早いもので、今日で8月は終わりですね。

平凡な主婦の私も、平凡ななりに、老親たちのことで時間を費やしながらも、自分の人生の残り時間も気にして、やり残していることを今やらなくては、とも思いつつ、現実は日々が過ぎゆく勢いに敗けて流されているなーと思います。
これから秋ですから、もっと気合いを入れないといけませんね!!

このブログは終わりで、やがて消えてしまいますが、いい思い出になりました。子どもが成長していく時期に、少しずつ綴った「日本国誕生の物語」を、ここに載せることができて良かったです。天皇のことなので、大丈夫かなー?と少し心配しながらでしたが、楽しかったです。

本当は、日韓の歴史認識の古代の分野で、両国双方に、何か建設的な提案(というと偉そうですけれど)ができるといいのに、という考えはありました。古代の見方を変えて、現在も見直せたら、と。
でも、あまりにも、途方もなく、人の気持ちは複雑過ぎますからね➰、。


コメントをくださった方々、読んでくださった方々、どうもありがとうございました💕

FC2とAmebaで、改めてやってみようかな、と思っております。
お久しぶりです。

海外テレビドラマは、今、「イサベル〜波乱のスペイン女王」を観ています。

フィクションのテレビドラマですが、史実を元に創られています。

前に放送していた「マスケティアーズ パリの4銃士」は、フランスの隣国スペインから政略結婚で嫁いできたアンヌ王妃の物語でした。王妃の弟はスペイン王で、派遣したスパイは、王妃の夫ルイ13世フランス王の側近になって暗躍していました。
(ちなみに、ルイ13世の姉はイギリス王妃でした。一回登場しました)

今観ているドラマの主人公イサベルは、隣国「ポルトガル」から「カスティーリャ国」に嫁いできた女性が産んだ王女で、カスティーリャ国王エンリケの異母妹でした。エンリケ王の王妃も、「ポルトガル」から嫁いできた女性で、その王妃は娘を産みましたが、王の実の子かどうか疑われていました。
イサベルは、自分の王位継承権の正統性を主張して、協定を結びました。
側近たちは二派に分かれて権力争いをし、エンリケ王の命令に逆らって、イサベルに同族の「アラゴン国」(西のポルトガルとは反対側の隣国)の王子と政略結婚させるなど、策謀を巡らしました。
エンリケ王が急死して、イサベルは協定に基づいて、カスティーリャ国の女王に即位し、夫は祖国アラゴン国の王子で、なおかつ、カスティーリャ国の王となりました。
故エンリケ王の王女は、ずっと年上の伯父のポルトガル王と政略結婚させられて、王は、まだ幼い王妃の正統性を主張して蜂起しました。

やがて、イサベルは夫と共に、キリスト教の神のもと、「カスティーリャ=アラゴン連合王国」を「スペイン王国」にします。


どちらも、近世の話で、日本のヤマト朝廷の頃のような古代ではないのですが、朝鮮半島が戦乱続きだった古代、倭国との間の政略結婚は、本当はあったんじゃないかな、と私はテレビドラマのように妄想して楽しんでいます。
百済の王子が、倭国と百済を往き来していたことは史料に残されています。百済に帰って即位した王子のことなど書いてあります。本当は、倭国で大王に即位した王もいたでしょうか?!
そして、王族の女性が嫁いで来た、ということがあったとしても不思議ではないと思うのです。本当は、王妃になったり女王になったりも・・・?!
「高句麗=百済=倭」が同盟を強化して、「唐=新羅」同盟に対抗しようとしていた時代は、政略結婚はあり得ると、、、?どうなんでしょうか?
元朝鮮王にも皇族の女性が嫁ぎましたよね。これは古代と同様のことをしたのではないでしょうか?

日本が朝鮮を併合したことについて、「日本とは、元々そういう国だったんですよ」みたいに、どなたかが最近テレビかネットでチラッとお話されたのを、うん?!と、私のアンテナがキャッチしました
そうそう、、、と。 

昔、百済と倭(ヤマト朝廷)は、同族による連合王国でしたが、660年に百済が滅亡しました。内戦もありましたが、倭国王と政略結婚させられていた妃は、倭を「日本」と改め、国は新たな歩みを始めました。夫の死後、天照の神のもと、持統天皇となり、歴史書を編纂して、自分と孫の正統性を主張しました。
桓武天皇は、794年に平安京を京都に置き、いよいよ半島の土地とは縁を切りました。事実上の百済復興を果たし、平安京は、794年から明治になるまで千年の都でした、というのが私のストーリーです。
まぁ、これは私の楽しみ方ですけれど

ヤマト朝廷の周辺には、様々な先住民族の土地もあったし、併合みたいにしていって「日本」になっていったのですよねぇ。元高句麗人も新羅人もいたし。
そして、古代に「日本」になった土地に、先祖代々住んでいる日本人は、今、当たり前に、日本の美味しいビールを飲んで「日本人で良かった〜」などと思っていて、、、

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もし、戦争に敗けていなかったら、今ごろ隣国には、「日本人で良かった〜」と思ってもらっていたでしょうか??? 
「もし」はありませんが。
実は、本当の気持ちを言えない人も多くて可哀想なのだ、とも思いますが、、、複雑ですね。

