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他界

このブログの管理者は亡くなりましたことをここに報告いたします。
家族の落胆は計り知れず心の傷はまだ癒えておりませんが、
ヤフーブログも9月1日をもって投稿できなくなることもあってお知らせすることにしました。

今年1月、脳腫瘍にて入院、手術中予期せぬ大量の出血があり、輸血をしたものの
意識不明に陥り、一度は蘇生したが二度と意識が戻ることがありませんでした。

本人は
永い間、仏教に帰依し、また社会問題、政治等にも深くかかわり問題提起をしてまいりました。
一人の人間として戦前・戦後を生き抜いてきた、貴重な存在でした。

手術がうまく成功していればまだまだ生きられた体の持主でした。
ここに死去しましたことをお知らせするとともに、このブログを見てくださった皆様に心から
御礼もうしあげます。
永い間のご愛顧ありがとうございました。
                             合掌

梅原さん追悼

   梅原猛さん追悼
非戦の志高く! 仏教再生にも貢献!
たとえ一人になっても非戦を貫く
9条改憲の動きに危機感をもった文化人たちが呼びかけ人となって、9条の会〟
が結成されたのは20046月であった。その1人として参画された哲学者の梅原
猛さんが12日に亡くなられた。これで呼びかけ人9人のうち、すでに7人が旅立
たれたことになる。会の結成時、梅原さんは以下のような談話を寄せられていた。
   私は仏教を血肉として生きてきましたが、人を殺してはいけない、生きとし
生けるものを殺してはいけないという仏教の不殺生の戒律は、人類を破滅にい
たらしめる核戦争を避けるための重要な指針になると思います。この「不殺生
の思想」を内包している憲法を大事にしなければならないと考えます。

梅原さんは、非戦の志を仏教的観点から表明されていたのである。
 また、2015年には国際日本文化研究会センターの講演で、
「憲法9条は人間の理想が含まれている。人類の未来の理想が含まれている
──と述べ、現憲法9条が人類史を画すほどの高邁なレベルのものであることを強
調されていた。一方では「世界で一つの変な憲法の改正は今が最後の好機」(櫻井よ
しこ女史・NEWSポストセブン)などと対極的な発言も横行しており、今まさにアベ
改憲の動向を左右する正念場を迎えていると言えよう。
16日付中日新聞は社説 (梅原猛さん死去「反戦の知」受け継いで) で、
    「日本人のほとんど全部が戦争を始めることに賛成しても、最後まで反対す
る人間の一人が私であることは間違いない」(2003年「思うままに」)
──との梅原さんの言葉を引用し、志を受け継ぐことを誓っている。私たちもか
くありたい。あのマハトマ・ガンディーも、「あなたがすることが無意味だと思っ
ても、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるため
ではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」と述べ、沈黙
や逃避は自らを腐らせていくと指摘している。
仏教思想の中には、多くの宝が隠されているのにと
梅原さんの学究は、西洋哲学から入り、ついに日本仏教を中心に据えた「梅原日
本学」へと帰結していった。この道程はいま歴史の転換期にあって、われわれに未
来を切り開く大きなヒントを与えてくれると思う。以下紹介しておきたい。
 氏は1980年に『仏教の思想』(1992年「角川文庫」化)を発表しているが、その
なかで新しい思想原理をどうやって創造していくかについてこう記す。
     ▲今、世界は一つの変革の時期に立っているが、歴史を一元的にしか見れな
いヨーロッパ産の思想は、そのまま人類の救済の教えになることはありえない。  
▲新しい思想が必要である。東洋あるいは日本の思想に今後の世界の原理形
成の可能性を認める
▲ヨーロッパの思想に対比して、仏教の思想を語ろう。仏教思想の中には、
多くの宝が隠されているのに、その宝について、わが国のひとびとは、まった
くの無知なのである。
──さてこの後、梅原さんは「森の思想が人類を救う」(1991)などの論考をもっ
て、仏教渡来以前の古代日本(とくに縄文期)に想いをはせ、多元主義成立の精神史
を探究していく。西欧文明が一元主義の隘路に陥っているのは一神教がその背景に
あるからで、それに引きかえ日本では当時から多神教が根付いていた。その風土的
違いのもたらしたものを、1992年刊行の『日本人の魂─あの世を観る』や1996
年にNHKで『あの世と日本人』の表題で語っている。
このプレ仏教時代の「あの世」観の先行こそが仏教渡来を経て、浄土教の定着へ
と至るのであった。なお、梅原さんは、1992年刊の著述ではこう記していた。
「死んでから行くあの世があるなんて、それは認められない。みなたわ言で
あり、嘘ではないか。そう私も長い間思っていた」
 事実、1980年の『仏教の思想』には、次に述べる「往相と還相」観にもとづく
「二種廻向」については触れられていなかった。
 
