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奥羽山脈にある栗駒山に雪解けがはじまって、
山の中腹付近に若馬の形が現れ始まる頃、 迫川(はざまがわ)にそって、仙台藩と秋田藩を結ぶ、 谷沿いの街道には水仙が顔をのぞかせた。 花山郷というのは現在の宮城県の温湯(ぬるゆ)温泉の付近で、 欅(けやき)つくりの番所すなわち、国境の関所があった。 この温泉はもとはというと寒湯と書いてぬる湯 と呼ばれていたがいつのころからか、熱い湯が出るようになって 温湯と書くようになった。 この温泉の近くに、妙見山があって北辰妙見と呼ばれていた。 このあたりの村に一人の若者がいて、毎日早朝山に登っては もくもくを剣の修行に励んだ。 その若者の名は千葉幸右衛門といった。 剣術の腕前はなかなかのもので、近在では音に聞こえていた。 しかし武士とは名ばかりで普段は山間の田畑を耕している。むろんそれだけでは食べてゆけないので。見よう見まねで、覚えた 馬医者見習で、日々の足しにしていた。 ところがある日のこと、忽然と姿を消したかとおもうと、数年後、小さい子供をつれて舞い戻った。 子供の名前は於菟松(おとまつ)といった。 のちの千葉周作である。 |

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