私のこんな話って、変ですかね?
変な話ですみません
百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に認定されましたね!
個人的には、世界遺産になっても、あまり観光地化しないで欲しいな、とも思うのですが。

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古墳時代、倭のヤマト政権は、前方後円墳を日本列島の津々浦々に造ることを、その地方の実力者に許可して、「統合の象徴」にした、というテレビで観た話を前回書きました。

でも、朝鮮半島の古墳とは「対照的でした」と、王への崇拝を重視する新羅の古墳を紹介して、倭の、数や広がりを重視する古墳の造り方と比較するだけでした。
あちらにも前方後円墳がいくつも発見されていることは、番組では触れられていませんでした。実は、そこも「統合のネットワーク」に入ることを「許可」?されていたのでしょうか?
時間の関係もあるし、ややこしい話は省いたのかもしれませんし、、、?

古代から現代へ、
いわゆる元徴用工裁判については判決が出る前から心配していました。ちょうど上の写真を撮った頃です。韓国で半導体を作っている人に会う機会があったから、私が日本を代表して?!忠告?!しておきましたよ。私も彼も、何の影響力もない、ふつうの人ですけれど、、、
判決がでた時は、大変な事が起きています!!と、ブログにも書きました。

古代の、日本の国の成立と朝鮮半島の関係について、いろいろ想像するのを趣味のひとつにしてきた私は、以前は、古代にしか興味がなかったのですが、今は、未来のことが心配です。大きな歴史を目の当たりにしているのでしょうか?

この先、どのような未来が待っているのでしょうか〜〜?

枚方・交野の七夕伝説

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交野市駅の近くの逢合橋のそばの石碑です。

枚方市香里ヶ丘には牽牛石が、あります。

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今夜、織姫と楽しいデートができますように
 29日、東京から来た友達が、午前中空いているとのことで、大阪城公園の散歩とランチに誘ってくれました。
 森ノ宮駅で待ち合わせしました。

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 G20サミットで前夜にお食事会があった迎賓館の写真を撮ろうかと思いましたが、そちらの方は、大きな門が閉まっていて、まだ、立ち入り禁止でした。洒落で、「元G(ガール)2」の写真を、同じ背景で撮りたいところでしたが

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 日本各地から応援に派遣された警察の車が並んでいます。

 北浜駅に向かって歩いて、その手前のレストランでランチをしました。
「サ マッシュ」というお店です。
新築のような店内はキレイで落ち着いた明るい雰囲気、お料理も美味しかったです。
前菜は鱧が入ったチーズたっぷりのキッシュで、メインは豚肉にしました。焼きナスの冷たいポタージュは、見た目と味のギャップが良かったです。完全に焼きナスの味でした。美味しかったですよ。

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 今回サミットを東京ではなく、大阪にお迎えできたのは、府民としては嬉しいことでしたが、関係者の皆様は大変だったと思います。お疲れ様でした。無事に終わって良かったですね。

 古代から、大阪は、アジア(世界)に開かれて、要人をお迎えするところでした。大阪を開いた仁徳天皇の陵墓と言われている古墳がある百舌鳥古墳群は、朝鮮半島から船で海を渡って大阪湾に近づいた人々を、圧倒的な大きさで、出迎えました。
 その話は、5月29日のNHK「歴史秘話ヒストリア」で放送されました。
 
 古墳は、当時の東アジア情勢、高句麗、百済、新羅の国の関係から生まれました。
高句麗の騎馬軍団の南下が脅威だった百済は、倭と同盟を結びました。
 そして、百済は倭に鉄の武具を伝えました。奈良は祭祀用の物が発掘されるのに対して、大阪平野では、戦闘用のものばかりでした。
 百済は、漢城(ソウル)を高句麗に奪われ、公州に都を移しましたが、国境を高句麗と接していて、巨大な古墳を造る余裕のない百済は、川岸に斜面がある場所を選び、その上に城を造りましたが、海を隔てている倭には、時間も経済力もかけて、大きな古墳を造ることができたのです。
 新羅の古墳とは対照的でした。
船でやって来て、海上から巨大な古墳を目の当たりにした、高句麗や新羅の役人たちは、それはもう、驚いたことでしょう!

 古墳は、倭を防御する「城」の役割を果たしました。

 列島各地の古墳の特徴を合わせて、前方後円墳の形になり、数千の前方後円墳を海岸や川の交通の要衝に造ることにより、ネットワークができて、「統合の象徴」になりました。
 倭のヤマト政権は、5世紀をそれによって乗り越えました。
 古墳は日本列島の夜明けの記憶を伝えています・・・

・・・と、番組では伝えていました。

 番組の中で、百済の城や、東アジア情勢の話を聞いて、私のファンタジーの1章もそこから始めたなぁ、と思いました。私が興味を持ったのは、もう、20年近くも前のことになりましたが。
 百済の漢城も、公州も、川岸の地形を利用して城を造って都にしています。
 倭で、507年に継体天皇が即位した大阪府枚方市の「樟葉宮」も淀川の川辺です。後ろに男山の斜面があります。古墳もありましたが、京阪が宅地開発をして、今は住宅が建っています。
 
 日本列島が前方後円墳ネットワークで統合されつつある中で、継体天皇は、百済王に請われて大王に即位したのではないでしょうか?

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