不刀 庵 閑話 シーズン2

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夏蝉たちの宴 (2)

 
幸村(信繁)にとって,人質時代はそれなりに学ぶところも多かったといえる,武田,上杉,豊臣に仕えながら
それぞれについて,築城,用兵,用間,其の他諸事政りごとに関して,大変な滋養を吸収する機会を得たと
いって過言ではない. 特に武田家の兵法では,軍略,地形,用間(諜報),上杉においては仁義,豊臣においては調略法(戦わずして勝つ)である. これらすべてを戦乱の表舞台にいた武将たちの膝もとにあって,体感し,身につけていった. その意味では,徳川家康も長きにわたって今川での人質時代をおくっている.後年それは家康の家臣団形成や江戸幕府構想の基礎になったといえる.
 ただ,ここに特質すべきは真田家独自の強みというものがあった,それは各武将にとって,幸村を単なる人質ではなく重用するにたるものであった.それは,信濃衆の中でとくに訓練された透破(間者:乱破)すなわち草の者たちの存在である.それは幸村の祖父幸隆(海野幸綱)が大事にしていた組織であった.伊賀にせよ甲賀にせよ,山ぐににおいては,山仕事のほか,農業の限られ,産物も少ない中で,売れるものは山で鍛えた屈強な体であり人そのものであった.武田信玄もまたその価値を十分に理解していたひとりであった.信玄はさらにその怖さを熟知していた.各地に透波を放つと同時に,家臣が領内での僧侶・修験者.巫女などを宿泊させることを禁じた.武田信玄の馬印は「風林火山」であるが,これは孫子の兵法軍争編にある「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆。/其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵し掠めること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し」から引用している。
当然のこと,その孫子の説く,用間(諜報間者を用いること)の法を積極的に取り入れた.
 信玄の軍師,山本勘助は,武田・村上連合軍の信濃攻略によって土地を奪われた信濃衆の中に,伊賀・甲賀
に縁戚のある者たちや透破の訓練を受けた者たち(吾妻衆など)を味方につけることを提言し,そのように動いた.勘助が白刃の矢を立てたのは真田幸隆であった.幸隆は吾妻衆や甲賀につながる信濃衆にも
親しく人望があった. 幸隆にしてみれば,敵であり,土地を奪われた仇である武田の軍師.その勘助が
「三顧の礼」 すなわち三国志において,劉備が諸葛亮孔明を迎えた時と同様に,
 
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説得を重ねてこれを求めた.
このことは,秀吉は隣国美濃の軍師であった竹中半兵衛を獲得したことに奇しくも告示する.
 各地を遍歴し,自ら軍略家として武田家に仕えた勘助にすれば,自分にない諜報を主とする副軍師として
幸隆を推挙しようとしたものであったが,信玄もまたこれを大いに喜んだ. 真田家が歴史の表舞台に登場した瞬間であった.
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夏蝉たちの宴

 
  一般的に幸村として知られる,この武将の名前は実証史学においては「真田信繁(のぶしげ)」とする説が
有力である. 幸村という名前が登場するのは,徳川の世となり,大坂夏の陣から100年ほどたった寛文12年(1672年)成立の軍記 物語『難波戦記』」おいてである.その武勇と知謀はまたたく間に神格化され,庶民のヒーローとなってしまった.時には忍術を駆使する真田十勇士,猿飛佐助や霧隠才蔵が活躍し,独り歩きしていった.
いわゆる悲劇の主人公に対する日本人の「判官びいき」は武士の情けであり,散りゆく者に対する
憐憫の情であるとともに,封建的な「もののふ」の美意識を形作った.日本の精神文化はこのような基盤のうえに
構築されたもので,戦争(太平洋戦争)直後までの日本人の考えかたや組織に対する忠誠心に影響を与え続けた.
 それにしても,その生涯は,信濃小県郡の小国にあって,甲斐の武田,越後の上杉と大国に挟まれ,武田から
上杉へ,そして豊臣から徳川という転変の渦中にあった.
その50年に満たない人生は,18年以上も実質的には所領を安堵されるための「人質」という立場にあった. それはあたかも,長い土中の生活を終えて,短い夏を燃え尽きる「蝉(せみ)」のようなものであった.
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国境というもの・・・
多くの大陸では、陸のなかに境界線を挽く、「その境界線というのは
戦争や歴史の積み重ねの中で、民族と民族が申し合わせて決めてきたもの」
欧州共同体の境界は、 たとえば、いつオーストリーとスイスの間をいつ抜けたのか
分らないうちに、バスが通っていく、あるいは列車で抜けてします。
ついたら別の国である。それほど国境に、怖さも緊張感もない。
この感覚はどこから来るのだろうか?
オーストラリアやニュージーランドの牧場に行くと、境界線が見当たらない。
お隣と内の境界線もあっても、境目が見た目には分らないし、家畜をというと
自由に行き来している。牛は耳に印のテープをつけている。これによって、
飼い主は把握している。隣の牧場で草を食べていても、アップセットしない。
どちらかというと、この感覚に近い。 羊や牛の数に比べて人間のほうがはるかに少ないのである。
 
