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『破戒』の登場人物の一人一人をこれまで取り上げてきましたが、締めくくりに仙太という少年について書くことにします。まだ13歳か14歳の少年ではありますが、私はこの仙太を丑松の父や猪子蓮太郎に匹敵するほど重要な人物だと考えています。
仙太は高等小学校の3年生です。当時の小学校は、尋常小学校と高等小学校に分かれていて、最初の4年間を尋常小学校で過ごした後、5年間を高等小学校で学ぶシステムになっていました。小学校4年生から5年生の時期というのは、体力的にも知力的にも能力が飛躍的に伸びる時期だと言われますが、むかしはちょうどその時期に尋常課程から高等課程へと進級したのですね。
仙太は被差別部落の少年です。丑松の直接の教え子ではありません。当時に限らず、被差別部落の子どもが高等小学校まで進級するのは極めて稀でしたから、丑松の教える高等科の生徒の中で被差別部落の生徒はおそらく仙太一人だったと考えられます。
さて、『破戒』に仙太が登場するのはたった2箇所だけ、それもちらっと出てくるに過ぎません。しかし、2箇所とも「告白」に至る丑松の精神過程では最も重要な場面にあたっていて、しかも丑松の心に食い込むような存在として描かれています。
仙太が最初に登場するのは天長節の日(午前と午後の2回)です。天長節というのは明治天皇の誕生日を祝う日で、この日には学校や役場で盛大に式典が催され、町内こぞって日の丸の小旗を手に持って「天皇陛下 万歳」を叫びながら町内を練り歩いた、と藤村は書いています。
その天長節の朝、式典のあとの場面は次のように書かれています。
仙太と言って、3年の生徒で、新平民の少年がある。平素(ふだん)から退け者にされるのはその 生徒。きょうも寂しそうに壁に寄りかかって、皆の歓び戯れる光景を眺めながら立っていた。可愛そ うに、仙太はこの天長節ですらも、他の少年と同じようには祝い得ないのである。丑松は人知れず唇 を噛み締めて、「勇気を出せ、懼(おそ)れるな」と励ますように言ってやりたかった。丁度他の教 師が見ていたので、丑松は逃げるようにして、少年の群を離れた。(第5章)
同じ日の午後、テニスコートの場面はこうです。
その時、幾組かに別れて見物した生徒の群は互いに先を争ったが、中に一人、素早くラケットを拾 った少年があった。新平民の仙太と見て、他の生徒がその側へ駆け寄って、無理無体に手に持つラケ ットを奪い取ろうとする。仙太は堅く握ったまま、そんな無法なことがあるものかという顔付き。そ れはよかったが、いつまで待っていても組のものが出てこない。「さあ、誰か出ないか」と敵は怒っ て催促する。少年の群は互いに顔を見合わせて、困って立っている仙太を冷笑して喜んだ。誰もこの 穢多の子と一緒に庭球の遊びをしようというものはなかったのである。急に、羽織を脱ぎ捨てて、そ こにあるラケットを拾ったのは丑松だ。それと見た人々は意味もなく笑った。(同)
このような形で仙太との出会った時、丑松はどんな状況にあったでしょうか。大日向の放逐を目の当たりにして慌てて下宿を蓮華寺に移した丑松は、なけなしの金をはたいて手に入れた『懺悔録』を読んで自らの行く末を思い悩みます。蓮華寺を訪れた銀之助と文平が蓮太郎のことをクソミソに罵倒するのを聞いて、この悩みはさらに倍加する。そういう丑松の大きな精神的動揺のあとに、仙太との出会いが設定されています。しかも、この出会いがあった天長節の夜、丑松は父を亡くすのです。
ここに描かれた「午前」と「午後」の丑松の心の変化は、最後の「告白」の日の「午前」と「午後」の丑松の心の変化と対を成すもので、いずれも仙太がそこに関与しているのです。 (つづく)
(訂正)文中、高等小学校の年限を「5年間」と書きましたが「4年間」の誤りでした。
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