不刀 庵 閑話 シーズン2

剣道の故きを温ねて、新しき人生を知るブログ

ブンタの剣道千夜一夜

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遠山の目付け

目付けが出たところで、ついでに考えたいと思います。二星、嶺谷、遠山の目付け。又、道聴塗説といわれるかもしれませんが、大事なことなので書いておきたいと思います。新陰流と一刀流で、二星についての考えが違うかもしれません。目下研究中ですが、二つの説があります。星とはすなわち両方の目、相手の目の動きですね。さらにもうひとつの説は二つのこぶしです。どちらが、相手の心や動きを反映するのでしょうか?目が先なのか、拳が先に動くのでしょうか。
嶺谷とは相手が上段に構えたときの両方のひじ、すなわち左上段のとき、相手の左は山の嶺、右は谷になっています。最後は遠山の目付けです。これは良く言われていますから、ご存知の方が多いと思います。
相手のまだ向こうに見える遠い山を見るように、相手の打突部位にとらわれない。一点にとわわれるとすぐ他のスキを打たれることが多いですね。相手の動きを全体で捉える目とその起こりと匂いをかぎつける目のつけどころのことですね。
 
高野佐三郎先生はこの言葉で、「遠山の目付け」を説明しようとしました。
ここでいう水月は、水に映る月影の意味です。湖面に月が映っていて、少し波があります。一つの波に写る月影を凝視すれば、ほかの波に写る
月影を見ることができません。大きな木の赤い葉一枚にとらわれては
ほかの葉っぱが見れません。
現在風にいうと、周辺視野。
冷静に全体をみる力です。
この水月の矩も、もちろん、その前に自分の心がくもっていたり、何かに捉われていてはこれも、出来ない話です。要するに水のような心で
ないと写らないわけですね、月が・・・・・・
また水のような心というと簡単なのですが、
ある意味では、水のような変幻自在で、深み
をもった心でしょうかね。

修練を積んで、体の中に技が溶け込んで、頭の中に自動対敵回路の
チップが埋め込まれていて、考えずに反射的に平らかにして、勝つ
ことができる余裕。これは湖水のような深み。

柳生但馬守宗矩は「兵法花伝書」で
「二星、嶺谷、遠山」と書きました。目のうごき、腕、ひじの動き、
そして相手の体の全体とそれの背景全体を捉える。

でも外人への説明いささか困ります。
 
イギリス人にはビッグベンの全体をみる気持ちといい、アメリカ人には、自由の女神の全体を見る気持ちといったり、要するに周りに山の見当たらない、人たちには説明しにくい。
日本は山国であるから・・・遠山の目付けが説得力を持つ。
 
海外で外人選手を前に説明するときは、その人たちの地理的な環境を考えて
説明を。

これも変幻自在に・・・・・
 

サトリという名の獣

「打つ太刀を切り分け中を突くぞかし  勝負は天にまかしてぞある」
一刀斎の歌がありますが、その意図するところ、千葉周作翁をこのような逸話をつけ加えて説明します。
本文は古文ですが、口語訳します。 

樵(きこり)が山に入って木を切っておりました。 そこへ、サトリという名前の獣がやってきます。
変わった獣なので、樵はこれを捕らえようとしました。
サトリは言います。「お前さん、わしを捕らえようとしているな」
樵は驚きます。この獣が自分の気持ちを先読みしていることに。
サトリはまた言います。 「お前さん、わしが気持ちを読んでいるのを不審におもっているな。」
樵はさらに驚いて、今度はこれをもっていた斧で殺そうとします。
サトリはそれを読んで「お前さん、わしを殺そうとしているな」
樵は、このように思うことをことごとく読まれては、どうしようもない。あきらめて木を切ることに専念
することにしました。
樵は一生懸命、無心に木を切っていますと、斧の刃が抜けて、飛んでいったではありませんか。
そしてそれがサトリの頭を打ち砕きました。獣は二度と言葉を発することはありませんでした。

すなわちこれは、相手が上位段者で、こちらの出方や思うところをすべてよまれているような場合、無念夢想の打突でなければ勝てないものだと。ゆえに練磨すべしと。
 
 
 
自分は手も長い、ついでに言わせてもらえると足も長い。
おなかが出ているので、最近は足が長いようには見えないが・・・。
ついでに、顔も長い。鼻の下も長い。????
 
それは さておき

今、武蔵の五輪書を読み返すと
「しうこうの身と云う事、秋猴(しゅうこう)の身とは、手をださぬ心なり」
とある。
ここでいう秋猴(しゅうこう)とは、手の短い猿のこと。
または、食べ物が十分にあって、餌があっても、すぐに手を
ださない状況にある。ハングリーでない猿。
山には秋になると、柿や栗があって、食べ物が豊富であるため
安易にたべものに手を出さない。
つまりは・・・・・ 

「小手先だけで討って、足がついていってない。アンバランスや」

と昔云い聞かされた師匠の言葉。今日も自分に言い聞かす。

剣道で 「手が早いですね。」と人からといわれると大抵は反対の意味があるので、あまり喜ぶべきではない。
 
反対にテナガザルのように・・・・手だけで打って、体や腰が逃げている場合が多いので、
 
武蔵はこれがいけないという。
 
・・・・体ごと敵に入り込むことが肝心と。
http://koukenchiai-mix.com/skin/dummy.gif
 
http://koukenchiai-mix.com/skin/dummy.gif
表現はどうあれ、相手側の左手こぶしをはずさないというのは、
攻めていって、相手の出方を伺うときに特に重要なのでしょう。
少年剣士であればまだしも、大人でも鶺鴒の尾が大きく上下している場合がありますね、これはすぐにそのリズムに乗ってこられる。
よく、釣りに言って、ブラクリ方式で、波のリズムに合わせて、糸を上下
させるつり方がありますが、ちょうどあの感覚ですね。
武蔵いわく、剣は大工(匠)の仕事に通ず。道具を生かし、木の性質、
節目、表面のきれいなところ、見目の悪いところそれぞれを生かす。
匠の技こそ、剣に通じると。
そしてまた、相手との間に糸を引けとも書いています。
見えない蜘蛛の糸は、愛州移行が陰流を創始したときの糸でもあり、
墨入れから、出した糸でもあります。
武蔵は相手との間にその糸を見ていたのかもしれません。
その糸の相手方こそ、この中墨でなければなりません。
そしてこちらの基点はやはり神妙剣といったぴったりくるように思います。

はなはだ、独流不東流の解釈で申しわけありません。

でも、これだけは言いたいのです。
大事なこと、剣道のキーポイントにはいくつかの表現があり、
それらが少しずつニュアンスをことにしていてもまたそれによって
議論が分かれたとしてもかまわないのです。

たとえば、中段の構えを表現するのに、人の位といったり正眼、
星眼、晴眼、水の位 などなど それらは少しずつ
違いがあったりします。高さも厳密には違います。
中段(攻防)の構えが、それだけ重要度が高いからでしょう。
本多勝一さんによれば、生活の必要におうじて、あるいは環境や
気候によって、必要な単語や語彙(シンタックス)が作られてゆきます。
われわれが普通に雪が降ると表現する場合もアイヌやエスキモーでは
何通りにも種類の違う雪をあらわすことばがあります。
重い雪なのか、軽いふわふわして雪なのか、小さな雪なのか
全て違う単語が存在するわけです。
大工用語であろうが、禅からの言葉であろうが、それを剣道文化として
適切に使いながら、その含蓄に思いをはせることも楽しみとしたいものですね。

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