日記
父をよみとく
118 1919 年大正 8 年 4 月 27 日
時事新聞の広告に中流家屋月賦建築の広告間取りが出ていた。
北国の家屋は一般にグルーミイ(陰気?)な感じを与える。
恐らく余りに防雪の設備をしすぎる故であろう。
KM がかなり広さの畑の中に一間か二間の家を建て、その中で呑気に本を読んでいたいと言った。そして畑の半分に草花を雑然と植え半分には野菜を作ろうといったような空想を語った。 幻滅すべき空想である。
しかしこういう風に打ち解けられると以前彼に対して懐いた不快の念は何時とはなく消滅していくのを覚える。
昨日新一期生乗船。四時頃から方々の部屋から聴衆を集めて同室の I 君の落語を聞かせてやった。
「これで終わり」と伝えなければ落ちが解らないような聴衆なので切り上げが悪く、四つも立て続けにやらな
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