興行ビザ規制に於ける私的考察

国策として断行された興行ビザ規制の是非を探る

マリーちゃんの素晴らしき人生

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18

教授と結婚して おっさんか?府 盛り市に位置するピンパブ
 
 ”ビバマリア” のママさんとなった超美人のマリーちゃん。
 
彼女の現在を掻い摘んで紹介しよう。
 
 
彼女は2003年に第二子を出産した。
 
その後半年で 彼女は教授の元を着の身着のままで同然で去った。
 
教授は 彼女と2人子供の行く先を血眼になって探したのだが、
 
杳として知れず1年が過ぎる頃、
 
マリーちゃんから教授に電話あり・・
 
 
 要約すると、コウだ。
 
 現在彼女は 屁5県、3の宮に位置する
 
 トあるフィリピンスナックにて奉職しているらしい。
 
 このトあるスナックのママさんとは、パミラという名前で
 
 嘗てマリーちゃんがママさんであった教授のピンパブでの
 
 アルPである。
 
 彼女は 3人の子持ちで、若くもなく美人でもなく
 
 売り上げもなく、当然給料も少なかったのだが
 
 コツコツと貯めた金で開店し、
 
 嘗てママさんであった人物を雇った訳だ。
 
 
さて、パミラさん曰く・・
 

17

1995年に於ける 第1次興行ビザ規制に依って、
 
ARB(芸能人であることの証明)を取得せざるんば来日叶わずとなり、
 
日の本の全てのピンパブは この取得にかかる約2年程の間
 
フィリピンタレント不在の事態に陥った。
 
 
 さて、
 
 此処において開店以来順風満帆で突き進んだ”ビバマリア丸”に
 
 突如として逆風が襲いかかった。
 
 即ち、ミセを維持しようとするならば 接客員を確保せねばならない。
 
 
 所謂 水商売とは・・
 
   飲食業・・とはいえ、
 
   大して美味なるモノも提供もせず、
 
   何処にでも売っているサケを提供しながら
 
        高額なる料金を得る・・商売である。
 
詰まるところ、
 
 当たれば大金を手にする一攫千金のビジネスであって、
 
 今ビジネスは 何時の世も冒険好きな人々を魅了して止まない。
 
 
しからば、ウマくもなく 安くのないのに
 
客が来る理由は何だといえば・・
 
        ナオン に如かず
 
  
 
 
ツラツラ考えるに 今から40数年前のこと・・
 
日の本の各地に ” キャバレ歯はイイ? ”が
 
大流行した時期があった。
 
この 歯はイイ は 低価格を武器にして
 
全国に急速に根を広げ、一流大卒者までも募集するに至りる。
 
 
 しかし、その根が急激に・・潰えたのは
 
 取りも直さず 商品 の不足、
 
 つまり、ナオン不足であって、
 
 この日の本のGDP拡大と共に 
 
 夜の街に身を窶(やつ)す女性が激減した為である。
 
 
此処に於いて 夜の街の人手不足に呼応した救世主こそ、
 
    外国人、そのパイオニアたるフィリピン人
 
      ジャパユキ であったのだ。
 
以前 述べたように、ジャパユキは 東北地方の温泉地から
 
はたまた 狂徒の田舎歓楽街から・・
 
 この日の本の法務の機関の顔色の変化を伺いつつ、
 
 除々に その数を増大して行った。
 
 
 さて、
 
    1995年。
 
    第一次 興行ビザ規制。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

15

どうもフィリピン人が抱くところの、
 
    尊敬だとか、とりわけ畏敬の念というものは
 
 純粋 且つ単純に 直感的(見たメ)であったり、
 
 単なる権力や金銭への憧憬であったり、
 
   要するに 幼稚なる感情 が主であって、
 
日本人的な ソレ とは 少し異なる様である。
 
 
 マリちゃん、22才にして ピンパブのママ のポストに付きしが、
 
 ” クラブ ビバマリア ” にては 同年や年上のタレント多し。
 
 に、しても誰しもマリちゃんに刃向かう者皆無の所以は
 
 マリちゃんのママとしてのポストもさりながら、
 
 これ一重に 彼女の類まれなる美貌に依るところ大なりけり。
 
 
 
  さて、
 
 ママさん就任後、ほぼ1年はミセは超順調で
 
 彼女は 教授から法外な給料を手にしていたのだが、
 
 
 
  突然の 興行ビザ規制勃発!!
 
 
 これをして第1次興行ビザ規制、
 
 所謂 ” A R B 規制 ” と称するが、
 
 そもそもコレは 当時の乳管のエラいさん であった
 
  ” 魚か? 8っ苦  (さかなか エイトク) 氏が 
   
   提唱したところの
 
 
 ” フィリピンタレント→芸能人ではナイ!
 
    しからば何じゃ?→
 
    ジャパゆきじゃ→そりゃあ売春婦! ” 
 
    & ワシは フィリピン人が大嫌い
 
          (でもチョセンは大好き)
 
 
 
   だから!
 
  興行ビザを廃絶せねばならぬ作戦 
 
   に呼応したものである。
 
 
 
 
  しかして、フィリピン軍団の対抗策として、
 
    ほんじゃぁ〜 
 
  芸能人としての技能があればイイんじゃない?
 
 
 とて 始まったのが 所謂 ARB 
 
 つまりアーティスト・レコーディング・ブック 
 
 という代物でありまして、
 
 芸能人として教育を受けたガッコウやら
 
 卒業後の就職先やらを記録した本でありまして、
 
 バ〜ックショィ〜〜!!
 
  失礼しました。
 
 え〜〜と・・ なんだっけ??
 
 そうそう! そのARBさえ取得すれば 
 
 晴れて再びニホンへの道が開かれる・・となりましたのですが、
 
 この  A何とかを取得為の期間、
 
      1,2年は タレント不在となりました。
 
 
 
さて、さて・・
 
 ここにおいて、マリちゃんの ” ビバ マリア ” の経営は・・・・
 
 
 
 

14

教授のピンパブ開店は 
 
初日から大爆発の船出であったのだが・・
 
 
 なに、この時節そこそこの規模で
 
 そこそこのフィリピンタレントさえ居れば
 
 日の本の何処であろうと繁盛した時代であって、
 
  何も教授に特別の商才があった訳ではなく、
 
  象牙の塔から身を転じたセンセには 
 
  単なるお人好し以外の何物でもなく
 
  特に商才てな代物は欠片もなく、
 
  分けても水商売には 凡そ相応しくない人物で、
 
 
 しからば 繁盛がタレントのお陰か、と言えばそうでもない。
 
 選ばれしフィリピンタレントは・・極フツ〜。
 
 
   要するにそんな時代であったと総括できる。
 
 
さて、
 
ミズ商売に於いての繁盛とは
 
大金を手に入れるという意味であり、
 
教授のフトコロには 爆発的スターとから1年も経たない内に
 
建築費を回収し終わり、法外なるカネが入り始めた。
 
 
 さて、愛するマリちゃんを迎える体制は整った。
 
 
  1995年、教授の新妻マリちゃんは
 
  1才になる赤子を抱きて 関西空港に降り立った。
 
 
 関空にて、初めて我が子と対面した教授、
 
 頭に過ぎったのは・・
 
  ”・・あまりボクに似てないネ・・  ” だったとか??
 
 

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