不刀 庵 閑話 シーズン2

剣道の故きを温ねて、新しき人生を知るブログ

歴史探索

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              月毛馬関連資料より             
 
数に勝る越軍は鶴翼の裏側に回りははじめた.
武田の赤備えの騎馬諸将が撃をとばすも,体勢は容易に戻ることがなかった.
越軍黒備えの一団が本陣旗本に切り込みはじめた.
 
山本勘助が妻女山の伏兵に翻弄されているとき,一人の伝令が馬に乗ってきた.
背中には折れた矢が一本突き刺さっていた.
 
「申し上げます.御館様本陣前に上杉全軍が迫っておりまする.急ぎ八幡原へ」
片目である勘助の瞳が張り裂けんばかりに開いたかと思うと
「すわ,一大事,たれか,幸隆にも伝えよ」
というが早いか,馬上の人となった.
勘助が八幡原に差し掛かった時には,巳の刻(午前10時ごろ)を過ぎていた.
 
幸隆は山の伏兵をそこそこに,しんがりを守りながらそのあとを追った.
もしこの武田の別働隊の到着がおくれていたら,日本の歴史はどうなっていたであろうか.
上杉が関東の覇者として,北条を抑え,京都の中原に出てきていたかもしれない.
 
一方武田本陣には,3人の武将がいた.中央に白熊毛の兜に,八幡太郎以来の家宝楯無の大鎧を付けた武将.両脇にも赤糸縅の大鎧に身を包む武将がいた.
にわかに,信玄のもとに伝礼が次々にやってくる.
一人左脇を固めていた武将が立ち上がり,中央ではなく右端にいる武将に配礼をした.
「兄上,それがしの出番でござれば,ご免」
というが早いか,中央の武将にも一礼して幕外に姿を消した.
信玄の周りには影武者が多い.いずれが誰なのか
検討もつかない.
 
この様子を小高い丘から眺めている武将がいた.
白い僧頭巾に蒲団鉢巻,馬はひときわ目立つ色で,緋の回しを付けている.
しかし,所謂白馬ではない.
この馬の名は,放生月毛(ほうじょうつきげ)毛並みはつややかにして,所謂月毛(クリーム色)
である,ここでいう放生は仏教の殺生戒を表す用語で,その昔,渡来人が縄文土着民の反乱を
鎮圧し,殲滅した民の魂,すなわち無辜(無実の罪で死んだ)の人々の怨霊を鎮める為,,生きもの(鳥や魚)逃がすことを放生(ほうじょう)といった.宇佐八幡などでそれが儀式化し,同音の豊穣(ほうじょう)と結びつき,今日,若狭小浜の放生(ほうぜ)祭にその名残をのこす.祭りの中でも神輿を担ぐ神官の衣は黄色であり, 
 秋の夜空に掛る満月の色を表す.
名馬の名はその月の色にちなんだものといえる.また騎乗の人はまさしく不識庵謙信であったならば,
義のために戦う,それ以上の無駄な殺生を欲するものではない.愛馬,放生(ほうじょう)にも,この乱世に
あって平穏浄土を求める願いを託すのであった. 
 

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