不刀 庵 閑話 シーズン2

剣道の故きを温ねて、新しき人生を知るブログ

ブンタの剣道千夜一夜

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

無限流開眼

もう一人の剣豪とであった。もっとも北辰一刀流の開組、おなじみの
千葉周作先生の遺稿の中に見つけた。

現在の俳優に見た名前なので思えやすい。剣豪の名は反町無格(そりまちむかく)

文語を要約するとこういう風になる。

無格が諸国武者修行にでたとき、ある山の中で、長い渓流にかかる
一本の丸木橋に出くわした。簡単には渡りにくくく、近くにあった大きな
石の上に腰をかけて考え続けた。
そこへ、一人の盲人が通りすがり、橋に差し掛かった。
無格は内心こう思った。
「此の盲人に渡れるはずがない。・・・・・」
息を潜めて眺めていると・・・
盲人は左右より杖で、橋の様子を確かめながら、何の苦労もなく
向こうに渡ってしまった。
無格これを見て、両手はハタとうって、心中大いに感じる
ところがあった。
「剣道もこのようなものである。とかく眼というものがあるため
迷いや疑惑を生じて、うまくなれない。いっそう眼をつぶした
つもりで修行しなおしてみよう。」
無格はこれより無眼流と改め、修行を励み一流の祖となり
後世に名を残した。

とあります。江戸では無眼流がのこっていたのでしょう。
いずれにせよ反町無格の単純さには敬服するのである。
商売で大成する場合や物事の決断には
ときには、此の単純さが重要な時がある。

これは宮本武蔵の岩尾の身と同意であろう。
今風に言えば、観見の目付けのうち、観の目を強くする
意味であろう。

当方が動かないので、高段者がにぎりよって
「笑止なり、不動の構え、崩して討たせてみよう」
として、近寄ってくるときほとんど討ってでて、しとめられてしまう。
高段者の崩し方をよく見て、見ない。不動の構えで対峙すること
が重要。このとき間違ってもいけないのは、不動受身の構えでない
ことが重要。不動は放心して形無く攻める気勢をひめて、緩み
ないこと。
 
 
かつてシンガポールを陥落させ・・・・「マレーの虎」と呼ばれた山下奉文の話である。
 昭和17年 日本軍は南方軍を中支より増強して、インドネシア、タイ、マラヤに進軍し
 破竹の勢いをもって攻めてゆく。このとき山下大将は、敵将パーシバルとの間に
 「イエス  OR  ノー」の有名シーンをのこしている。
 シンガポール陥落の功績とは裏腹に、再度東條の指示で中国満州派遣され、フィリピン第14方面軍司令官
 なり、最後フィリピン陥落、武装解除、捕虜、戦犯となり、マニラにて処刑された。
 山下大将は情報戦に驚くほど、明るかった。レイテ戦においても彼の判断は正しかったと言われる。
 上層部を彼の情報を無視したために、大敗を喫してしまった。
 シンガポールの華僑は、彼のことは、華僑虐殺の司令官とするのだが・・・・
 シンガポール在住の日本人会の人たちはというと・・・・その武将としての風貌
 にはない、ナイーブで愛国的な教育者の面を強調する。
 
