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殿の話題でゲンの話が遅くなりましたが、本日最終話です。^^;)
犬も人と同じように考えると、今日はゲンの祥月命日。
季節は違いますが、殿もゲンも亡くなったのはお彼岸です。
ふたりとも寿命だったのね〜。
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ゲンが2、3歳のとある一日。
いるかな〜?
どうかな〜?
なんだ、なんだ。
そこだっ!
来たなっ!
というように、お隣のコロと金網越しに顔合わせ。
コロは10歳ぐらいの秋田犬で、精悍な顔で、飼い主以外には余り慣れず、
私は怖くて近寄れませんでした。
でも、我が家の母親には一目置いていたようでした。
この写真では友好ムードを感じますが、実際にはいつもお互い
威嚇するように、激しく吠えあってました。
そして、ゲンはぶら下がっているのが限界になると飛び降りて、
お隣との境界ごしを走り、コロの姿が見えると、またジャンプ。
ふたりにはお約束のポイントがあるようで、金網の両端と、真ん中あたりで
顔を合わせて吠えあうというのを、どっちかが飽きるまでずっとやってました。
コロの方が大人だから、先に飽きて姿を消し、ゲンはまだまだと一生懸命
吠えてるというのがいつものパタンでした。
最初に仕掛けたのはゲン。 コロはどう思っていたのでしょう。
ちょうどいい暇つぶしだったのか、それとも、気に入らないヤツだけど、
毎日やってるうちに、これをやらないと物足りない、気になる相手に
なっていたのかな。
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亡くなる少し前のゲン、14歳。 最後の写真
私は一人暮らしをしており、夏休みに帰ってきたら、ヨタヨタしながら
いつものように門まで迎えにやってきて、そのまま一緒に玄関までいきましたが、
玄関前の2段の階段はもう上がれないようで、私がドアの前に立ったのを見上げて
自分の小屋に戻って行きました。
こうして伏せで座ってるのもしんどいらしく、すぐに横になろうとし、何とか頑張って
写真に収まりました。
最後までフォトジェニックだったワ〜。
この後、寝たきりになり、母親がごはんから下の世話まで全部していました。
私は自分の住んでいるところに戻ったので、その様子は知らず、夏休みに
歩いていたころが最後でした。
亡くなる前日、殿と母親が小屋に運んで寝かせ、朝、様子を見に行ったら、
亡くなっていたそうです。 大往生。
今頃、殿の番犬やってると思います。(笑)
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ゲンのいた風景
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昨日から始めた「ゲン」のエピソードの続きです。
我が家に来た翌日からゲンはハンストに入り、私は弱っていくんじゃないかと
オロオロ心配しました。
母親はY君の家からゲン用の座布団(木製の板)と、お鍋を
もらってきました。
そのお鍋でご飯を作ったのが効いたのか、単に空腹に耐えかねたのか、
ウチのご飯を食べ、『ここの家にお世話になろう。』と、決めたようで、
ごはんは良く食べるようになり、間もなく我が家に慣れました。
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さて、今日はゲンのトラウマの話です。
学校の夏休みの私の朝の日課は、『犬の散歩』
たっぷりめの散歩として行くのにちょうどいい距離に大きな川があり、
河原でリードを外して遊ばせたいと連れて行きました。
川べりは予想に反してゴロタ石ばかり。
犬の足には歩くのがつらそうでしたが、何とかついてきます。
しかし、川に近づくにつれて、リードを別の方向にドンドン引っ張るのです。
歩きにくいのが嫌なんだと思っていたのですが、ゲンの表情は
川のそばに行くのがつらそうで、そのガンとした力に負けて、
途中で引き揚げて帰ってきました。
そして、しばらくしてその訳に気がつきました。
ゲンには水のトラウマがあったのです。
ちょっと一休み:
←この写真を撮った時のことは良く覚えています。
かっこいい写真が撮れそうだと、ファインダを覗きながら
声を掛けたら、こっちを向いたのにすぐ、また横を向いて
しまいました。
その後は幾度呼んでも、このまんま。
まぁいいかと、シャッターを押したら、立ち上がって
私のところにシッポ振り振りやってきました。
『このポーズで撮って』、というモデルの自己主張だったようです。
ゲンはカメラを向けると、カメラを意識し、なかなかフォトジェニックでした。(あぁ、飼い主バカ状態。。^^;)
ゲンは、Y君のお母さんが通っていたお花の先生の家で生まれました。
ゲンが生まれて間もなく、大雨があり、その家の傍の川が氾濫して
