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さて、映画『破戒』の初代丑松は市川雷蔵、丑松が慕うお志保は藤村志保が演じました。藤村志保はこの映画がデビュー作で、名前も「藤村描くお志保」からそのままもらったのでした。
無口で、恥ずかしがりやで、どこか陰のある可憐なお志保は、まさに藤村志保の当たり役でした。しかし、小説に出てくるお志保は十分描かれたとは言いがたい、というのが私の感想です。どうも抽象的で、印象が薄いのです。藤村志保が演じなければピンとこない感じ。父親の敬之進が「くそリアル」に描かれているのとはまったく対照的です。
「まだ上げ初めし前髪の 桜の下に見えしとき・・・」と、「初恋」を歌った詩でも、藤村の女性の描き方はやっぱり抽象的な感じがしますが、お志保もそんな感じです。きっと「丑松の心のうち」を通して描かれたせいだと思います。
それはさておき、お志保は敬之進の最初の子で、省吾少年とともに先妻の子です。彼女の下にはまだ3人の弟妹(後妻の子)がいます。年齢はわかりませんが、丑松が小学校教師として赴任する前の年ぐらいに卒業していますから、まだ17・8でしょう。いやもっと若いかもしれません。敬之進の薄給とその妻の小作では一家7人は食べていけないので、お志保は蓮華寺の養女に出されます。というか、蓮花寺の奥さんが見るに見かねてお志保を引き取ったのです。その蓮華寺で丑松とお志保は知り合います。
二人の恋路は読者を本当にやきもきさせます。お互いに好きあっていながら、毎日顔を合わせていながら、声も掛けられないのです。樋口一葉の世界とは雲泥の差です。丑松は丑松で、被差別の苦しみにお志保を巻き込みたくはなし、お志保はお志保で、貧にあえぐ家族を見捨てて一人嫁ぐわけにはいかないと思いつめているのです。
しかし、丑松が「えた」だという噂が流れたとき、お志保は丑松についていくことを決断します。丑松の同僚で出世の約束された勝野文平のプロポーズをきっぱりと断ります。ひ弱に見えたお志保はこのときから、芯の強さを現しはじめます。言葉にこそ出しませんが、打ちのめされた丑松の心を蔭から支えます。一旦決めたからには何があっても動じない強い意志が、読者にも伝わってくるのです。
お志保の言葉を引っ張り出せたらいいのですが、実は引越しをしたときに『破戒』を紛失してしまって今手許にありません。もう何回か読まれた方もいらっしゃると思いますがもう一度読んでみてください。
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