事実、獄中にあって、日本陸軍の本質的なあやまり、自分自身の反省も込めて・・
 また、来るべき新しい(現在)日本に、教育の大切さを遺言として、 したためた。
 
それは、壮絶なる、侍の最後であったと言える。
 
少し長くなるが・・・大変 大事なことが書かれている。
    1つ目は、日本人が倫理的判断に基づいた個人の義務履行。 この倫理観の欠如が、日本が世界からの信用を失ってしまった根本的な原因だと主張した。さらに日本人が間もなく得る自由が、この義務の観念を気づかせるのを難しくさせてしまうかもしれないと予測した。 「自由なる社会に於きましては、自らの意志により社会人として、否、教養ある世界人としての高貴なる人間の義務を遂行する道徳的判断力を養成して頂きたいのであります。此の倫理性の欠除という事が信を世界に失ひ■を萬世に残すに至った戦犯容疑者を多数出だすに至った根本的原因であると思うのであります。 此の人類共通の道義的判断力を養成し、自己の責任に於て義務を履行すると云う国民になって頂き度いのであります。 諸君は、今他の地に依存することなく自らの道を切り開いて行かなければならない運命を背負はされているのであります。何人と雖も此の責任を回避し自ら一人安易な方法を選ぶ事は許されないのであります。こゝに於いてこそ世界永遠の平和が可能になるのであります。」  2つ目は、科学教育の振興。 彼は優れた科学が優れた兵器を生み出すことを認めながらも、核戦争の不安材料を恐れ、破壊よりも科学の平和的発展を主張した。 「敗戦の将の胸をぞくぞくと打つ悲しい思い出は我に優れた科学的教養と科学兵器が十分にあったならば、たとへ破れたりとはいへ斯くも多数の将兵を殺さずに平和の光輝く祖国へ再建の礎石として送還することが出来たであらうといふ事であります。私がこの期に臨んで申し上げる科学とは人類を破壊に導く為の科学ではなく未利用資源の開発或は生存を豊富にすることが平和的な意味に於て人類をあらゆる不幸と困窮から解放するための手段としての科学であります。」  3つ目は、女子の教育。 日本人の女性は、新しい自由と地位を尊び、世界の女性と共に平和の代弁者として団結しなければならないということ。「従順と貞節、これは日本婦人の最高道徳であり、日本軍人のそれと何等変る所のものではありませんでした。この虚勢された徳を具現して自己を主張しない人を貞女と呼び忠勇なる軍人と讃美してきました。そこには何等行動の自由或は自律性を持ったものではありませんでした。皆さんは旧殻を速かに脱し、より高い教養を身に付け従来の婦徳の一部を内に含んで、然も自ら行動し得る新しい日本婦人となって頂き度いと思うのであります。平和の原動力は婦人の心の中にあります。皆さん、皆さんが新に獲得されました自由を有効適切に発揮して下さい。自由は誰からも犯され奪はれるものではありません。皆さんがそれを捨てようとする時にのみ消滅するのであります。皆さんは自由なる婦人として、世界の婦人と手を繋いで婦人独自の能力を発揮して下さい。もしそうでないならば与えられたすべての特権は無意味なものと化するに違いありません。」 4つ目は、次代の人間教育への母としての責任。 「私のいう教育は幼稚園或は小学校入学時をもって始まるのではありません。可愛い赤ちゃんに新しい生命を与える哺乳開始の時を以て始められなければならないのであります。愛児をしっかりと抱きしめ乳房を哺ませた時何者も味う事の出来ない感情は母親のみの味いうる特権であります。愛児の生命の泉としてこの母親はすべての愛情を惜しみなく与えなければなりません。単なる乳房は他の女でも与えられようし又動物でも与えられようし代用品を以ってしても代えられます。然し、母の愛に代わるものは無いのであります。 母は子供の生命を保持することを考へるだけでは十分ではないのであります。 子供が大人となった時自己の生命を保持しあらゆる環境に耐え忍び、平和を好み、協調を愛し人類に寄与する強い意志を持った人間に育成しなければならないのであります。 ..........これが皆さんの子供を奪った私の最後の言葉であります。」
 
日本は世界と出会い、進化しつつあった時代、不幸にして戦争の選択をしてしまった、あるいはそのように
仕向けられたのか(ABC包囲網)?
 
 いずれにせよ、麻薬や大麻の横行し、まん延する自由という時代を私たちは生きています 。 今に生きておられたら・・・・・どのように・・・・
 
もうひとつ・・・・シンガポールのある人は、私にこういうのです。
「やってみて、やらしてみせて・・・ほめてやらねば・・・人は動かぬ」
山下 大将の よく言っておられた言葉です。 ・・・・   と。
 
      
https://fight.blogmura.com/kendo/ブログ村 格闘技 剣道
https://ping.blogmura.com/xmlrpc/9gpsiom5oetp
 
柳生新陰流の目録
 
進履橋(しんりきょう)とは何か?
のちに、宗矩の書いた「兵法花伝書」
にある。
「進履橋」「殺人刀」「活人剣」の三部構成の基本となるもの。
一流の奥儀を習得したものにだけ、このうちの「進履橋」
の別目録が印可として渡された。
 
圯橋・進履橋 (原典) の話から・・・
 
張良は劉邦(漢の高祖)の軍師で・・・
張良の修行時代( 下邳 と 変名していたころの逸話)
 
前漢,張良の故事。秦の始皇帝暗殺に失敗した張良が,圯橋(特定の地名とも「壞れた橋」の意味ともされる)に佇んでいると,一人の老人が橋の下に靴を落とした。張良がとってきて捧げるとまた落とす,それが三度に及んだ時,老人は明日の何々の刻にここにくるようにと告げて去った。翌日張良が指定された場所に赴くや,老人は彼の遲れてきたことをなじり,再び時を告げて去る。次に逢った時
また遅れたといわれ、暗いうちから待っていると
,ようやく彼は自らの正體(仙人・黃石公)を明かし,祕傳の兵書(太公望の兵書との説)を授けて去った。
以後、劉邦と項羽 の物語、で大活躍。
 
これが、なぜ、柳生新陰流の精神基盤になっているかというところである。
 
イメージ 1

 私見で恐縮ながら、 石舟斎(柳生宗厳)が上泉伊勢守秀綱との出会いに似ているような
 気がする。 
 「参りました。弟子にしてください。」と懇願する石舟斎
 「いやいや、貴殿は相当の使い手、弟子などとはとんでもない。」
 秀綱は3度断ったものの、あまりにも石舟斎が懇願するので
 これを受けて了承した。
 秀綱は柳生にとどまり、石舟斎に新陰流の奥義を伝授してゆく。 
 やがて秀綱が上州に帰る日が来た。
 「宗厳どの、よく短いうちにここまで修得せられた。これよりのちは、当流の
 精神を汲み、無刀の技を磨き参らせ、活人(かつにん)の剣を完成されたし。」
 石舟斎の目に涙がこぼれている。
 戦乱の世を終わらせる。大いなる兵法とは、人を殺さず生かす道。
 それは、剣の理によって磨かれる人としての道であり、秀綱の石舟斎
 師匠と弟子、双方の願いでもあった。
 
