音の本箱から

一応ジャズに軸足は置いているつもりですが、ジャンルには拘りません。

思い出の店

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レコード店、ジャズ喫茶等
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東京近郊の輸入・中古レコード店でDisk Unionと並ぶ大手のRECOfan。
渋谷や横浜の大型店舗が有名ですが、発祥の地は本多劇場を始めとする小劇場や若者向けの個性的なお店の並ぶ下北沢です。
通勤に井の頭線を使っていたこともあり、社会人に成り立ての80年代初頭、このお店の1号店によく通いました。

決してマニアックな希少盤を扱うお店ではありませんでしたが、ジャズ、ロック、R&B・ソウル、クラシック問わず幅広い品揃えで、サラリーマンになったばかりの私は、金欠病で学生のころ購入を見合わせていたレコードを買い漁り、コレクションの幅を広げたように思います。

中古盤の値付けが良い意味アバウトで、割高感を感じるものがある一方、お買い得な盤も多数あって、中古レコード漁りの醍醐味を味わえましたね。
レコードのクリーニングも徹底していて、どの盤もピカピカ。
これは今も変わらず、たぶんアルバイト店員の方々が洗浄しているのでしょう…
閑話休題。

嘗て1号店があったのはこの辺り。

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外装も含め変わってしまっていますが、確かこのビルの2階の奥が店舗だったように記憶しております。

因みに現在の下北沢店はここ。

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残念ながらこの店舗、7月で渋谷店に統合されてしまうそうです。
レコファンのない下北沢、少し寂しいですね。
その昔、渋谷西武百貨店のB館地下にBE-INというエリアがありました。
入り口だった階段は今も残っていて、こんな感じです。

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BE-INという表現、今や死語となりつつありますが、ヒッピー達が何気なく広場に集まり目的もなくブラブラしている様子を表します。

若者向けのブティックやサブカルチャー系のショップが並んでいて、当時中高生だった私もよく足を運びブラブラしていました。
そこにあったレコードショップがCiscoというお店でした。

暫くすると西武百貨店(セゾングループ)系列のレコードショップ、ディスクポートが居抜きで入居し、Ciscoは同じ渋谷の宇田川町に移転、別途店舗を構えることになります。

どちらのお店もロックを中心に輸入盤を扱い、品ぞろえも幅広く、新譜の入荷もかなり速かったので結構よく通いましたね。

ディスクポートはその後WAVEに名前を変え、セゾングループがバブル期に仕掛けたサブカルチャー・ブームを先導することになります。
各地に店舗展開し、現在の六本木ヒルズの場所にあった大型店ではマニアックな現代音楽やジャズのレコード/CD、サブカル系の書籍も扱っていました。

一方、宇田川町に移転したCiscoは90年代辺りからDJのお兄さんたち御用達のショップとなり、クラブカルチャーを支えましたね。
Ciscoがあった辺りは、今もDJ系のお店が並んでいます。

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残念ながら両店とも現在は廃業してしまいました。
Ciscoは2007年にWAVEは2011年に倒産したそうです。

音楽業界は本当に暗いですね。


追伸)
Ciscoと並ぶ老舗マンハッタン・レコードは今も渋谷宇田川町で営業しています。

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少し安心しました。
レコードを漁り始めた中学生の頃、新品ばかり買っていました。
当時の小遣いだと月にせいぜいLP1枚買うのが限度。
暫くして知ったのが、レコードにも中古市場があると言うこと!
上手くすれば新品の半額程度で同じものが手に入るので、中古レコード店に足繁く通うことになりました。

その手のお店は販売のみならず、買い取もしてくれる訳で、新譜や未聴の音源を聴きたくてたまらなかったあの頃、購入資金調達のため手持ちのレコードをよく売却したものでした。
聴き飽きた音源ならともかく、愛着のあるレコードを手放すのは哀しさを感じましたね。
自分が手放したレコードが暫くして売りに出された姿を見つけると、その思いは尚更!
「いつか買い戻してやるからな」などと思ったこともしばしばでした。

