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言葉の大切さを知った幼少時代
素直になれないそんな人間が多い・・・それを感じとったんです
思った事を素直に言えるそんな純粋さを自分に求めていたのもあったろう
我慢することが多かった・・・兄弟もいるわけでもないのに・・・
そして抱える矛盾も多かった・・・
ずっとこの世界で生きていく上での不満もあった・・・
政治への不満、父への不満、自分が持つ病気への不満、学校でのクラスメイトへの不満・・・
自分勝手で今が良ければいい政治家・・・、傲慢で我儘・理不尽な父、何故僕が病気になったのか、クラスメイトの心の幼さにどうしてそうなるのかという答えを求めた
政治家はただ楽して金を稼ぎ金に汚く自分の欲求を満たす為だけに生きていて、父も自分優先な所があり人の意見を聞く事もしない・・・そんな幼さがあり、僕に何故病気を与えたのか・・・それは神様の仕業なのかもしれないと想った・・・僕なら越えられる・・・そう想ったのだろうかと・・・、クラスメイトの心が幼いのは親の愛情が足りないからだろう(特に母親)という答えに辿り着く
それが正しとは自分では思ってはいないけど、色んな言葉に触れ、色んな本を読み(伝記、小説[恋愛、アドベンチャー、サスペンス]、短歌、詩集、広辞苑、心理学・・・)、色んな人を見て話して感じ取り・・・そう想った
そんな生活を物心ついた時から行っていた僕には同じ世代とは違う考え方を持っていたと思う・・・そしてその話が通じる人さえもいなかった・・・
だからこそ、自分の為に自分の想いを綴り詩を書いていたあの頃・・・
今思えば、今より断然幼かったと思える
あの頃は父と同じ・・・それが嫌だった・・・
あの頃から父はいないと自分に言い聞かせていた所がある・・・
でも、母が僕を大切にしてくれた・・・それが僕にとって唯一の救いだったかもしれない
だからこそ、ぐれなかったかもしれない
父と母の関係・・・父の我儘・傲慢さにかなり苦しめられていたのを小さい頃から見ていたから母は本当に幸せなのだろうかと疑問を持った事も少なくない・・・
でも母は言っていた・・・
「あなたが可愛いからずっとあの人(父)といるだけよ・・・」
それを聞いて僕は愛されているのだと感じた・・・
だけど、僕は母に何かをしてあげれたのだろうか・・・と思い、また誰かの為に笑顔や幸せを感じさせられただろうかと想ったのが小学4・5年くらいだった気がする
皆と同じが嫌い、皆に出来ない事で生きていたい、皆の為に生きていたい、自分は後回しでもいいから周りを優しい気持ちだけで接する事を自分の心で思い続ける事14年かな
そして、聴いたあのMr.Childrenの『Tommorow never knows』のあの部分
優しさだけじゃ生きられない 別れを選んだ人もいる・・・
そうは言っても可笑しな話だ・・・
結局、人は皆優しさという愛を求める癖に優し過ぎるだのとかいいその人を嫌う事だってする天の邪鬼
ただ、素直になれない子供じゃないかと自分で感じたあの頃かもしれない
そのフレーズを矛盾として捉え、僕は優しさだけを持って人に接すると決めた
そして、優しさを詩で与えて皆の心に寄り添い笑顔や幸せを与えていければいいと
だから言葉を綴るんです
なんかごめんなさいね、生意気な23歳で
子供は引っ込んでろと言いたいでしょうね
でも、これが僕の考えであるんです
今まで自分を抑え過ぎていたのです・・・だからこそこの歳になってこうなったのかもしれません・・・
こんな僕は子供そのものですね・・・
もっと大人にならなくては・・・
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