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今日は一番疲れる授業の構成になっていることに、授業が始まってから改めて気付いた。笑
時すでに遅し。
そんな今日、授業中に1年ほど前から気になっていたことを先生が言及した。
「高齢化も地球規模で起こっている課題である」と。
以前NHKでも特集されてたから別に広く認知されているとは思うけど、
テロ・貧困・地球温暖化・感染症・国際自由貿易・平和構築など、いわゆるメジャーな地球規模課題に比べて相対的に、世界規模で生じている高齢化って地球規模課題として認識されていない。
そんなん当たり前やろ、という声も聞こえてくる気がする。
高齢化が世界規模で生じてきているとはいえ、上記のメジャーな地球規模課題と並列して列挙することが妥当なのかどうか怪しいものでもあるから。
周知の通り、地球規模課題という問題は、単に世界規模で生じている問題ということではなく、
問題の引き起こす影響に国境伝播性かつ世代間伝播性があり、そして解決のためには国際関係のアクターが国際的に協調することが必要となる課題であるから。
そう考えると、世界規模で生じてきている「高齢化」は、基本的に国内で解決できる問題ではないのか?別に国際的に協調していく必要のない問題ではないか?協調するとしても、どういう局面で協調するの?
といった疑問が出てくるとは思う。
でも世界規模で高齢化が進むということは、貧困も十分に克服できていない途上国でも高齢化が進展していくということを意味する。
となれば、途上国の行財政能力に更なる試練が降りかかることになって、国家の保護を十分に受けられていない人たちがますます国家の保護を受けられなくなる可能性が高まっていくでしょう。
また、医療制度などが十分に整っていない途上国のような環境下では、日本以上に高齢者が真っ先に健康格差に直面し、深刻なQOLの低下と死亡率の格差に直面することになるでしょう。多分。
そうなると、高齢化が途上国でも進むということは、その領域内において生存・生活・尊厳を脅かされやすい人々が拡大するということになる気がします。
さらに、貧困問題も抱える途上国では、相対的に社会的弱者となってしまう高齢者もどう支えていくか・・・という問題になったときに、お互い社会経済的に余裕のない状況では社会全体の連帯感も軽薄になって、より窮屈な社会となってしまわないでしょうか。
もちろんこれは文化の違いを考慮に入れないといけませんが。
いわば、世界規模での高齢化現象は様々な側面から「人間の安全保障」を脅かす潜在的な脅威と転化しうる可能性を孕んでいると思うのです。
全て蓋然性の話であるため何とも言えませんが、高齢化によって途上国の状況がさらに逼迫し、グローバル格差がさらに拡大して「人間の安全保障」がさらに確保されない状況になるような見通しも成立しうるとなると、今後は高齢化というリスクから「人間の安全保障」を確保していくためには、国際開発政策の在り方についても一定の見直しと工夫が求められるかもしれませんね。
国際開発協力の局面における益々の協調の必要性はもちろん高まるでしょう。加えて、国際協力の対象国内の人口構成が変わることになるので国際協力のパラダイムの有効性・効率性・公平性を再び評価し、政策として変化すべきところを再検討することも必要となってくるかもしれません。
その作業を経れば、先進国もコストパフォーマンスの良い国際協力行政を追求することができ、途上国にとっても効果のある国際協力サービスを享受できるやもしれません。
そして深刻なグローバル格差の進行も少しは歯止めがかかって貧困削減(ないし途上国の人々の健康改善)の道が開かれるかもしれません。
例えば、このニュアンスは日本が「人間の安全保障」をODA政策の目標として掲げ、具現策として保健医療セクターへの開発援助に力を入れていますが、その保健医療分野に関する国際協力政策の在り方について違いをもたらしうると思います。
国債保健医療分野における開発協力のキーワードはPrimay Health Care、つまりPHCですが、このPHCも1978年にアルマ・アタ宣言で提唱されて以降、その方法論に関して論争が生じています。
