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確かに、蓮太郎の思想を「美しい」と正面切って言い出すことは、実に勇気のいることではあります。それは、教育勅語に呪縛された教育界に対する、ひいては富国強兵をスローガンに日露戦争へと突き進む国家主義的な社会体制に対する反逆行為だと言ってもよいでしょう。この勇気と反逆の姿勢だけを取り出すなら、銀之助は<新しいタイプの教師>と言えなくもありません。
けれども、子どもたちの眼は確かです。彼は丑松ほどには生徒に人気がありません。思うところをづけづけと言い、持ち前の行動力でてきぱきと物事を処理する銀之助は、その割りにはいつも逃げ場を用意しています。その要領よさ・無責任さを、子どもたちは見抜いているからです。
「ただ新平民が美しい思想を持つとは思われない」(=「賎民だから取るに足らん」)という、最大級の悪意に満ちた言動を銀之助は丑松の前で吐いたのです。しかし自分自身の責任を、彼は取ろうとしません。丑松が「穢多」として学校を追放されたとき、銀之助は、かつての己が言動をすっかり忘れたように、何の呵責も感じないのです。しかもそれでいて、心からの親友として丑松の今後の身の振り方を方々に頼んで回ることができるのです。まったく彼は苦悩とは無縁にできているようです。
美しい思想を持つはずがないと信じてきたものが美しい思想を持ったというのですから、本来なら、己の信念をその出発点から疑ってみるのが当たり前でしょう。もちろん、己の骨肉にまでなりきった信念を自らこそげ落とすことは、大変な苦痛を伴いますが、その苦痛と苦悩を自分に課すことこそ、銀之助のあるべき責任の取り方の第一歩だったはずです。
しかし、彼はこの苦痛を恐れて逃げ回ります。問題に正面からぶつかろうとはしません。小学校の教師の職が単なる<腰掛け>にすぎなかったように、彼は常に物事に対して<はす>に構えています。
ここまでみてくると、「穢多」に対するその極めて攻撃的な思想にもかかわらず、案外銀之助が<および腰>なのに気付きます。彼にとっては、新平民が美しい思想を持つとは<思われない>のではなく、ただ<思いたくない>だけなのであり、蓮太郎の思想の源泉をすべて<肺病>に求めるのは、まったく彼の逃げ口上にすぎないということがわかります。
都合の悪い現実には眼をつぶって、都合の良い現実の方だけ見ようとする、それは<下司の方便>というものです。銀之助は、おのれのそうした心根のうしろめたさを、笑ってごまかそうとします。それがあの「ははははは」という笑いのニュアンスとなっています。
ところで、『破戒』の読者はどうだったのでしょうか。
「しかし、君、僕が新平民だとしたところで、一向にさしつかえないじゃないか」と丑松に言われて、銀之助はギョッとして言葉を失いました。「我は穢多なり」・・・『懺悔録』の冒頭の蓮太郎の言葉に、読者は銀之助と同じように一瞬ギョッとして、逃げ場を探したのではなかったでしょうか。そして、読者の多くは銀之助の「生理的結論」を『破戒』の中に見出して、ホッと安堵の胸を撫で下ろしたのではなかったでしょうか。
蓮太郎の生と死がどんなに多くの涙と同情を集めたとしても、もしそれが<肺病病みの蓮太郎>のために奉げられたものであったとすれば、この不屈の闘士は<死してなお孤立無援であった>と言わなくてはなりません。
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