|
125シリーズが続くな…
2003年頃かな? 小さなロケットカウルに魅かれて手に入れたマシン。 各部の作りは当時のドゥカテイを意識しているのでは? と思えるところが幾つかあった。 カウルはS2やパンタSLに何となく似てるし。リアショックはマルゾッキみたいだ。 サイレンサなんかはラグナセカやサンタモニカにそっくりだ。 魅かれたロケットカウルは重いだけだったので結局外して |
My Motorcycle
[ リスト | 詳細 ]
|
これもどうやって入手したか忘れてしまったけど
外装をカスタムして知人に譲った。 1986年頃のようだ。 トップブリッジにハンドルがセレーションの様な形状で取付られており、 絞り角度が段階的に調整可能になっていた。 (昔のホンダやドゥカテイのダーマのステップのように) このセレーションの様な山が転倒によって削れてしまい、ハンドルの位置が決まらず、 部品をオーダーしたがなかなか来なかったので溶接したのを覚えている。 譲り受けた知人はしばらくして盗難にあったとか。 不運なマシンだった。 ハンドルを溶接した後に届いた新品のトップブリッジが今もなお手元にある。 |
|
この2台がTT250Rの後釜となった。
2010年3月。 イーハトーヴは、何とかエンジンのかかるというポンコツを入手し とりあえず走れるようにすれば良いと思いつつ、結局フレームまでばらして塗装。 片やTL125ペガサス(JD06)は、近所の友人から譲っていただいた実働車。 2台仕上げるのは大変なので、片方が実働車だと助かるし、トラブルシューティングでも役に立つ。 活躍の場は近所の林道や獣道。 125なら2台積む事も可能なので、 これで蔵王にも出かけた。 相方にとっては初めてのオフ車がトライアルと言うのは、ちょっと受け入れられず それだったら俺がイーハトーヴで、相方がトレール125の組み合わせが良いかと考えてみたりして。 それならXL125あたりが良いかとも思っていたが、 VMXも考えたりして、なぜかKE125となりつつあったのが昨年の今頃。 そして結局、ピンクナンバー2台が、黄色ナンバー2台になっていく。 |
|
引き続き懐かしの…シリーズ。
どうにも乗っている姿が気に入らない。 なにより高速道路が辛い。 俺の中ではオフローダー=放浪の旅の友なのである。 残念ながらセローでは放浪する前に疲れてしまう。 そんなせローも2台乗り継いだが・・・ その代わりにやってきたのがコレ 同じヤマハのTT250R。2000年のこと。 すでに放浪の旅をする年齢ではなくなっていたが それでも年に1度くらいは出かけた。 南アルプスや 富山 能登 八ヶ岳 地元の林道 高山 またまた能登 キャブのOHやフロントフォークのOHもやって常に快調だった。 しかし2台で出かけることが多くなり、 同類のマシンがもう1台ないので、登場する機会がどんどん減った。 |
|
1984年7月。
知人の知人から譲り受けたこのバイク。 何でも新車で購入したもののパワーを持て余して河原で転倒。 怖くて乗れなくなったからと破格の値段で購入。 いつもこんな出会いならいい。 KLにプラスしてやってきたコイツは2ストのクセに低速から高速まで実にスムーズで扱いやすい。 ハンドルの切れ角も大きかったからトライアルまがいのこともこなした。 それでもやっぱり4ストのような粘りはないので、ヒルクライムのような場所はKLに分があった。 コイツとも日本中あちこちを旅した。 まだ瀬戸内海に橋なんて無い頃、宇高国道フェリーを使って四国を一周したのもコイツ。 東北道がまだ全線開通していない頃、青函連絡船に乗ろうと青森まで行ったけど 予約してなかったがために乗れず、結局東北一周旅行になったのもコイツ。 下北半島の先端で御巣鷹山の日航機事故を聞いたのも悲しい思い出。 満を持して翌年は念願の北海道へ、 前年フェリーで悔しい思いをしたので、この年は思い切って東京からフェリー。 個室?を取って豪華な船旅。 2ストオフロードでの当時の北海道は、とにかくガソリンスタンドとの戦い。ちょっと気を抜くとガス欠。 もちろん林道を選んで走っていたためもあるが。 今では立派は橋がかかっているらしい三国峠も、当時はダートw そう言えば、初めて富山に行ったのもコイツ。 |



