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神社仏閣のコーナーです

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2016年7月10日参拝


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櫻井神社の楼門と向かい合うように広場があり












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大神宮への鳥居と階段があります
鳥居の説明板には
「平成25年伊勢神宮第62回式年遷宮
外宮板垣北御門御鳥居」









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こちらは神楽殿です








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階段を上ると、アジサイの咲く参道となり
やがて、常緑樹に囲まれた厳かな雰囲気の参道が現れます






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2016年7月10日参拝

浦姫神社」にお参りした後、「桜井神社」に向かいました





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梅雨時ということもあり、うっそうとした中から蚊が現れ
攻撃を受けましたが、くじけずに階段を上っていきます







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階段を上ってびっくり!
こんなに大きな神社だったんだ







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慶長15年(1610)の出来事は浦姫様のことです









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現在地はこちら











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与止妃大明神=浦姫様ですから、
浦姫様の御神託によって大神宮が建立されたのです









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太鼓橋を渡ると










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石畳が









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御手水









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門が立派なのにまたびっくり!
神額は「與止姫大明神」となっています









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拝殿、本殿はそれ程大きくはありませんでした









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拝殿の上にかけてある神社の説明板です。
浦姫様の所で説明したのとあまり変わりませんので、書き出しはありません<(_ _)>










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本来の神社名は「與止姫大明神」だったのですが、
明治二年に周辺町村の八社を合祀し「櫻井神社」となります。


八神殿(はっしんでん)・須賀神社(すがじんじゃ) 
  【国家守護・悪疫を退ける神】









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日子(ひこ)・楠(くすのき)神社 
  【農業・山の神】
春日神社(かすがじんじゃ) 
  【藤原氏守護・厄除の神】










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そして、「浦姫神社」から何度も話題に出てくる、
1610年の雷雨の日に出現したとされる古墳入り口(たぶん)
それが本殿の後方にあります。









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暗くて手ぶれしていてすみません

ある意味では、こちらがこの神社で一番神聖な場所と言えます
全てはここから始まったのです(はい)

毎年、7月2日(旧暦6月2日)に誰でも入れるそうです
一度来てみたいですね










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反対側の境内です


八幡宮(はちまんぐう) 
  【武運・必勝の神】







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金比羅神社(ことひらじんじゃ) 
  【航海・金運の神】









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二見が浦遥拝所(ふたみがうらようはいしょ) 
  【縁結・夫婦円満の神】









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櫻井猿田彦神社(さくらいさるたひこじんじゃ) 
  【導き・災い除けの神】









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猿田彦関係の石碑もたくさんあります









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塞の神(さいのかみ) 
  【病や怪我を治す病気平癒の神】

参拝順序がよく分からなかったので、何となく回りましたが
全くずれていました


さあ、次は桜井大神宮に行きましょうか








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2016年7月10日参拝

筑前黒田家の尊崇社である「桜井神社」へ参拝に行く前に
寄らなければいけない神社があります。





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それがここ、「浦姫宮(浦姫神社)」なのです

桜井神社から少し山手に登ったところにあります。



浦姫
櫻井村字浦にあり、箪の居住せられし岩松の城屋敷址なり。祭辰榔塞餌にして、祭日は十二月二日(箪の命日)なり。  
昭和2年発行 『糸島郡誌』 糸島郡教育会編








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浦姫様がいなかったら、この糸島地域に黒田家の尊崇社は造られなかったのです









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浦姫伝説   長いですが、じっくり読んでください。

慶長十五年(西暦1610年)のことです。糸島一帯が大暴風雨に襲われたとき桜井の三郎畑という小高い丘に大きな岩屋ができました。
 これを見ようと村人が大勢集まりました。その中の山伏が「神様の岩屋だから,人は出入りしてはならない」と厳かにいうと,人々は跪き拝むのでした。その人達の中に浦新左衛門毎治の妻女がいました。
 その夜妻女が眠りについていると,夢の中にその岩屋が現れ,その中に運ばれていきました。奥深いところで神々のお姿にふれ伏し拝みますとキラキラと輝く小石が飛んできて,顔に当たりました。夢から覚めた妻女は神のお告げのもと,五年の辛い修業を行い,正確な予言をするようになりました。その後,浦姫様と呼ばれ,評判は福岡の黒田忠之公にまで届きました。忠之公は,真偽を確かめるため使者を遣わしましたが,「私には人の心など物事すべてがわかるのです」といって,使者の浦姫への疑念や城を出るときの様子などを,見透かしたように言い当てたのです。
 敬服した使者が福岡に戻り,忠之公に事の始終を報告しますと,忠之公はすっかり感心されました。その後黒田藩にお家騒動が起こり,幕府から呼び出されることになりました。忠之公は家老を江戸へ上らせたものの不安でならず,浦姫のもとへお忍びで行かれました。江戸の成り行きを尋ねますと,浦姫は庭にある榎の大木に登り,江戸の方を見つめ一心に思いを凝らします。しばらくすると,浦姫の心に江戸城の裁きの様子が映り,家老の明快な返答ぶりを教えてくれました。
 忠之公は,その信じられないような能力に驚かれ,後に浦姫の話が事実と少しも違わないことを知るとその信頼は益々深まり,難しい事が起こる度に相談されたということです。
 浦姫が登ったといわれる榎は枯れてしまいましたが,その古株から芽を出した若木は浦姫の生まれ変わりだと,長く言い伝えられてきました。
資料 郷土のものがたり 福岡県発行
   糸島伝説集 糸島新聞社発行