一方では個別疾患のコントロールに焦点を当てて保健医療資源を集中して投じるという方法が有効であるというスタンスがあり、もう1つは、個別疾患をコントロールすることは短期的には費用対効果が良いかもしれないが中長期的に考えた場合にはかえって非効率であるから、そもそも健康を損ねないような保健システムを社会に構築するような方法を実施していくべきであるというスタンスがあります。前者のスタンスは選択的PHCないし垂直的アプローチと言われる考え方で、後者のスタンスは包括的PHCないし水平的アプローチと言われる考え方です。・・・私の乏しい理解では。笑
で、1980年代の経済停滞という社会経済的背景も手伝って、PHCの提唱後しばらくは、国債保健医療分野の開発援助は選択的PHCないし垂直的アプローチに立脚した政策が取られてきました。
しかし近年は、これまでの選択的PHCに則った開発援助政策の効果が期待以下であったことに加えて
『グローバル高齢化のおそらくの原因である「健康転換」が世界規模で生じ、疾患そのものの性質が複雑なものとなりつつあるため個別疾患コントロールの発想は実態に合わない』
という状況変化が生じてきていることから、次第にそのパラダイムは選択的PHCから包括的PHCないし水平的アプローチの方向にシフトしてきつつあるような気がします。
実際、WHOの「健康の社会的決定要因委員会」でchairを務めたイギリスの社会疫学者のMarmot氏は、世界規模で高齢化が進展することを踏まえて健康の社会的決定要因に着目する必要性を主張していました。
おそらく、高齢者の疾患は慢性疾患等が中心であり、それらの疾患を克服して健康を実現するためには社会環境の改善が相対的に重要となり、そういった特徴のある疾患を抱える高齢者が世界規模で拡大していくことを考えると、有効な国際開発政策の在り方に社会環境整備に焦点をシフトさせるといったような、違いをもたらそうという意図があったのだろうと思います。その科学的根拠を社会疫学によって示そうとしたところはあると思います。おそらくですが。
で、
日本が保健医療分野のODAを積極的に行い途上国の人々の健康を確保することで「人間の安全保障」の確保に寄与していこうとするのであれば、上記のような高齢化による状況変化に伴う保健医療分野の開発政策の在り方を見直し、より包括的PHCないし水平的アプローチ的な政策にシフトさせていくことが求められるのだろうと思います。
例えば、顕著であるものが健康保険制度導入に関する国際協力をこれまでよりも重点的に行っていくことは今後においてより重要となってくるかもしれませんね。保健医療分野のODA政策として。
日本のODA政策ではありませんが、実際に過去には国連人間の安全保障基金が、WHOの実施する「地域に根差した健康保険制度の導入」に関するプログラムへの出資を決定しているような事例もあり、高齢化を契機とした「人間の安全保障」への脅威に対処するために、国際開発協力の場面でWHOのケースのように医療保険制度の支援を行っていく意義は大いにある気はします。
幸い、日本は発展途上国型のマクロ経済発展パターンと高齢化パターンを持つ中で国民皆保険を実現している国であるので、国民健康保険制度のデザインを応用した国際協力支援を行っていけるかもしれませんね。過去にJICAが、アジアでの高齢化を見据えて社会保障制度に関する国際協力についての研究報告書を出していますが、なぜかその後あまりJICAの取り組みの中心とはなっていない印象があります。
もっとこの側面を前面に押し出したODA政策を打ち出していっても良いと思います。世界規模での「高齢化」という潜在的な「人間の安全保障」に対するリスクに早期的・予防的に対処していくために。
「人間の安全保障の脅威としての世界規模での高齢化」という視点から、保健医療分野に関する今後のODA政策の再検討が行われることを少し期待したいものです。
このブログが屁理屈すぎて、期待とかアホなこと言ったらアカンとは思いますが。
すみません。
ただ、
とりあえず世界規模で生じている「高齢化」も地球規模の課題、そして「人間の安全保障の脅威」として今後は認識していくことが必要ではないか。その機運が少しずつ高まってきているかもしれない・・・と考えてたのでした。
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