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久しぶりに映画を見て来た。
レ・ミゼラブル(Les Misérables) この日に上映が始まった『遺体 明日への十日間』と悩んだが こちらは来月にとっておき、この日はレ・ミゼラブル。 この原作の話は過去に何度も見ているのだが 最後まできちんと見るのは初めてな気がする。 さわりだけかと思ったが、何と全編ミュージカル。 あっと言う間の2時間50分だった。 たまにはミュージカル映画も良いものだね。 来月の11日前までに、もう1本。 |
日々のこと
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昨年の6月に迷い込んだ雄勝。
その後調べて、その町が雄勝だと知った。 また雄勝硯の産地だと言うことも。 女川と志津川に挟まれたその場所は、報道されることも少なく、何も知らなかった。 知らずに通り過ぎてしまった事が何とも心残りでたまらなくなった。 その時から「雄勝」が忘れられない存在になった。 そして9月になって、ようやく雄勝の半島をぐるっと回る事ができた。 船越の港も知った。 震源地にもっとも近い大須小学校の震災後の対応の事も。 そして、除幕式には行けなかったが、東京駅の雄勝石絵も見に行くことができた。 年が明けて、心残りだった「おがつ店こ屋街」での食事もできた。 もうひとつ、残していたこと。 なぜかネットでの申し込みができなかったので、ずっと先送りにしていた。 このブログをご覧いただいている方で雄勝を応援したい人が居ましたら、是非ご参加をお願いします。 また雄勝では、「そだての住人倶楽部」という雄勝の商品(帆立や銀鮭など)を 前払いで予約購入する試みも行っています。 次はこちらも申し込んでみようと思います。 何もできないけど、これからも雄勝には定期的に訪れて、復興の様子を見守っていきたいと思う。 頑張れOH!GUTS! http://oh-guts.jp/sodate/index.html |
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今朝、窓の外はこんな
前の道路はこんな Webで見ると、周りの国道は通行止めの様子。 危険予知の結果、無理な出勤は避けることにする。 家の前の雪かきをしてから、お出掛け。 ここ最近、2回連続で混んでいて入れなかったアリラン。 おばあちゃんでは無く、孫娘?の作品。 口直し?に「KUSA」カフェに行ったが、駐車場はいっぱい。 前から気になっていた近くのカフェへ コロンビアスプレモを頼んだが ジョッキで出てきたwww あらゆる面で「KUSA」とは異なるこのカフェ。 正反対だけど、何か魅かれる。 夜は下呂からの贈り物の中から 飛騨のするめを酒の肴に 南三陸のお酒で乾杯。 |
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1月4日
朝からゆっくり展望風呂に浸かる。 お風呂上がりはやっぱり。 明るくなると周囲が良く見える。 昨夜、屋台村のお姉さんが言っていたとおり、朝食はお弁当だった。 宿泊客は我々を含めて5〜6組といった所だった。 外は痛く冷たい風。(この朝の気仙沼は-10℃だったらしい) ホテル隣にあった社で初詣。 ホテルの周囲を回ってみる。 少しずつ復旧しているようだが、この辺はまだまだだ。 客船乗り場のあった港は、まだ手つかずのような状態だ。 今度、機会を見つけて大島にも渡ってみたい。 昨夜、通り過ぎて来た鹿折唐桑駅近くを走る。 この辺はすっかり何も無くなっている。 そんな中で目に着くのが例の巨大な漁船だ。 ここはモニュメント化するのだろうか? 甲板には沢山の小鳥たち。 まるで近未来の荒廃した都会を舞台にした映画のワンシーンのようだ。 船の奥の広々した先には鹿折唐桑駅があった。 ついつい在りし日の姿を確認したくなり、ネットを探してしまう。 船に戻ると、相方がそっと焼香していた。 R45を下り、あの時と同じ様に清水浜に下りる。 