その後、浦姫様を信じまくったお殿様が、御神託に従って天照大神を祀る桜井大神宮、さらにその隣りに桜井神社も造らせたのです。
まだ江戸時代が始まったばかりでしたので、それ程まで浦姫様は有名にならなかったようですが、幕末から明治にかけての時代に現れていれば、浦姫様を教祖とする一大宗教ができていたのではないでしょうか?
何となく、大本教の出口なお、天理教の中山みきを思い浮かべてしまいます。





それでは、お参りもしましたので「桜井神社」に向かいますか





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2016年7月10日参拝


唐津から国道202号を前原方面へ進んでいると
海に付きだした、小さな小島? 半島?が見えます
これが箱島様です

以前から知ってはいましたが、駐車場がないのでなかなか足が向きませんでした。
しかし、今回は訪れるつもりで来ていますので
交通量が多くて、ちょっと怖いですが、路肩に駐車してから参拝します




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本当に小さいですね〜







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コンクリートの橋? を渡っていきますが
左右の見晴らしはいいですよ〜






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左は唐津方面







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右には「可也山」が聳えています
外海なので、水もとってもきれいです






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祭神は
・塞坐三柱大神
・西宮大明神
・愛染明王
です。

由緒
 塞坐三柱大神とは、八衢比古神、八衢比売神、久那戸神で、村境等に祀られ、禍津神の侵入を防ぎ、村中を守ってくださる神様です。
 西宮大明神は、兵庫県西宮市鎮座の西宮神社(西宮恵比須)の神様で、主祭神は蛭児大神です。恵比須様は世を救う神、大漁の神として、海産物を交易する市場、商店の守り神として信仰され、更に商売繁昌の神としての信仰が全国的に広がっていった。
 愛染明王は、奈良県西大寺に本山があり、真言密教の神、愛欲を本体とする愛の神で、近世では恋愛を助け遊女を守る神としても信仰され、『この明王を信仰すると美貌になると信じられていた。』と言う。
また、箱島様には火吹き竹が奉納されているが、火吹き竹で耳を吹けば、耳の病が治癒すると伝えられている。


※八衢比古神、八衢比売神、久那戸神
岐の神(くなと、くなど -のかみ)、とは、日本の民間信仰において、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされる神である。この神は、『日本書紀』や『古語拾遺』ではサルタヒコと同神としている。また、『古事記伝』では『延喜式』「道饗祭祝詞(みちあえのまつりのりと」の八衢比古(やちまたひこ)、八衢比売(やちまたひめ)と同神であるとしている。

禍津神
禍(マガ)は災厄、ツは「の」、ヒは神霊の意味であるので、マガツヒは災厄の神という意味になる。
(ウィキペディア)





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階段を上がると小さな祠があり






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その中にもラミネートされた説明書きがありました。

箱島様
祭神 塞坐三柱大神(八衢比古神、八衢比売神、久那戸神)
西宮大明神(西宮恵比須)
愛染明王

例祭 4月21日
○塞坐三柱大神は、村境や道の交差点等にお祀りされ、禍津神の侵入を防ぎ、村中を守られるという、猿田彦神、庚申様と同じような御神徳の神様です。
○西宮大明神は、兵庫県西宮市社家町鎮座の元県社、西宮神社(西宮恵比須)のことで、主祭神は蛭児大神、そのほか天照大神、須佐之男神、大国主神をお祀りしています。
 和同5年(712年)に編纂された、古事記という最も古い本によりますと、伊耶那岐、伊耶那美男女二柱の神が天の御柱を行き廻りて国生み(美斗の麻具波比)をしようと約束され「汝は右より廻り逢え、我は左より廻り逢はむ」と申されて廻り逢われた時に、女神の伊耶那美命が「あなにやし、え男を」と言われ、その後に男神の伊耶那岐命が「あなにやし、え娘子を」と言われた。女人先だち言えるはふさわず、結果として子水蛭子を生まれた、その子は葦船に乗せて流し去った、と記されております。蛭児が流れつかれた所が西宮で、その地に西宮神社が創建された。恵比須様は世を救う神、大漁をもたらす神として、海産物を交易する市場、商店の守り神としての信仰が広がり、更に商売繁昌の守り神としての信仰が全国的に広がって行った。
○愛染明王 奈良県西大寺に本山があり、真言密教の神、愛欲を本体とする愛の神、全身赤色で三目六臂頭に獅子の冠を戴き顔には常に怒りの相を表す、近世では恋愛を助け遊女を守る神としても信仰された。また、俗に「この明王を信仰すると美貌になると信じられていた。」と言う。
また、箱島様は耳の病の神様として信仰され、火吹き竹で耳を吹けば、耳の病が治癒すると伝えられている。 (平成18年4月 宮司 空閑俊明)


