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島崎藤村の『破戒』は暗いとよく言われますが、人間に光と影があるとすれば、藤村は「影を描く天才」だからだと思います。
『破戒』の主人公は被差別部落出身の青年教師・瀬川丑松ですが、彼についてはすでにいろんな人が言及していて、もう言い尽くされていますので、ここでは丑松を取り巻く一人一人について採りあげていきたいと思います。
さて、誰から採りあげましょうか。まずは、藤村が心血を注いで描いた風間敬之進にしましょう。
敬之進は武士の出です。明治時代は士族といいました。武士とはいっても、下級武士です。
明治維新で武士は特権を剥ぎ取られましたが、手に職を持たなかった武士は、とりわけ下級武士はことごとく落ちぶれてしまいます。「まあ、士族ほど役に立たないものはない」と敬之進が述懐する通りです。
実際、敬之進は「だって我輩は何にも知らないんだもの」と力なく手を振りながら、いつも呑んだくれています。
彼は定年間際の古参教師なのに、子どもたちに何をどう教えたらよいのか、さっぱりわからないのです。そのくせ、武士のプライドだけは人一倍強いのです。当然、子どもたちからバカにされるし、校長や同僚からも虫けらのように無視されています。
ところが、丑松はこの敬之進に親近感を持つのです。なぜでしょうか?
呑んだくれで、ぐうたらで、優柔不断で、人の言うなりの彼を、丑松は哀れに思います。が、それと親近感とは別物です。丑松が親しみを覚えたのは、そういう敬之進の無為徒食にではなく、永年の教師としての功績も紙切れ同然に扱われて、あとわずか半年辛抱すれば恩給がつくというのに、ひたすら邪魔者として社会から葬り去られていく敬之進の姿に、自分と同じ虐げられた無力な存在を見出したからです。
けれども、この虐げられた無力な二つの存在は、互いに心を寄せ合いながらも、お互いのために何ひとつ力を貸すことができませんでした。丑松は敬之進のために恩給をつけてくれるようにと、郡視学(今なら教育委員会のえらいさん)と談判しはしましたが、結局は規則の前にすごすご引きさがらざるをえませんでした。彼にできたことといえば、敬之進の退職後、奉公に出されようとする省吾(教え子であり、敬之進の長男)のために授業料を立て替えようとしたに過ぎません。そのお金とて、敬之進の酒代に変わらない保障はなかったのです。
一方、敬之進も丑松のために何ひとつしてやることはできませんでした。彼が丑松のためにしたことといえば、他の人のようには「えた」を攻撃しなかったことだけでしょうか。数々の主要な登場人物の中で「えた」についての自分の意見を一言も口にしないのは敬之進ただ一人です。けれども、それは彼が細君やその子どもたちの生活のことで身も心も疲労困憊しきっていて、ほかの事まで考える余裕がなかったからというのが実際のところなのです。そして今日も彼は年がら年中同じ「黒木綿の紋付羽織、垢染みた着物、粗末な小倉の袴」の出で立ちで、自分の代わりにあくせく働く細君に「すまない」と思いながら、ごろ寝を決め込んでいるのです。
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