|
しかし同時にそれは、彼の本領でもあり原点でもあった「穢多」としての自覚と主張が薄められる過程でもあったのではないか、と私は思うのです。
彼がいま息を吸っているのは、<新と旧>、<中央と地方>、<西洋と東洋>、<階級と階級>といったあらゆる形態がしのぎを削って混沌と入り混じった東京の空気であって、一団となって“「穢多」たる彼個人”に敵意をむき出しにしてくる長野の空気とはちがいます。そうした東京の日常が知らず知らずのうちに彼の原点を希薄にし、本来部落民としての<宣言>となるべき“出自を明かすという行為”を<告白>の域に貶めていったということは、考えられることです。
「告白ーそれは同じ新平民の先輩にすら躊躇したことで 云々」と、第20章で丑松が言うように、素性を晒して社会に反撃を敢行しようするとき襲いかかる死の恐怖を前にして、そこには蓮太郎自身の躊躇もあったでしょう。しかも事は彼個人にとどまらず、「穢多」でない彼の妻をも渦中に巻き込まずにはおかないのです。
躊躇しつつ原点にこだわり、こだわりつつ躊躇した。社会に対して真っ向から抵抗を挑もうと志す自分と、それを押し止めようとする自分と・・・『労働』『平凡なる人々』『貧しきものの慰み』とは、そういう内的な動揺と葛藤の中で書かれたのではなかったでしょうか。そしてそのために、歯を食いしばって書き上げたこれら3作の中に、何か本物でないものを彼自身嗅ぎ当てていたのではないでしょうか。
<「穢多」としての叫び>が意に反して断固さを失い、<労働一般><貧しきもの一般>を論ずるところに流されつつあるのに彼は気付いたのではないでしょうか。
『懺悔録』について、藤村はこう紹介しています。
その中には同族の無智と零落とが活きた画のように描いてあった。その中には多くの正直な男女 (おとこおんな)が、ただ穢多の生まれというばかりで社会から捨てられて行く光景(ありさま)も写 してあった。その中には又、著者の煩悶の歴史、うれし哀しい過去の追憶(おもいで)、精神の自由 を求めて、しかもそれが得られないで、不調和な社会のために苦しみぬいた懐疑(うたがい)の昔語 りから、朝空を望むような新しい生涯に入るまでー熱心な男性(おとこ)の嗚咽(すすりなき)が声 を聞くように書きあらわしてあった。 (第1章)
ここに、「精神の自由を求めて、しかもそれが得られないで」苦しみぬいた蓮太郎の、著作の奥に隠された内部の葛藤を垣間見ることができます。では、そこからどのようにして「朝空を望むような新しい生涯」に脱出することができたのでしょうか。
(つづく)
|