かまたきごはん

むささび農園〜農的暮らしと有機農業 東広島より〜

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塩の道の途中で遊ぶ

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トキ。4度目の入院中。完全看護中。親の付き添い入院は不要。つまりそれほどにプロのケアが必要なコンディションということです。
そんなトキを病院にのこし、遊びを目的にちょっと足を延ばして隣の山口県の青少年自然の家に行ってきちゃいました。なので、ちょっと怒ったトキの顔貼っときます。 
イメージ 2海水浴。
釣り。
釣った魚や捕まえたカニを野外炊飯で食べる。
カヌー(カヤック?)。

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海やら夏やらを満喫させていただきました。
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 それから、塩を作っていらっしゃる方とお会いすることができました。昔ながらの方法でです。実際に作る工程を見せてもらいながら、お話を聞かせてもらいました。
 まず、塩を作るには山に囲まれた海が良いとのこと。それは周りの山からの豊富なミネラルを海に集められるからです。
 そんな話を聞いてから「塩は季節によって味が違う」と言われました。味だけでなく、色も、手触りも違うと言うのです。
 そう、山が変化すれば、塩も変化するということです。
 ならば、塩はまるで生き物です。
 そうだったんです。それは命の集合体です。そして同時に命にとっては、なくてはならない重要なものです。

 僕は有機農業を考える時、それは「命の循環」をイメージしています。自然の中の生と死の流れの中で「形」出来たもの。例えばそれは、トマト。例えばそれはきゅうり。お米。豆。大根。それを頂く。それは形を変え自分になる。呼吸になり、熱になり、血肉となり、うんちになり。大気、微生物、土。自分もいつか形を変える。

 形があってない様な。形はなくてあるような。
 大きな流れの中で時に形になり、時に形を変えて。無くなったようで常にある。
 
今まで、そのイメージの中に海や塩が入ることがなかったは、海が身近になかった自分の育った環境のせいでしょう。または、塩というものをモノとしてみていて気がします。
 
 「命があって塩ができる。塩があって命がある。」

 塩だけじゃない。それはきっと全てのことなんだと感じます。
 すべてがどうしようもなく関係している。
それを改めて気づかせてもらった出会いに、山口のお百姓さんに感謝です。

 余談になっちゃいますけど
①塩が身近にあり、完成品としての塩を知っていること。②塩のプロセスを見て、聞き、感じること。
 2つとも「塩を知っている」と言える。が・・・2つの知るの大きなギャップ。そのことに気づいたことも大きな収穫でした。


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