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(つづき)
さて、そのように丑松の生き方を大きく規定した父の精神について触れないわけにはいきません。
この精神を以って、丑松の父を蓮太郎(後述)より高く評価した批評家はたくさんいます。徳田秋江などは「悲劇中の英雄」(「早稲田文学」明治39年5月)とまで評しています。一方では、北原泰作のように「下劣な根性」(「『破戒』と部落解放の問題」昭和28年11月)と断言した人もいます。
文学の世界では、登場人物の評価が二極に分かれることがよくあります。その作品がその時代の核心を衝いていればいるほど、この傾向は端的に現われます。批評する側の思想的・政治的立場と誰に対して発信するかによって評価が極端に分かれるからです。『破戒』はその好例だと言えるでしょう。
徳田は次のように言っています。
「蓮太郎の如く正面より大胆に境遇と闘うの人でもなく、丑松の如く新思想に触れ自覚と煩悶とを感ずるの人でもなく、しかしながらこの旧思想のために彼らよりも以上にあらゆる不平と抑圧とを経験し、その区別の観念の遂に容易に抜くべからざるを覚悟し、しかもなお峻まいの意志牢として動かすべからず、己が一身を犠牲に供し、半生を孤独生活に托して、少なくとも自己の家族がその系統たることを永久に湮滅せしめんとする。その無限の欲望と剛毅なる性格とが、境遇運命のために圧迫せられている状態はすこぶる自然でもあり、確かに悲劇中の英雄だ。」
北原の評はこうです。
「丑松の父親の考えのように、素性を隠して立身出世をはかることは、能力ある者の個人主義的な解決策であるかもしれない。しかしそれは自己を偽り、世間を欺く下劣な根性であり、人間平等の思想に背を向けて屈従の鎖につながれることである。」
「悲劇中の英雄」と「下劣な根性」と、どちらが丑松の父の精神の本質を言い当てているか? 私は、どちらも言い当てているし、どちらも言い当てていないと考えています。もちろん二つの批評には、片や明治39年、片や昭和28年という書かれた時代そのものの違いがあいますが、北原は水平社運動の中で育った人で、被差別部落の同胞に対して発信しているのに対して、徳田は差別している一般社会に対して発信しています。ここが大きな違いです。この違いがわかってみると、徳田は「蓮太郎や丑松にだけ特別に心を寄せたらいけないぞ」と主張しているのであり、北原は「丑松の父のように生きてはいけないぞ」と主張していることがわかります。その意味ではふたりとも丑松の父の精神を言い当てていると思います。
しかし、ふたりの批評に限らず、私は、言い当てていない部分があると考えています。(つづく)
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