アジア共同体構想・・・ これもそのようにできるだろうかという話なのだが、
貿易の関税を撤廃して いわゆるFTA(自由貿易協定)によって、
統合していこうとするが、経済回廊で、比較的に国境の手続きがスムースであるところ
とうるさいところがある。 現実には地雷がうまっていたりする。
国境がワンストップ(一個所で出入国をやる方式)を検討して動いています。
 
その境界線に両国の便宜を図り、往来を増やすと経済が豊かになる。
国のちいさなところが大きな国に飲み込まれる。という従来の概念。
そのために、国境、や海の境界線を守ってきた。
確かに、中国の大国化がいま脅威となっている。経済力、学力、政治力、軍事力
すべに追い越された。 唯一残るのは、人間開発度。これも見方によれば。
厳しいという人がいるかもしれない。
あるいは、一人DGPの違いが今のところある。 もし東アジアに国境がなくなったら
なにがどのように通過していくだろうか?
日本の若者フリーターや年配の技術者は上海に行くだろう。
中国の田舎の若者は、教育の面で上海に行くかもしれないが、
日本にはグローバルなビジョンがあるので、それを求めに
多くの学生が流れてくる。今よりももっと・・・・・・
当然若者の職場は、もっと少なくなった 競争が激しくなる。
大手家電メーカーでは、日本人よりも留学生を多く採用し始めている。
将来、アジアでの販路を確保するための、戦力として養成するためである。
中国での市場は、韓国も非常に力を入れている。
営業力は日本を凌駕している。
「どのような境界を 、何が通過していくのか」
 
間違ってもミサイルや爆弾がとおっていってはいけない。
人・モノ・カネ が正しく技術移転のために、動くのであれば
双方にメリット(ノウハウと安い人件費)があるだろう。
デモですよ。
 人・モノ・カネに伴って、情報が通過すること。
これが新しい課題。国境に対峙する民族が平和共存していくために
流れてはいけないものがある。
それは、特殊な情報ですね。
軍事技術、情報、武器の使うノウハウ。
つまり、人を殺すための 情報
これは、かくしてためて、使わない。
みんなが持たないようにしよう・・・という理想主義を
掲げても仕方がない。
また、公開してもよいもの、舟がぶつかってきたとか来ないとか
そんなものは、隠して、こそこそしていたら
国民の信頼を損ねる。
それよりも、流れてはいけないものがある。
 
国境を越えてはいけないもの・・・・がある。
ある種の情報。 これからどう守れるか。
今の政府に守れるか?
 
 
 
 
 
大阪 「近つ飛鳥博物館」の文化財を 世界の人たちへアピールすること。
大事なのです。
 
博物館の説明に・・・いかのような・・・・
 
「近つ飛鳥」という地名は、712年口述筆記された「古事記」に記載がある。履中天皇の同母弟(後の反正天皇)が、難波から大和の石上神宮に参向する途中で二泊し、その地を名付けるに、近い方を「近つ飛鳥」、遠い方を「遠つ飛鳥」と名付けたというもの。「近つ飛鳥」は今の大阪府羽曳野市飛鳥を中心とした地域をさし、「遠つ飛鳥」は奈良県高市郡明日香村飛鳥を中心とした地域をさす。
「近つ飛鳥」の地は、難波の津と大和飛鳥を結ぶ古代の官道──竹内街道の沿線にあたり、周辺には大陸系の遺物を出土する6世紀中葉以降の群集墳が広がっている。
 また、南部の磯長谷には、敏達用明聖徳太子推古孝徳の各陵墓指定地など飛鳥時代の大古墳が集まっていて、俗に王陵の谷とも呼ばれている。
「新撰姓氏録」によると、当地周辺には百済系(飛鳥戸造、上曰佐)、新羅系(竹原連)、中国系(下曰佐、田辺史、山代忌寸)の渡来系氏族が居住していたという。
                               (近つ飛鳥博物館パンフ 紹介文 より)
 

