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中国に武術がうまれるのは、やはり邑が都城となり、それが領土を持つ国となり、
国同士が抗争する。 そこに戦いのあらゆる科学、さらには天候、暦、医学、
舟運、陰陽五行の哲学、易卜が生まれた。 神話伝承の時代、三王五帝があり、黄帝が
中国文化の起点として神格化され、すべての学問はその支流を形成する。
太公望の時代は紀元前11Cで、甲骨文字と占いにより吉凶を予言する呪術師(鬼道)
が戦の結果をも予言し、すべての経済活動を支配していた。 黄帝のように神話としてではなく
一人の人間として、戦略家がここに実在し、中原の天と地の間にいた。
用兵軍略の科学がこの初老の男に始まるとすれば・・・・単なる釣り人とみるには
あまりにも惜しいといわなければならない。
日本でいうならば、京都が戦乱に明け暮れる前、北の山を住いとする「役の小角」
(修験道の行者)が京七流の基礎になったことに似ている。史実としては裏付けが
薄い。
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