興行ビザ規制に於ける私的考察

国策として断行された興行ビザ規制の是非を探る

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アンジーちゃんの人生

フィリピンのダバオにて売春を生業としてとして
   ツツガナク暮らしていたアンジー、21才であった。
 
 
 彼女は 関西のプロモの誘いにてジャパユキとして
   一攫千金を確信して来日した。
 
 そして、大阪のフィリピンパブにて
  芸能人(タレント)として歌って踊って・・酔っ払って 
 
    ミセが終われば売春婦としてフルタイム働き、
 
    ファーストタイマーで言葉もままならぬ身の上で
 
    連日連夜 懸命に働き(単に股を広げただけ)
 
    ダバオに於いては有りうべくもない金を手にして帰国した。
 
 
 さて、
    ここに於いて 喜んだはダバオのフアミリー。
 
    二匹目のドジョウを待っていた時に訃報あり。
 
 
    彼女の前回出演店、資格外活動にて摘発。
 
    経営者、テンチョ、ママさん逮捕。
 
 
 ついでにプロモは謹慎蟄居となりドジョウは遠くに逃げ去った。
 
 
  そこで、アンジーちゃん。
 
  前出演店○○でのウブな客に片っ端から国際電話した。
 
 
   そして引っ掛かったのが現ダンナという訳だ。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
離婚後 アンジーはクラブバクテリアにほど近い
ワンルームマンションに居を構えていた。
1年間ほどは娘と会っていたようであるが、
時が経つにつれ・・次第に娘の ” ム ”の字も
彼女の口から聞かなくなった。
 
このころである、
パソコンが不調とて彼女のワンルームマンションに呼ばれたのは。
 
いやはや驚いたのなんの。
男の下着が散乱した部屋。
テレビの上には 巨大なバイブレーターが3個鎮座ましましている。
 
彼女のパソコンを復旧させ帰ろうとした私に
彼女は 言った。
 
 笑みを浮かべながら・・
 
  ” アリガトね、、
 
     おにさん、一発ヤるか・・うヒヒヒヒ・・   ”
 
 
   ああ、愛すべきフィリピン人。
 
   こう申し上げておいとました。
 
 ” ありがとネ。
 
    でも、僕は ホントに好きな人としか
        オメコ せ〜へんノ・・
 
       じゃあ、バイバイ    ”
 
 
バクテリアでのアンジーは意外とマジメで、
タレント時代の”クラブ夢子”での
プロスティチュートの片鱗も見せなかった。
 
それ故か、彼女の売り上げは全く振るわなかったのだが
バクテリアオーナーは閉店後 毎夜彼女を自家用車で送り届けた。
彼女の送には優に小一時間ほどかかる。
それ程するまでのタマではないのだが、
オーナーにしてはアンジーのダンナとの約束の履行と、
彼女の”本業(売春)”復活を望んでいなかったのだろう。
 
彼女の就職半年も過ぎた頃
アンジーのダンナが再び珍妙なスーツ姿で現れた。
彼女を仕事から引かせたい・・という。
 
詳しく聞くと こうだ。
 大体が横着者で 共同生活に於いては
 母親の顰蹙を買いっぱなしであったのだが、
 それにしても フィリピンと日本との文化の違いと我慢してきた。
 
 ところが、バクで働き始めてからは 横着はさらにヒドクなり
 起きるのは夕方で食事の支度どことか掃除洗濯もしない。
 子供は カワイカワイというばかりで細かな面倒は見ない。
 
さて、ここに於いてアンジー家庭内で一大戦争が勃発。
ダンナと姑は 娘”愛梨”を獲得後、離婚作戦を決行した。
 
勿論 納得するはずのないアンジーちゃんではあったのだが
悲しいかなバカ。
間に立ったフィリピン人おばさんに見事言いくるめられ、
目出度く離婚に調印。
 
その条件とは、こうだ。
 ワン ツ〜 スリ〜・・
 
 ● 娘”愛梨”の親権は父親に帰属する。
 
 ● しかし、アンジーの在留資格(所謂ビザ)は
    永遠に保障される。
 
 ● 娘”愛梨”の養育は アンと旦那が交互に行う。
 
 ● アンジーは困った時は いつでもダンナが全力で助ける。
 
 ● アンの私生活にダンナは干渉しない。
 
 ● 娘が成長のち、望めば親権をアンに変更するも吝かではない。
 
 ● もしアンが困窮する時は ダンナが全責任を負い
    アンを助けねばならない。
 
 
  と、歯の浮くような御託を並べられ、
  おまけに自由になれると喜んだおばかアンジーは
  喜んで離婚に同意した。
 
そののち バクテリアにては
アンジーは籠から解き放たれたように元気になり
ドーハンはバンバン、売り上げドンドン・・
 
アンジーの結婚生活は ダンナの母親と同居であった。
そして約1年後 娘を出産した。
名前は 「 愛梨 」。
さて、子供にも恵まれ彼女の日本は順風満帆と見えたのだが・・
潜んでいたモンダイが頭をもたげ始めたのである。
 
彼女の大工(ダイク)ダンナの給料は 必ずしも多くない。
そこに以て子供と姑の金銭的面倒を差し引くと、
彼女の夢に見たジャパニーズドリームは 
言葉通り”ゆめ”以外の何物でもなく、
贅沢どころか、彼女のダバオの家族に送金することもままならない。
 
 そこで、例によって 頭をもたげ始めたのが
 全てと言っていいほどの元ジャパユキが辿るところの
 就職・・”本業復帰”である。
 
 ダンナと姑は大反対したものの、
 家庭の金銭的不自由は 彼等をしてアンジーのホステス復帰を
 容認せざるを得ない事実であった。
 
 そして、就職先がピンパブの中では極めてマトモな
 ”クラブ バクテリア”であったので、
 アンジーの朴訥なダンナは ケースの底からしわしわのスーツを
 引っ張り出し、奇抜な色のネクタイを歪ませて
 ” うちのヨメを何卒々よろしくお願いします・・”と、
 下げたことのない無い頭を深々と下げて
 愛する嫁をバクテリアオーナーに託したのであった。
 
さて、その後のバクテリアでのアンジー・・
やはりフィリピン人・・夜の街に復帰するや否や
まさに水を得た魚のように生き生きとし始めた。
思えば、自由人であるところのフィリピン人が
勝手の違う外国で子供を産み、
さらに 姑と一緒に暮らさねばならないこと自体が
彼女にとってどれほどのストレスであったろうか計り知れない。
 
一方、バクテリアにとっても・・
当時はタレントが不足し始めた時期。
そこに以て24才のアンジーは 多少のオバカとはいえ
貴重な存在以外の何物でも無かった。
 
 彼女のバクテリアに応募に対しては
 既に採用は決定済みであったのだが、
 一応 カタ通りの面接が設定されていて、
 本来なれば店長がするべきが折悪く不在で、
 丁度その場に居合わせたのがプロモのこの私。
 
ボーイ君、
 ”クワさん、お願いしますよ・・” と、来て
例によって、フィリピンでのタレントオーディションの如く質問した、
アンジーに・・・
 
 ”・・アンジェリーナ・・いい名前だね。
  24才・・若いね・・かわいいね・・
  ・・ところで5プラス7は いくつ??  ”
 
 彼女・・
 ”・・エ〜ト・・エ〜ト ジュウイチでば? ”
 
 私・・
 ”・・一年は 何日?? ”
 
 彼女、即答して
 ” 100日じゃん・・いや違った120日!! でば! ”と
 満面の笑顔。
 
 私、
 ” 採用! 明日からがんばってネ! ”
 
 
 
 
 
 

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