったものだから 居なくなっても当然その日には毎年集まる。 まるで狙ったかのようだ…
0時前には出ようと思いつつも、ひと寝してしまい3時に出発♪ 四日市からと、高槻からの新名神が開通したおかげで ずいぶんストレスが減った。
明石海峡を渡っていると、電話が鳴った。
今日は剣山スーパー林道を一緒に走る約束になっていた。 雨だし中止にするようだ。
高松道の板野ICで降りて県道を1号から14号、12号と淡々と走る。 3号で吉野川を渡って、そのまま直進でR193へ。
バイクを降ろそうとすると、雨がパラついて来た。 なんでこのタイミング? まあいつものことだ。
と、しばらく走ったが道も狭いし面倒くさい。 今回に限って(どうせ雨だろうと)ガソリン携行缶も積んできていないので どちらにしてもスタンドまで戻る必要もある。 携行缶もそうだが、リアバッグも持って来ていなかった。
今度は雨も落ちてこないが、もう降るのはわかっているので Tシャツの上にレインウエアを着こんでスタート♪ 数百メートル戻った所にあるENEOSに入るが、お店の人が出てこない。
「ガソリン?ちょっと待って、呼んでくるから」 しばらく…5分くらい待ってようやくお店のおじいさんが出て来た。笑
給油後も電卓をたたいて計算し、お釣りにあるはずの1円玉は省かれていた。 ちなみにこの2日後にもここで給油しているのだが、 お釣りにあるはずの無い5円玉が入っていたりした。 お釣りが多めだったのか、少なめだったのか、わからないが のんびりとした昭和な空気が流れていた。
そう言えば、さっき往復した時に途中の中古井広域集落センター前に
小さな黒猫がいた。
近くの民家の飼い猫なのか、車が近づいても逃げようともしない。 相方は「ジジ」と呼んで、連れて帰りたそうだった。
神山町の上分地区だ。 農協の支所や郵便局がある。 何だか見覚えのある雰囲気だ。 確かこんな感じの道の公民館の軒下で野宿をしたような…
出会い滝、氷生の滝。 ちょっと眺望が開けた所に観月茶屋があった。 雨もポツポツ降り始めたし、お腹も空いた。
そしてトンネルで土須峠を抜けると剣山スーパー林道(東コース)の入り口だ。
あれ?この「雲早山」の看板に見覚えがある。
その時に似たような場所で写真を撮っている。
でも、こんな看板はあちこちにありそうだし…
とりあえず、今のスーパー林道の路面がどんな感じなのか見ておこう。
と、少しだけ走ってみる。路面に岩が多いが走りやすい道だ。
雨もポツポツしているし、このくらいで車に戻ろう。
先ほどの観月茶屋でお蕎麦でも食べよう。
1972年に充さんのお父さんがここの造成を始めたらしい。私がこの前の道を走ったのは1984年だ。 その頃、充さんは中学生だったと言う。前の道は未舗装だったらしい。
林業によって駆逐されていく高山植物を保護して植物の楽園を作ろうと、
この山岳植物園を育てたそうだ。
電気が通じたのは平成4年。その前は自家発電。
それ以前はランタンでの生活だった。
笑いながら話していた。 コーヒーもいただいて、のんびりしていたら雨が強くなった。笑
今度来た時は泊まらせてもらいますね〜と別れ。
来る時に気になっていた銀杏の木の下で一息。
満月いちょうと言うらしい。
確かにまん丸だ。色づいたらさぞ立派だろう。
さきほど聞いた所によると公民館は5年ほど前に建て替えられたようだ。
さきほどの土須峠で写真を撮って、電気もまだ通っていない暗闇の未舗装路を走って この公民館の軒先で野宿をしたのだろう。
確か公民館の前には公衆電話があって、
深夜に女の子が何度も電話をかけに来ていた。
あの当時だから、家に電話が無かったか、家では話せないから来ていたのか…そう言えば道路の向かいに食堂があった。 次はそこで食事をして、当時の話を聞いてみよう。 そこのおばちゃんが、その時の女の子だったら傑作なのだが。笑
ホタル館に戻る頃にはブーツの中まで水が滲みてきた。 途中に温泉の看板があったよね。 と言うことで、R193から県道245へ入り、美郷の湯で一休み。
休憩スペースには何だか見覚えのあるテーブル?
あ〜!そう言えば家のテーブルの材料は徳島産の杉だった。
県道43号(チェリーロード)で川島の街へ下りる途中で 吉野川が見下ろせる場所に個人が作ったような展望所があった。
なんと、このR193は高松空港までの道でもあれば、 先ほどまで走っていた林道の方がマシと思われる狭路もあるわけだ。 夜はピロッシ夫婦と吉田家族、
タッキ夫婦と飛行機で来ていたふ〜さんとイタリアン。
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2019年07月30日
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