鳥獣戯語

[散歩道]を新設。俳句のネタにと思いながら果たせなかった写真をどうぞ・・・

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 ふとした縁で映画『破戒』のDVDを借りてきました。この映画を30年ほど前にテレビでみたときには、モノクロのせいもあって「なんと暗い映画だなあ」という印象で、もちろん小説とつき合わせてみたわけでもありません。今回あらためて映画を観て、小説との違いに驚きました。丑松などはほとんど別人に仕立て上げられています。なぜなのか?私なりに考えてみたいと思います。

1.映画『破戒』の制作

 『破戒』が映画化されたのは1962年。ときすでにテレビへと移ろうとする前夜で、この流れに抗して、永田雅一社長率いる大映は「文芸作品」の映画化に力を注いでいました。『破戒』もその一環です。監督に起用されたのは市川崑。彼はテレビのもつ影響力を敏感に受け止めて、前年の1961年に『破戒』をテレビドラマにしていました。このときの主演は市川染五郎(当時)ですから私の見た「映画」ではありません。
 映画の配役は次のような錚々たる役者です。

 瀬川丑松 : 市川雷蔵
 お志保 : 藤村志保(これが彼女のデビュー作で、芸名も役にちなんでつけられました)
 猪子蓮太郎 : 三国連太郎
 蓮太郎の妻 : 岸田今日子
 土屋銀之助 : 長門裕之
 風間敬之進 : 船越英二
 蓮華寺の住職 : 中村雁治郎(当時)
 蓮華寺の奥様 : 杉村春子

 脚本 : 和田夏十
 監修 : 松本治一郎(当時の部落解放同盟中央執行委員長)

 1962年といえば、部落差別の解決を「国民的最重要課題」と位置づけた「同和対策審議会答申」が出される2年前の年であり、また60年安保闘争の2年後の年でもあります。一方、島崎藤村が小説『破戒』を書いたのは「水平社宣言」の出される15年前、「日露戦争」の真っ只中でした。
 映画と小説の時代背景の違いをまず念頭においておきたいと思います。

2.映画のあらすじ

 映画と小説の違いをみる前にまず映画のあらすじを紹介しましょう。

 信州の深い山の中で、丑松の父が牧場から逃げた牛に突き殺されるところから映画は始まります。
 夜。知らせを受けた丑松の叔父が父の番小屋に案内されてきます。牧場仲間(丑松たちとは別の村の部落民)に囲まれて丑松の父は莚の下で冷たくなっていました。
 そこへひょっこり丑松が現れます。驚いた叔父は慌てて丑松を連れ出して、「すぐ帰れ」と諭します。
「こんなところへ顔を出したら、お前のために素性を隠してきた兄貴の苦労もすべて水の泡になる」というのです。
 父が死んだちょうどその時刻に、「お父つぁんがぼくを呼ぶ声を何度も聞き」、もしや!と、見ず知らずの番小屋を探し当てて来た丑松は、「親子」ではなく「身内のもの」として父の亡骸と対面したのでした。

 下宿に帰った丑松を待っていたのは「大日向」の追放でした。
 「不浄だ!不浄だ!」と叫んで塩を撒く人々。そこに蓮華寺の鐘の音が響きます。私が小説で注目している「仙太」は映画には登場しません。その代わりこの「蓮華寺の鐘の音」が丑松の心の重要な転機に鳴り響くという仕掛けになっています。
 そうした騒動の最中、親友・土屋銀之助が訪れます。
 「隠していても暴かれて追い出される。部落民も人間じゃないか。部落民と普通の人間との間にどれほどの違いがある。」憤りをぶつける丑松に、銀之助はこう切替します。
 「君は猪子の書いたとおりのことを言うね。まねするのはいいが、度を越していやしないか?」

 大日向が追放されたあと、慌てて丑松は蓮華寺に引っ越します。その途中、同僚教師の風間敬之進に出くわします。この敬之進について私は「呑んだくれで、優柔不断で、人の言いなりの人間」と書きましたが、しかしそれでも武士は武士。町人や百姓のするような仕事は一切受け付けない「士族の根性」だけは持っています。そのあたりを映画の船越英二は見事に演じています。
 蓮華寺まで丑松についてきた敬之進は寺の前まで来るとプイと帰ってしまいます。そこへ、敬之進・お志保親子の行く末を暗示するように、また蓮華寺の鐘の音が響きます。