そのまま県道r221を志津川に向うと、いつもお世話になっている「下道荘」だ。 志津川の港側からキリコの看板をひとつひとつ見て歩く。 この辺りはカサ上げされて公園になる予定だと以前聞いた。 9月に寄ったガソリンスタンドで給油しようとしたら、移転した後だった。 防災庁舎で焼香し、さんさん商店街へ。 商店街横にはJR志津川駅のバスターミナルが出来ていた。 隣にあった合同庁舎は綺麗に無くなっていた。 各地で出されている震災を記録した出版物。 全部は買えないけど、買うならやっぱりここだと、佐良スタジオさんで写真集を購入。 ヤマウチさんにも立ち寄ってから、志津川駅へ。 震災直後の様子とは比べものにならないほど、綺麗に片づけられている。 駅の山側に一面ヒマワリが咲き誇っている写真を見た。 国道沿いの開いているスタンドで給油。 変化するスピードはこの街が一番早いのかもしれない。 いつものように北上川沿いを走り 北上大橋を渡って大川小学校にも立ち寄る。 こちらに来たら、もう素通りはできない。お線香だけあげさせてもらい後にする。 そして一番気になっている雄勝。 相変わらず交差点には何の標識も無い。 わざと迷い込ませているのでは?最近ではそう思うようになってきた。 「伝八すし」さんでホタテとアナゴのちらしをいただく。 獲れたてのホタテは格別だ。 ここでの食事がやっと実現できたことが何より嬉しい。 この先の大須の民宿にも泊まりたくて電話してみたが、やはり正月はお休みのようだった。 雄勝からはリアスブルーライン(R398)で女川へ 昨年の6月はあちこと補修工事中だったこの道もだいぶ良くなってきている。 それでも片側が崩れている箇所が残ってはいるが。 何よりこの道の見どころは、樹木の間から見えるリアス海岸の美しい青だ。 雄勝ブルーが何とも美しい。これからもこの海を応援していきたい。 そして女川側は桜の名所らしい。是非桜の時期にバイクで走ってみたい。 女川の町は、倒れた3棟の建造物だけがそのまま残されていた。 石巻を抜けて三陸道で鳴瀬奥松島IC まで、 昨年イグニッションスイッチの導通不良でPASOが止まった思い出のICだ。 ここを下りて鳴瀬川沿いに奥松島へ かさ上げされ、仮復旧したような道路を走り、宮戸島への短い橋も無事に渡る事ができた。 奥松島パークラインを走って、対岸の大浜海水浴場まで走る。 大きな建物以外は綺麗に片づけられており、 草に隠れた基礎部分を見つけなければ、そこに家があったことすらわからない。 ここで海水浴をしていた人が居たことを思い浮かべると目頭が熱くなる。 そのまま道なりに走り、仮設住宅を過ぎると月浜海水浴場に出た。 縄文村歴史資料館に車を停めて、大高森の展望所に登って少しだけ松島の裏側を堪能。 ここからは、三陸道、東北道、常磐道を使って一気に帰宅。 いわきに泊まって塩屋埼灯台もと考えたが、それはまた次回のお楽しみということで。 だらだらと書かれた記事に、お付き合いいただきありがとうございました。 まあ今年もこんな感じで能天気な旅日記が続けれたら幸せだと思います。 また一年、お付き合いをお願いします。 |
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だんだん今日が何日かわからなくなってくる。
ホテル前の道路は心配していた凍結も無さそうで一安心。 久慈?青森?北海道??なんてワードを出しながら いったいどこまで行くのだろう? 田老地区は江戸、明治、昭和と津波で壊滅的な被害を受けていた。 その結果として長大な防潮堤を築いたという。 防潮堤を過信していたがために… 殺風景な街を取り囲むようにそびえる人工の壁、余計に自然の脅威を感じずにはいられない。 田老から岩泉を抜け、その先は夏には走らなかった中野バイパスを選択。 この時期、峠部分が長いトンネルとなっているのはありがたい。 それでも北上するに従って、雪深くなってきた。 そして田野畑からは、延々と登りのクネクネ道が続く。 思わず「あ〜のてっぺんを〜♪」と口ずさんでしまう。 さすがはアイスガード5だwww 村役場のある交差点を曲がり、建設中の普代バイパスの下をくぐり 巨大な普代水門の横を抜ける。 