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今日も渭水の水は滔々と静かに北東に流れている。赤茶けた水は黄土の豊富な栄養を運んでくる。 呂尚(後の太公望)は若き日の諸国行脚の旅を思い浮かべていた。武者修行、難行を積み、兵法の一流を得た。 しかしながら時を得ず、只河に釣り糸を垂れる毎日であった。 魚が時々係るものの、糸を引き上げる間にはずれてバレて逃がしてしまう。そもそもこの初老の隠居には、魚を釣り上げるつもりがないといった方がいいかもしれない。なんとなれば、針がまっすぐでヨリがない。これでは魚に逃げろといっているようなものだ。
日々口に糊をするような自給自足の生活ではあるが、胃袋のことを考えてはいない、いつも老人の頭の中には、天下があった。 「殷の紂王の暴政、酒池肉林は目に余るものがある、これをを止めなれば民百姓の地獄が続く」
東方で修業中、読み書きができたので役人と務めたことがあった。したが、役人の賄賂は横行し、百姓から搾取することが役人の日常で、邑(むら)の荒れようは一様ではない。殷の都は東方にあるが、中国の中心部にあたるエリア(後の関中;渭水流域)にも森林の伐採、稲作開墾が拡大していた。このころ、この地域に周が起こる、周の太祖は常に人材を求めていた。呂尚はさらに各地の情勢を学び、この地に居を定めていた。
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