 「確かと、お承り仕り申した。それがし一身、仮令、技煉鍛途上にて死するとも、悔いなし。
 必ずや、新陰の神刀を絶やさず、天下安寧、武士の心得大用につながる技。活人無刀を
 完成させる所存にござりまする。」
  その後、石舟斎の鍛錬が続く。
 やがて・・・
 石舟斎は「無刀取り」を完成させる。
 徳川家康が、その石舟斎の技を見分した時、
 「天下無双の技」 と評価したのみならず、その戦争哲学
 「活人刀(かつにんとう)」 こそ、来るべき太平の世にふさわしい。
 武士の教育哲学となると確信したはずである。
 「技は百流、あれども、心根の拵え、柳生にしかず。」
 
 常に戦争には理念が必要。戦いは不詳の器。
 悪であるから、やるべきではない。
 でもどうしてもやらなくてはならない時がある。
 その時に、どう生き残るかのすべ、術こそが武術であろう。
 
 しっかりとしたもの、心技体を持っていて、平和を望む。
 これは、強いものに追従する、表面的平和主義では決してない。
 剣理の追及は・・・・大いなる兵法に繋がる橋であり、忍耐と努力。
 常に審理を求め、探究し、工夫することが安定につながる。
 大器大用の兵法(政策)につながる。
 
 円高に踊らされず・・・大国エゴに左右されない、小国家のあるべき姿。
 この中に隠れていませんかね。大事なのは、工夫と研鑽。
 太公望の知恵とは・・・・いかなるものか?よくよく吟味すべし。
 
      
https://fight.blogmura.com/kendo/ブログ村 格闘技 剣道
https://ping.blogmura.com/xmlrpc/9gpsiom5oetp
 

則天去私

 
 確か、夏目漱石の好きな言葉にそういうのがありましたが・・・・
 
 どうしても、自分の打とう勝とうとする、独りよがりの剣道。
 
 特に、2段、3段 までの学生剣道に最も多いケース。
 
 理由は体が若くてよく動く、あるいは勝手に動いてしますケース。
 
 それが、試合剣道で出てしまうとき、負けるケースが多い。
 
 気を持続させ、落とさず、最後まで、「粘る」ことが試合剣道に
 
 特に必要。つい先先を打とうと思ってしまう。
 
このたびの国体、男女ともに 千葉県が九州勢を打ち破った。
 
その戦術は、打つための間合いを取らさない戦法が目立った。
 
これが若し、真剣の実戦であれば、どちらも死んでいるだろうなと・・・・。
 
竹刀剣道として、千葉県のこの偉業を評価する場合も多い。
 
7年前から、強化選手を認定し、強化訓練を実施。
 
剣理よりも試合を理を徹底的にたたきこんだ。
 
このことが、今後の剣道にプラスになれば・・・・・・
 
これも是としなければならないだろう。
 
相手に有利な間合いを取らせない。先で打って、間合いを破り、
 
切れて、あせって出てきたところに 乗る剣道。
 
それが、則天なのか、自然の理なのか?
 
しかし、少なくても、自分を殺していたことも事実であろう。
 
極度にまで自分を殺した側に、天は味方したのかもしれない。
 
 
 
      
https://fight.blogmura.com/kendo/ブログ村 格闘技 剣道
https://ping.blogmura.com/xmlrpc/9gpsiom5oetp
 
 
 
 
イメージ 1
斬釘截鉄(ざんていせってつ)
 
これも禅用語で、碧巌録* にでてくる言葉ですね。
 
鉄釘であって、これを斬り、鉄の棒であってもこれを、截だんする。
何があっても、自分の刃筋を、曲げられない。
 
その気持ちが・・・柳生新陰流 の 切り落とし技の一つとなった。
腰を得て(居合腰として)、手の内を龍の口(たつのくち)とすることで、
背筋から押し出され、地面に体を落とし込んだ安定感のある。
切り落とし。
 
一刀流の切り落としを、さらに進化させたもの。
 
気持ちは「神に逢うては、神を斬り、仏に逢うては、仏を截る。」
こころ。
 
竹刀剣道の軽さ、をいさめる言葉といえるだろう。
 
わが師匠、その若き頃、小野派一刀流を学んだという。
 
どうりで切り落とし、 未だにかなわない。
常に工夫し、進化させることが大切。
 
奥が深い。
よく練習している、相面ではない。
 
切り落とす、歯筋が強ければ・・・・・
 
あいての竹刀は、決して、わが面を掠ることもない。
 
碧巌録: 中国に渡来した、インド僧、達磨大師ほか禅の高僧のことば、禅問答を収録した
      もの。
      
https://fight.blogmura.com/kendo/ブログ村 格闘技 剣道
https://ping.blogmura.com/xmlrpc/9gpsiom5oetp
 

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
bunta
bunta
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(22)
  • kar*wei*
  • HKTくん
  • mirara
  • 炎の女 みほ
  • つむちゃん
  • sachiko
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事