父をよみとく

118    1919 年大正 8 年 4 月 27 日 時事新聞の広告に中流家屋月賦建築の広告間取りが出ていた。 北国の家屋は一般にグルーミイ(陰気?)な感じを与える。 恐らく余りに防雪の設備をしすぎる故であろう。 KM がかなり広さの畑の中に一間か二間の家を建て、その中で呑気に本を読んでいたいと言った。そして畑の半分に草花を雑然と植え半分には野菜を作ろうといったような空想を語った。 幻滅すべき空想である。 しかしこういう風に打ち解けられると以前彼に対して懐いた不快の念は何時とはなく消滅していくのを覚える。 昨日新一期生乗船。四時頃から方々の部屋から聴衆を集めて同室の I 君の落語を聞かせてやった。 「これで終わり」と伝えなければ落ちが解らないような聴衆なので切り上げが悪く、四つも立て続けにやらなすべて表示すべて表示

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父をよみとく

2018/2/19(月) 午後 0:18

212 幼少期に父が亡くなり、お父さんの居ない家庭が普通の事でした。 お父さんを特別意識することもなく、この日迄過ごして来ました。 絵画や文学が好きだった父、秀才だった父、柔道の道場へ通い身体を鍛えていた父、努力家だった父、家族思いだった父。女性にモテていた格好良かった父、この日記に出会うまで父の事は何も知りませんでした。 ...すべて表示すべて表示

父をよみとく

2018/2/16(金) 午後 0:43

211   本の虫だった父 自分でも、どうしてこんなに本を買ってしまうのだろう。と日記に書いていました。 ショーペンハウエル、ゲーテ、論語、夏目漱石、石川啄木、島崎藤村、有島武郎、谷崎潤一郎、広津和郎 あらゆるジャンルの本を読み漁っていました。 文学好きの仲間との交流もあったのでしょうか。帰省中の父に送られた友人の手紙に短歌が添えられていま ...すべて表示すべて表示

父をよみとく

2018/2/14(水) 午後 9:35

210    1916 年大正 5 年 8 月商船学校 2 年生の夏休み、いかにも美人が書いたと思わせる水茎の跡も鮮やかな葉書が帰省中の父に届いています。 恋文と呼べるほどのものではないかもしれないけど、女性と交際していた様子が伺えます。



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