【究極仏教思想、それが往相還相 二種 廻向
 ところが、前掲の『日本人の魂』の別のページでは「この二種廻向の思想は日
本の仏教がたどりついた究極点であると思われる」とまで述べている。
 「往相」とは浄土への往生をさし、「還相」とは浄土から再びこの世に戻って
衆生を仏道に導く利他行に励むことをさす。この往・還を一体のものとして打ち
出したことは仏教史上の革命的な出来事といってもよい。
 従来は「厭離( おんり)穢土 ( えど )欣求 ( ごんぐ )浄土 ( じょうど )称して、この世は ( けが )れた娑婆 ( しゃば )世界ゆえ ( いと )い離
れ、安楽世界の極楽浄土への往生を願い求めよと、往路だけが強調されてきたか
らである。したがって、この「二種廻向」への進展は、別の言い方をすれば、「輪
廻」観への回帰ということでもある。仏滅後のインド仏教界は、「輪廻からの解脱」を仏道修行の根本に据えてきた。その逸脱の歴史に終止符が打たれたのである
 浄土教は日本に定着した。そのことを梅原さんはこう語る(『あの世と日本人』)
   ▲浄土教はなぜ日本仏教の主流になったのか。それはやはり、日本人には
  仏教移入以前に強いあの世への信仰があったからであると思う。
   ▲土着宗教の影響を受けて仏教は日本に渡来して、著しく浄土教的なものに
  なったのであろう。
   ▲むしろ、この輪廻観を積極的に肯定したものとなる。日本の古来からのあ
  の世観と親鸞の二種廻向の思想が、この世とあの世の永遠の循環の思想という
  点で似ているのは偶然ではあるまい。
   
 梅原さんは、親鸞思想の柱はこの「二種廻向説」であるとし、「悪人正機説」を
主流化した近代真宗学に疑問を呈している。明治維新後の「脱亜入欧」策が仏教界
にもおよび、西欧に留学して感化される学僧が輩出。「阿弥陀仏は実体としては存在せず象徴だ」とか「極楽浄土はフィクションだ」などという言辞が横行し、高齢の信徒を惑わすことになったのである。
 梅原さんは2000年、大著『法然の哀しみ』で「浄土宗も浄土真宗なども、おおむね二種廻向の説を忘却したのではないかと思う」と、舌鋒鋭く批判している。
   浄土を説くことは近代の僧たちにとって恥かしいことである。死んでから浄  
  土にいくことが信じられないとしたら、死んで浄土へいって、またかえってく  
  るなどということは、いっそう信じられないことではないか。
   すべてばかばかしい迷信ということになる。
 
 かくして「近代真宗学は、真の宗教性を失っていった」とし、「遺伝子を魂におきかえてみれば、まさに魂は不死である」と結論づけている。
 梅原さんの笑顔はまさに菩薩さまを想わせた。再びのお還りをお待ちしています。南無阿弥陀仏。


    暮らしの中に仏教を!
無縁社会・孤絶の時代を迎えて
  諸行は無常にして……
年末の30日から、朝日新聞は1面と2面を使って「エイジング・ニッポ
ン」という表題での大型連載を始めた。「人口減少と少子高齢化の崖を世界
一のペースで転がり落ちる」と断じながら、「持続可能性を考えたい」と編
集意図を示している。しかし、筆者などはブラック資本主義からの脱出路を
考える上でも、腐朽性著しい日本国は早く亡んでもらいたいと思っているの
で、違う観点からいろいろと模索してみたい。
 
社会学者の見田宗介氏の見解──。
ある生物種が増殖し環境容量の限界に近づくと減速に転じ、安定平衡期
に入る。この法則をS字型の「ロジスティックス曲線と」いう。しかし、愚
かな種は、再生不可能な環境破壊を犯してしまい、繁栄の頂点の後、滅亡に
いたる。これを「修正ロジスティックス曲線」という(2015.5.19朝日)
産業革命以降の人類がおかしてきたその罰がいま現実化しつつある。さし
ずめ人口減・少子高齢化の日本はその先頭をひた走っているかのようだ。
 
