どこ行こうかな〜?

FZS1000とのバイクライフの記録のつもりで書いてみます。面白いものではありませんが良かったら見て行ってくださいね〜!

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新聞に出た時、流し読みしてしまい来年の話…と思い込んでいたのですが…
今年の話だったんですね。。。
久しぶりに行って見て…ビックリ…跡形もなくなってました。
 
横須賀海軍工廠の造兵部砲塔工場の施設として1914年(大正3年)に設置され、戦後は海上自衛隊横須賀造修所が管理していました。
 
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2013.6 在りし日のクレーンの雄姿

このガントリークレーは砲塔工場の建物から海に突き出す形で作られており、高さ約20m、長さ約35メートル、幅約20mの鉄骨製の構造物でした。
 
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2013.6 在りし日のクレーンの雄姿

艦艇に搭載される砲塔などを工場内で製造して、それを建物内から岸壁に接岸した運搬船へ移動させる為のクレーンとして使用されていました。
 
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2013.11 撤去跡の基礎部分
 
現在の様に重量物を運ぶ大型のトラックも無く、昔は道幅も狭かった時代は砲塔など重量物は運搬船でドックまで運んでいました。
 
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2013.11 撤去跡地
 
戦後、工場は海上自衛隊造修補給所が艦船修理や重火器整備などに使用していた様です。
棟続きで製缶工場もあったのですが、これも解体撤去されました。
 
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そして、裏山には横須賀海軍工廠造兵部船越地下工場の跡の壕がありました。
 
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船越地下軍需工場の呼び名の方が有名だと思いますが、何年か前までは空き地の奥に丸見え状態で側まで行けましたが、関東自動車の移転に伴い、跡地を防衛省が買取り、自衛隊施設が大幅に拡幅し入れなくなってしまいました。
 
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海軍時代は製図工場として使用された建物、現在は東芝ライテックが使用していますが、ライテックの工場自体も海軍時代の建物を多く使用しています。
 
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丁度、この日は風もなく暖かく、何となく夜景でもと思って長浦へ行ったのですが…
 
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どんどん旧軍の遺構が消えて行きます。 
保存とかの動きもあった様ですが、大きな声にはならなかったんですね。
何となく負の歴史的なイメージなのかな〜?
 
歴史に「正」も「負」ないと思いますが…事実はキチンと残し記録すべきですし、その解釈は、その人の立場や思想、時代によって変わるのは必然ですからね。
 
 

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