ぐるっと回って港へ出て、太田名部防潮堤の脇を通り、雪の県道r44をグイグイ登る。 てっぺんにある国民宿舎「くろさき荘」の駐車場に車を滑りこませる。 施設内でちょっと排水。 心憎い施設がある。 ここまで来た目的はもちろんコレ。 北緯40度線上にある灯台。 40度線のモニュメント脇を下った先の断崖上にある。 ここでも足跡は、我々と正体不明の獣だけだった。 このままr44で海沿いを走って田野畑に出る事も考えたが ここまでの路面状況を考えると、時間がかかりそうだし危険。 来た道を引き返して、普代村の太田名部防潮堤をくぐる。 そこには津波から守られた村が凛々しくあった。 村を横切る道を抜けようと思ったが、これまた細くて急な雪道。 これ以上、北に向かうのは止めて(そもそも夏にも来てるし) ここから大人しく引き返すことにする。 いいかげん国道を走るのにも飽きた頃、 道の駅「やまだ」で休憩。 写真集であったりDVDであったりする。 そしてその利益は支援に回されている。 全てを買っておきたいところだが、貧乏旅行ではそうはいかない。 ここではトートバッグと食品類。 そして… なんとワカメソフト。 どんどん下って、釜石をクリア。 大船渡三陸道は使わず、あえて雪の峠越えで大船渡へ。 ここは震災後に初めて三陸に入った地点。 あの時は訳もわからず泣きながら走り抜けた大船渡をゆっくり抜ける。 復活した大船渡プラザホテル。 そのまま漁港に出た。 地震の後、沖へ避難して津波を逃れた大船渡の漁船(第七稲荷丸)が、以前テレビで紹介されていた。 これら船もそうなんだろうか? 今夜は船上で新年会なのか?大量のアルコールを積み込んでいたようだ。 ここから県道r38、r275を使って、碁石海岸へ 排水に寄ったお土産物屋さんで時間を費やしてしまい
気が付くと陽も落ちかけている。慌てて散策。とにかく岬方向に進むと。 横には碁盤? そして先の展望台に立つが、とにかく風が冷たい。 さっきの大船渡のイカ釣り漁船だろうか? 遠く集魚灯の灯りが眩いばかりだ。 ちょっと戻って震災の影響からか、崩れた路肩を降りて、暗闇の海岸へ。 すでに辺りは真っ暗。 r38で陸前高田の街を抜ける。夜の被災地は本当に真っ暗だ。 しばらくR45を走って気仙沼へ下りる。 前回は国道で素通りしてしまっているので、街中に下りるのは初めてだ。 大きな街、それだけに想像以上に更地が広がっていた。 ちょっとした坂道のある街中を抜け、その先の湾の中州の様な所に出る。 大きな建物のシルエットが見えるだけで、光の無い殺伐とした荒野の様。 こんな中にホテルがあるのだろうか? ナビは荒野の中の1点を案内する。 今夜の宿は、昨年の5月に営業を再開した「ホテル一景閣」だ。 復旧中の未舗装の道を走ると、復旧のための足場とネットに囲まれた建物に僅かに灯りが見えた。 辺りは真っ暗で見えないが、思わず「ココ?」と目を疑ってしまう。 部屋は最上階の角の広々したツイン。 「ここを拠点に回っても良かったかもね。」と相方。 (我々にしたら)ちょっと高いけど、部屋の広さと最上階の大浴場を考えたら◎だ。 ただし夕食の提供がまだできないとのことなので、さっき横を通り過ぎてきた復興屋台村へ車で向かう。 混んでいる店と誰もいない店。両極端だ。 迷わず誰もいないお店に入り、ビールとご飯。 店の姉さんと会話をかわす。 1昨年の11月から始めて、ようやく1年ちょっと経ったという。 ただし、この土地の利用期限が3年と決まっているので、来年の6月までしか営業できないと。 「海に近い場所だし、しょうがないのよ。」 仮設住宅もそうだけど、いずれ期限がやってくる。 そんな不安も抱えているんだ。と考えさせられる。 期限前に、きっとまた訪れることだろう。 仮設のコンビニでアルコールとアイスを買ってホテルに戻った。 最上階の展望浴場は貸し切り、明るいのがせめてもの救いだが、何だか怖い。 窓の外は工事用の保護ネットが揺れている。 ここの立地条件を考えると、やっぱり怖い… でもまた気仙沼を訪れる時は、ここに泊まろう。 そう思い眠りについた。 |