 保存や維持管理を経費節減や、どこかの設備と合併させて、合理化をしても
 仕方がない。 それよりも、この展示物を外国の観光インバウンドに使うこと
 を地元の観光化と協議・・・
 
 韓国の観光公社の意見をきき、慶州観光にヒントを得た
 観光ラインの乗せること・・・・・重要です。
 
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日本の古代博物館すべてに言えることですが・・・・
学術研究・・・遺跡保護・・・・管理
とすべて・・・・・  そのコンセプトは、関係官庁の天下りで、
小学校の遠足や社会見学は着ているのに・・・・
いつも・・・・ 市民社会から多い存在であったり、
なじみがなかったり・・・ どこも閑散としていて・・・・
 外人観光客が来ない・・・・・・
 
大阪の見どころ、観光コース、
大阪城・水族館・日本橋電気屋街 のパターン
誰が考えたのか このワンパターン
 
自分たちの文化をアピールするのが
へたくそすぎません か ?
 
大事なものがいっぱい ある大阪 日本文化を
見せること。 もっと大切ですよ。
たこ焼き? それも文化やけど・・・・・・
 

日本武尊とモン族

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話をいったん、3世記のころに戻したいとおもいます。
まだ九州を中心に諸部族が小国を営んでいます。
九州全体で、20万人いるかいないかくらいのころです。
卑弥呼は辛うじて、その呪術で辺境の国くにを従えています。
やがて卑弥呼が亡くなり、弟が王位につきますが、国が乱れて
内乱で1000人ものひとがなくなります。
当時の状況で1000人も死ぬことは、収穫やいろんなものの
生産に影響します。

そののち、卑弥呼の縁戚の台代(いよ)があとを継ぎます。
このあと、中国は小国乱立し、隋がとういつするまでの間
中国の歴史書も少なく、日本はというと漢字がなく、紐や
縄を結んだもので、文字の代わりとしていましたから・・・
あとは口伝でしかありません。倭という国(倭奴国連合)
とクマソの国の連合体が対立していましたが、
台代(いよ)から何代か何世かの子孫に・・・日本武(建)尊
にあたる人物が現れます。

ここは歴史の空白ですから、想像の域を出ませんが・・・・

いきなりですが・・・戦前の学者で、倭武王(日本武尊)の研究者
が面白いことを書いています。 クマソにはインドネシア系グループ
と、モン族(中国では 泰族、あるいは苗族 あるいは雲南の倭族にちかい
ちなみにミャンマーではジンボー族またはシャン族)の系統で、
特にラオスから来たモン族(低地ラオ・高地ラオ別の言い方では
青モン、白モンに近い)が日本に流入し、住んでいたとの先行論文を書いています。
ラオスのモンは北部全域で最も多い少数民族で日本人のような顔つきをしています。
衣装、薬、生活習慣など独特です。 仲間意識が強く、仲間と他人に対する扱いが極端に異なる。
独自の文字も持っていました。これらの流入先住民または先住縄文人を攻めて
従えることに成功しました。このころには鉄器による剣を武器として、馬をそのアシとして
九州の原野を駆け巡ったに違いありません。

武(タケル)は女装してクマソの酋長の宴に忍び寄り
これを誅殺、併合して東征を始めます。
その時に、さらに技術集団、秦氏(北九州から中国にかけての豪族)の助けをかりて
いるはずです。この集団とは早くからつながっていたに違いありません。

各地の残る、徐福伝説はこの武(タケル)の東征にコースとしてはダブりながら
時空的にはそれに先行してます。秦の臣下で薬草調査を命じられた徐福は、
遭難し、日本の流れついて・・・日本を転々としながら、先住民を教化したという
伝説です。その時の一行は3000名の大船団だったことが中国の歴史書に
あります。 秦氏の子孫がもっていた漢字に書いた地理的な情報が武の東征を助けたのでは
ないかと・そうすれば・・武の大和建国が現実味をおびてこないでしょうか?

・・技術集団秦氏と天皇家はある一定の間隔をおきながら
聖徳太子の時代まで続くことになったのではないかと推測するのです。

写真:ルアンパバン ラオス
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