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みなさん、長い評論におつきあいいただきまして本当にありがとうございました。『破戒』に出てくる人々はこれでおしまいです。
それにしても、なんで今頃『破戒』なんだ? 部落問題なんだ? と思われた方もいらっしゃったかと思います。確かにこのところ同和行政や部落解放運動をめぐっていろんな不正・疑惑が明るみに出て指弾されていますから、違和感をお持ちになった方もいらっしゃったかもしれません。
けれども私は、そんな状況だからこそ原点に立ち返って考え直さなければならないと思ったのです。行政や運動の問題としてではなく、人間の問題としてこのままではいけないと思ったのです。そこで、文学作品として最初に部落問題をとらえた『破戒』に注目したわけです。
書き出してみて、いくつか困ったことがありました。
一つは、藤村の使う言葉にはもう使われなくなってしまった漢字や当て字が多く、そのままではまともに読んでもらえそうにないということです。そこで『破戒』から引用するについては今様に少し手直ししました。
もう一つは「穢多」という言葉です。そのまま書くことに私は大きな抵抗を感じたのです。ですから、初めのうちは「えた」とひらがな表記を用いました。しかし、書き進めるうちに、「穢多」という歴史的呼び名をひらがなに置き換えたところでなんら本質は変わらないことに気付きました。いやむしろ問題の本質をぼかしてしまうと思ったのです。そこで途中から漢字で表記することにしました。ただし、『破戒』からの引用ではない私本人の文章については、この言葉を「」で括りました。私としてはやっぱりこの言葉は認めたくない思いがあったからです。
さて、島崎藤村の『破戒』は、言うまでもなく近代日本文学の先駆けとして、また、以降の日本文学の種々の流れを決定づけたものとして、高く評価されなければならないでしょう。そこには、私達日本の民衆が追い求めかつ悩んできた、人間と社会に関するほとんどすべての諸問題が、凝縮され、あるいは混然と含まれています。
『破戒』の背景となった時代は、明治維新からほぼ40年、遅れて出発した日本の資本主義が、欧米列強による植民地化を辛くも回避し、逆にこれと伍して生きていくために国家的大号令のもとに進めてきた「富国強兵・殖産興業」の政策が、中央政府の強権によってようやくその確立をみた時期にあたります。日清戦争に勝った勢いでそのまま日露戦争へと国家全体が雪崩を打って突き進んでいた時代です。
そんな国家主義的な時代社会に飽き足らず、藤村は自我の確立を唱える「鬱勃たる精神」をもって小説を世に問うたのでした。そこに、様々な人間群を配置しながら、誰よりもその時代の矛盾を集中的に背負った最底辺の存在に目を向けることによって、その時代的諸矛盾を「穢多の丑松」個人の内面的自我に集約して担わせることによって、時代そのものを『破戒』に定着させて見せたのでした。『破戒』の意義も生命力も、この点にあると私は思います。
100年も前に書かれた小説に、今現在を生きる私達が感動するのは、そこに私達と同じ生身の人間が生きているからでしょう。藤村はほんの些細な登場人物をも実にリアルに描いています。丑松や蓮太郎だけに囚われずに、その登場人物の一人一人に目を向けながら読むのもなかなか味わいがあります。
私の拙い文章も参考にされながら、もういちど『破戒』を読んでいただければ幸いです。
「『破戒』に出てくる人々」はこれで終わりですが、このままブログに残します。いつでもお立ち寄りください。コメントがあればお気軽にどうぞ。お返事いたします。ご愛読ありがとうございました。
なお、このシリーズの第1回目はこれです。
http://blogs.yahoo.co.jp/kuwatakayosiaki/23553690.html
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とてつもなく大きな論文で、簡単にコメントを書けませんので、じっくりと拝見させていただきます。現代では「穢多」という呼び方は無くなった様にみえますが、見えない分だけ深く潜っただけで、本質は丑松の時代より陰湿になったのではなかろうかと思っています。
2008/2/8(金) 午前 8:49 [ 鮎吉 ]
あゆきちさん 丁寧なコメントありがとうございます。同感です。
『破戒』に描かれた部落差別の原点に立ち返ったとき、いままで忘れてきたもの、見ようとしてこなかったものが、改めて見えてくる気がします。
2008/2/8(金) 午後 5:32 [ 鳥獣子 ]
この問題武家時代の日本人が長年にわたって築かれた精神的構造で明治、大正、昭和渡り問題にされたが現在も深く地域にねずいてるのわたしかである。
2008/4/3(木) 午後 7:19 [ 裕次郎 ]
tyさん、ここまで見に来ていただいたんですか、感激です。おおきに。
2008/4/3(木) 午後 9:51 [ 鳥獣子 ]