 蓮華寺ではじめてお志保に出会います。お志保にしても蓮太郎の妻にしても、藤村はこうした「おしとやかな」女性を描くのがどうも苦手だったのではないでしょうか?詩にはできても小説にはできなかったというべきかも知れません。しかし、映画の女性には存在感があります。
 これは脚本を書いた和田夏十の功績ですね。私は「わだ・なつじゅう」は男だと思っていましたが、さにあらず、市川崑の奥さんで、「わだ・なっと」と読むのだそうです。

 話が逸れましたが、蓮太郎の著書『懺悔録』を買う場面。冒頭の「我は穢多なり」を目にするやいなや、丑松は血相を変えて冊子を懐に隠してしまいます。その丑松の姿にかぶせて、 瞽女(ごぜ)の映像と座頭乞食の映像が映し出されます。とりわけ座頭乞食の映像は、恵みを拒んで無視した相手の後姿に向かって「カッ」と目を開いて唾を吐きかけるもので、もちろん小説にはない描写です。なぜこんな映像が挿入されたのか初めはわかりませんでしたが、そのあとの蓮太郎との出会い(回想)の場面の蓮太郎の科白でその意味がわかりました。これについては、映画と小説の違いを考えるときに書くことにします。

 いよいよ猪子蓮太郎の登場です。藤村の時代にはまだ蓮太郎のような人物は現実社会に登場してはいませんでした。蓮太郎の思想の具体的な中味を書き込むことはできなかったのです。ですから、映画での蓮太郎の科白はほとんど映画の制作にあたって創作されたものだと言ってもよいでしょう。
 三国連太郎演じる猪子蓮太郎は、酸いも甘いも知り尽くした、高潔すぎる人間に描かれていて、その分丑松が小説よりも弱々しい人間に描かれています。しかし、このことについても映画と小説の違いを考えるときに書くことにします。

 続いて、敬之進の細君と庄屋の掛け合い(年貢をめぐる小作と地主の駆け引き)があり、代議士候補・高柳の丑松に対する脅しがあります。
 高柳は選挙資金を手にするために部落の資産家の娘と結婚しますが、その娘の口から「丑松の素性」が高柳に漏れます。高柳は丑松の口から自分が部落民と結婚したことが漏れるのではないかと懼れて、丑松に口止めをしようするのです。

 ここからは噂が噂を呼び、丑松の追放(告白)まで一直線です。

 『懺悔録』を古本屋へ売り払って蓮華寺に戻ると、蓮太郎が尋ねてきていました。この場面も小説にはありません。「自分の後継者になってはくれぬか」と言う蓮太郎に丑松は、「あなたはどなたですか?私は先生を知りません・・・」と答えます。
 驚いた蓮太郎ですが、やがて、「ぼくは病気以来めっきり視力が落ちましてね。とんでもない人違いをすることがありましてね。そんなことで自分の愛している人に迷惑をかける。悲しいことです。」といって帰っていきます。

 そして蓮太郎の死。高柳の差し向けた暴漢に襲われて非業の死を遂げるのです。だれも引き取り手のない蓮太郎の屍骸を引き取った蓮華寺(これも小説にはありませんが)で、亡骸を前にして丑松は「告白」を決意します。

 ここからは小説とはまったく別の展開になります。小説の丑松は、テキサスに渡った大日向の農場に働き口を求めて旅立つことを匂わせて終わっていますが、映画の丑松は蓮太郎のあとを継ぐ決意を固めて東京に出て行きます。雪の朝、再会を約束したお志保や銀之助、教え子達に見送られて別れを告げる丑松を、その将来の嵐を予感させるように、蓮華寺の鐘の音の激しい連打が追いかけていきます。
 
 

閉じる コメント(4)

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チラ見ですみません。

2008/6/3(火) 午後 6:52 [ みーちゃん ]

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チラ見でOKですよ。またどうぞ。

2008/6/3(火) 午後 7:34 [ 鳥獣子 ]

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腰をすえて藤村に取り組んでおられる鳥獣戯語さんは、動植物にお詳しい自然科学者なのか、文学者なのか、どちらなのかと想像しながら拝読しました。俳句は趣味だとおっしゃっているから自然科学者なのでしょうね。でも島崎藤村論はこれも一流の域だし。

2008/6/4(水) 午前 8:59 [ 駒のご隠居 ]

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yhmさん、ぼくは一体何者なんでしょう。自分でもよくわかりまへん。明智小五郎でも怪人20面相でもないことだけは確かですが(笑

2008/6/4(水) 午後 2:03 [ 鳥獣子 ]


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