生まれた家が浸水したのたのだそうです。
一緒に生まれた兄弟は皆、洪水で流されてしまいました。
ゲンだけ、必死に板切れにしがみついているところを拾い上げられて、
命拾いしたそうです。
だから水は大嫌い。 川なんて、とんでもない所だったんです。
犬用の器に入っている水を恐れるほどではなかったですが、
たくさんの水はダメ。
庭の植木に水を挙げるのにスプリンクラーを使っていると、だいたいいつも
小屋に逃げ込むか、水のかからない庭の隅っこに逃げてました。
そのスプリンクラーの水の出口は、上下に回転して水の出方が変わり、
時には雨のように降るので相当に恐かったようです。
そんなこともあり、ゲンはY君の家では一度お風呂に入れてもらったそうですが、
我が家に来てから死ぬまで、お風呂に入ることはありませんでした。
次回は、お隣の犬とのエクササイズ?です。
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今年スキャナーを買ったため、フィルムで撮影した写真をデジタル化できる
ようになったので、我が家のもうひとりの家族について、選りすぐりの
(笑:手前味噌っ)エピソードを、このシルバーウィークでご紹介します。
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もう一人の家族は、「ゲン」。
お母さんはテリア、お父さんは風来坊?(不明)の雑種の犬です。
引越しをしたクラスメートからもらいました。
第一夜は、我が家の一員になるまでの紆余曲折の物語。
はじまり〜。
殿が一軒家を立てて、私は犬を飼うのをとても楽しみにしていましたが、
もらった犬が、間もなく病気で死んでしまい、私は第二の犬を探してました。
しかし、大の犬好きの母親のハードルは高く、母親のお眼鏡にかなったのは、
母親がPTAの仕事で行った時にあった、クラスメートの家に飼われている犬でした。
その犬がゲンです。
当然、かわいがられている犬をもらえるはずもなく、絶望的。。
ところがある日、その男の子Y君が、引越しをすることになり、
母親を通して頼んでみると。。。 当然、お断り。 淡い期待はもろくも崩れ。。
ところが、数日後、Y君のお母さんから、『あげる。』と言う電話がかかってきました。
引越し先は貸家なので、連れていくのは無理だからとのことでした。
大喜びする私。
しか〜し、その数日後、『連れて行く。』と、再び断られてしまいました。
家族はどうしても手放したくなく、引越し先の大家さんに聞いたら、
OKが出たとのことでした。
奈落の底に突き落とされる私。。ちょっとオーバーだけど。。
やっぱり無理だよねと、あきらめていたところ。。。。また数日して。
引越し先の家の近くに団地があり、ゲンはよく吠えるので迷惑になるだろうからと
『やはり、我が家にあげる。』と連絡が来ました。
喜んでいいのかどうか、もはや私は疑心暗鬼。
またダメと言われるのじゃないかと思いながら、遂に、我が家にやってくる日が来ました。
夜の散歩を装い、Y君のお母さんがゲンを連れてきて、玄関に中に入りました。
実は、その時が私は初対面でした。
快活で元気そうな様子で、顔もかわいいじゃないかぁ〜。私は一目惚れ。
一方、いつもと違う様子を感じたゲン。
外に出て、庭の物干し台に繋ぎ、家の陰にY君のお母さんが隠れると、
ゲンはものすごい勢いで吠えだしました。
物干し台が倒れるんじゃないかと思うくらい、姿を消したY君の母親の方に
向かって行こうと必死です。
Y君のお母さんが姿を現すと、安心したように吠え方が変わります。
これを何度か繰り返して様子を見ていたのですが、
母親たちの結論は、『こりゃだめだわ。』
引越し先に連れて行くことにすると、Y君のお母さんとゲンは帰って行きました。
母親は、途中までと、一人と一匹を見送りに行きました。
『やっぱり。。。ウチに来る犬じゃなかったんだ。』
しょげきった私。
しばらくして、母親が帰ってきました。 ゲンを連れて。
なんでも、別れ際、母親がゲンに 『ゲンちゃん、バイバイ』と言ったら、
ゲンが母親の方についてきたのだそうです。
その夜以来、ゲンは13年間、我が家で過ごしました。
初日の夜は、泣き通し(きっと母親についてきたことに後悔しただろうなぁ。)、
数日、ハンストしましたが。^^;)
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番外編:
「ゲン」という名前は、元気のゲンからとったものです。
同じ時に生まれた兄弟の中で一番小さくてひ弱で、
Y君が自転車のかごに入れて自転車を走らせたら、
腰を抜かしてしまったそうで、「元気になるように。」と、
願いを込めてつけられたそうです。
ゲンは見かけは一番小さくてひ弱だったのに、生命力は誰よりも強いものでした。
その話はまた、後日。 つづく。。
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