B級時代劇に出てくる、『困窮の末、手塩にかけて育てた娘を女衒に売り飛ばす傘貼り浪人』の気持ちですね(笑)

閑話休題。

そのころ東京で一番の中古レコード・チェーン店と言えば『ハンター』でしょう。
TVでよくこんなCMが流れてました。


本店は銀座の数寄屋橋ショッピング・センター2F、ソニービルの地下にもありました。
それから大井町の東急線ガード下とか、渋谷公園通りの渋谷公会堂寄りにも…
私が一番よく行ったのが、実家に近い都立大学店。

高校生の頃よく自転車で通いました。
丁度ジャズを聴き始めた時期だったので、所謂『ジャズ名盤100選』みたいな本に載っている盤はここで揃えましたね。
ジャケット(歌詞カード)とスリーブが無造作にホッチキス止めされている100円均一の7inchシングル盤も結構よく漁りました。

東急線の駅から目黒通りに出て、右に曲がり2〜3軒目。
先日、実家に帰った折り久しぶりに行ってみたら、こんな感じになってました。

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迷うところですが、たぶん手前のお鮨屋さんの場所がハンターだったように思います。
ここの店舗はかなり早い時期に閉店してしまいましたが、数寄屋橋の本店は2001年まで営業していたようです。
それでももう10年以上前のことなんですね。


追伸)
e-mailにて「ハンターのあったのは奥の牛丼屋さんの方では…」との指摘を頂戴しました。
記憶は曖昧なのですが、言われてみると確かにそうかも知れません。
70年代 中高生の頃、とにかく新譜が気になりましたね。
主にロックを聴いていたのですが、好きなミュージシャンの新譜がリリースされるとなるといち早く手に入れたくて…

私が追っていたミュージシャンは洋物で、しかも当時はマイナーな扱いしか受けていなかった人たちが大半だったので、日本盤が制作されることは稀で、仮にプレスされたとしても英米のリリースからは相当時間差がありました。

よって、輸入盤を求めることになるのですが、現在と異なりネットでAmazonにオーダーという訳にはいかず、輸入盤を扱う専門店に出向くことになります。
当時よく通ったのが、原宿の竹下通りにあったメロディー・ハウスというお店。

都内で新譜の輸入盤が恐らく一番早く入荷する店で、価格も比較的リーズナブルでした。
銀座や渋谷の大手楽器店にも輸入盤コーナーはありましたが、その辺りの七掛けぐらいで購入できたように記憶しております。
それでも当時の貧乏学生にとって輸入盤(特に英国盤)は高価でしたね。
実際にLPを購入するのは月1回程度でしたが、毎週末通い詰めレコードを眺めていました。

業界の方々もよく訪れていたようで、当時サディスティック・ミカ・バンドで活動されていた加藤和彦さんを何度かお見かけしましたし、ピーター・バラカンさんもレコード調達のためによく利用されていたとのことです。

当時の竹下通りは未だ閑静な雰囲気。
確かにお洒落なブティックや喫茶店はありましたが、住宅も未だかなり残っていましたね。
そんな小路を原宿駅竹下口から可也入った東郷神社・明治通り寄りにそのお店はありました。
小さい店舗でしたが、瀟洒なエントランスが印象的でしたよ。

当時の映像が残っていないかとネット上を捜していたのですが…
ありました、ありました!!
以下の動画の開始直後に店舗のエントランスが映っています。



‘73年に放映された岡崎友紀主演のラブ・コメディー『ラブラブライバル』の舞台として同店が使われていたのです。
主人公が件のレコード店の2階に下宿しているという設定だったようです。

余談ですが、竹下通りが現在のようになったのは80年代に入ってから。
特にバブル期以降はタレント・ショップやアイドルの生写真を販売するような店が乱立するようになり、今では通り全体がドンキホーテ店内のような雰囲気になってしまいました。
先日久しぶりに原宿を訪れた際、嘗てメロディー・ハウスがあった辺りを通ったらこんな感じ。

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店舗が入っていたビルは当時のままのようですが、10代の若者向けブティックになっていました。

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