昨年は「墓じまい」なるものが流行り、次は「家じまい」へとつづく。激
甚災害の相次ぐ発生、そして南海トラフの巨大地震が迫る(この震災による被害
額は20年間で1240兆円と推計。その結果、日本は世界の最貧国となるという)。国民に
は先が見えてしまい、過去を断ち切り(先祖との関係を)、未来を閉ざす(来世往生
の放棄)心境に陥ってしまう。かくして、各人が「今だけ・自分だけ」主義に
走るのも無理からぬというもの。そして最後には「国じまい」へと至る。
 
国が崩れるときは同時にモラル・ハザードが起きる。「ことしは日本政治
史に大きな汚点を残した」(1230日・朝日社説)と、ウソをつき通した為政者
の厚顔無恥ぶりを指摘。また大企業の経営者が次々と不正をおかす。
「イワシは頭から腐る」という格言を演じてくれたのであった。
人に情をもてなくなったら、生きるのは地獄
昨年は下重暁子氏の『極上の孤独』という孤独礼讃本がベストセラーと
なった。広告文には「孤独ほど、贅沢で愉快なものはない」「友達や知人は
少ない方がよい」「親の死後の孤独は格別」などと。
 
一方で、英国では「孤独担当相」が新設される。人のつながりが絶たれ、
7人に1人、900万人が孤独を感じているという。孤独が認知症や高血圧に
結びつくなど健康を損ない、またアルコールや薬物の依存症のリスクもあ
り、320億ポンド(5兆円)の負担を強いるとして、政府も立ち上がざるを
えなくなったのである。
1993年時点ですでに日曜日にキリスト教会に出掛ける人が13%という数
字に示されているとおり、キリスト教の衰退が人々を個々バラバラにして
しまったのであろう。また資本主義形成のトップバッターであった英国が
今やEU離脱問題をめぐって迷走し、人口の5分の1の約1400万人が貧
困状態に陥り、子どもの貧困率も40%に達するという凋落ぶりである。
米国も現在、孤独を感じると答えた国民は40%を占め、うつ病の割合も
60年から10倍も増えているという。
 
さて、欧米よりも「孤独大国」とみなされているわが国はどうであろう
か。失われた日本の原風景を見るような想いがする一文がある。以下に転
載するのは、昨年102日に朝日の<ひととき>欄に掲載された「ゆで
栗をむきながら」という表題で、埼玉県の主婦Iさん66歳のものである。
 
  初物のゆで栗を、仏壇にお供えしようと、包丁で栗の皮をむき始めた。
 義父母と夫に、それぞれ何個ずつむこうかなどと考えていると、ふと結
 婚したての頃を思い出す。
 当時、私と夫は20歳だった。テーブルには小皿が11枚ずつ。ボ
ウルの中にはゆでたての栗。「私、皮むくの大好きだから、順番にむいて
あげますね」。義父母と夫にそう言って、まるで幼子に平等におやつを配
るように、順番に栗を小皿の上に置いていく。
 むきながら、真っ黄色でおいしそうな身が出てくると、「次の人、ラッ
キー! 大当たりです」。私がそう言うと、一斉に笑いが起こった。そん
な私たち2人の最大の目標は、豊かな老後にたどり着くことだった。
 結婚42年、そろそろ老後のスタート地点に立とうとしていた、まさに
その時、別れは突然やってきた。その現実を、とうしても認められなくて、
今でも私は泣けないでいる。
 日々の淡々とした暮らしの中で、こんな風に、幸せだった過去が時に私
の心を埋め尽くす。「大丈夫だから、俺はすぐそばにいるよ」。私の耳の後
ろで、生暖かい夫の声がした。
 
江戸期の村落社会に原型がある日本の家族社会も市場経済のもとでバラバ
ラな個々人にアトム化され、ついに孤独死が多数を占める時代を迎えている。
「人に情がもてなくなったら、それこそ生きるのは地獄です」と思想史家
の渡辺京二氏は言う。人との出会いなくして情も慈愛も生じない。
また、元聖路加国際病院長であった故日野原重明氏はこう言っておられた。
「大切なのは、仲間をつくること」だと。
仏教を暮らしの中に定着させないと、アンモラルな世の中の乱れを是正
することはできない。仏教の五戒とは──
非暴力・非戦を貫く。 ② 盗みをしない。 ③ 邪淫を避ける。
ウソをつかない。 ⑤ 過度の飲酒を慎む。
 
 <サンガ蓮(はちす)の主宰者からも呼びかけたい。絆を求めて、わがサン
ガに来たれ!と。
共同性の復権を模索して、ローカリズムなどの課題に取り組んでまいりた
い。脱宗派仏教・脱寺院仏教を前提とした在野仏教の復権も併せて求めながら。

はじめまして

ブログをはじめました!
コメント大歓迎です。
これからどうぞよろしくお願いします!

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