この明王を信仰すると美貌になる
奥様にもっと真剣にお参りしてもらわないといけませんでしたね(笑)


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いい釣り場なのかな?
たくさんの方が釣りを楽しんでおられました。






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2016年5月5日参拝


佐賀県唐津市の厳木ダム堰堤の下にある、広瀬地区に鎮座しています







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これが一の鳥居かな?
普通車なら通れます










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そしてすぐに次の鳥居









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抜けるとすぐ左手に神社はあります
駐車場は結構広いです(はい)








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御由緒  見えないので書きだしますね


1 神社名     天山神社(旧郷社)
1 御鎮座地   佐賀県東松浦郡厳木町大字広瀬四〇番地
1 創建      大宝元年(西暦七〇一年)
1 御祭神     天御中主命(天地創造の神)
           倉稲魂大神(食物を司る神)
           湍津姫
           市杵嶋姫          宗像三女神
           田心姫           (海原の守護神)
1 境内神社
           八幡神社、八坂神社、黒尾神社、
           宮地嶽神社、天満宮 
1 祭典      略

1 沿革      
「抑々四十一代持統天皇の御代異国人鎮西対馬に来舶して、将に異国の風俗を拡めんとす。因って〇に参議藤原安弘勅命蒙りて之を退治す。時に天皇其の功を賞して晴気の里を賜ふ。民人安弘の徳を慕ひて集り来リて天山の下に住む。是に於いて天御中主命を天山の頂上に祀りて庶民擁護と〇し、五穀豊穣を祈れり。年ありて然る後、文武天皇の大宝元年辛丑歳十一月十五日、白雲天山を覆い散じて本山・広瀬・岩蔵の上に至り留る。これに由りて安弘、又天御中主命を此の三池に勧請して以て天山大明神と言えり。其の頂に在るを上の宮と号し、其の下に在るを下の宮と号す」原文の通り。
即ち当天山神社は上・中・下宮よりなり、天山頂上に近い池の辺に享保五年(一七二〇)の奉建された石祠の上宮があり、小城町川内分校付近に巨石を神体とする中宮があり、更に小城町晴気岩蔵と厳木町広瀬の三ケ所に下宮がある。
室町末期獅子ヶ城主鶴田越前守前は、当社を祈願所として尊敬し、社殿の修復造営は勿論、社領も寄進していたが藩政時代に入り元和二年(一六一六)寺沢氏の検地によりすべて没収された。
                               平成十三年十一月吉日
                                奉納     氏子一同



説明板を読んでいて一番驚いたのが、
祭神に「天御中主命」が入っていることでした。
天御中主命は古事記の冒頭、天地創世・天地開闢神話の最初に登場しますが、
出てくるのはそこだけなのです。

なので、全国的にあまり祀られていないんですよね。
それに、現在祀られている神社は明治になってから祭祀が多く
このように、古い時代から祀られている神社はかなり珍しいと思われます








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正面からです










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階段がコンクリート製でしっかり補強されています
浮立が奉納されるので作り変えられたのでしょうが
手すりがしっかりと付けられているところに、地域の高齢化の進み具合がわかりますね









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神額と拝殿です











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左手に社がありましたが、説明がなくて良く分かりませんでした
境内社に、八幡神社、八坂神社、黒尾神社、宮地嶽神社、天満宮があると
説明板に書いてありましたので、その中のどれかでしょう









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右手には立派な回廊がありますが、かなり痛んでいます
小さな地区だけで神社を維持していくことは大変でしょうね
今後も過疎化が進んでいくでしょうし、やがてこの回廊も……








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拝殿前の狛犬








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裏に回ると、本殿と「宮地嶽神社」の鳥居がありました











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境内社にしては立派な鳥居ですね










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宮地嶽神社本殿です









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修理は少しずつ行われているようですね
観光客が来るようなところではないので、
本当に維持していくことは大変だと思います
しかし、何とか未来に残していきたいものですね









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本殿裏にも入り口があり、鳥居も立ててありました



社務所がないので、当然御朱印はありません(はい)






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