かなりシュールな物語

フィクション小説ですので、コメントも頂ければ…嬉しいな

(゜゜;)エエッ 良いの?

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

ズキズキする痛み

 彼女は≪新型インフルエンザ≫に罹りました。親友にメールを送ったんです。病気(メンタルは毎日ですが…)で寂しかったので、暖かい返事が来ると信じていました。
 が
『・・・悪いけど心配出来ない!』
との返事を受けたんです。

 かなりショックで、さらに寂しい気持ちになりました。
 
 そして、心の痛みを現実化しようとして≪ピアス≫を開けました。

 画鋲で耳たぶに穴を開けるとき〔プスッ〕と音がします。開通した合図です。ズキズキする痛みは暫くしてから始まります。耳たぶは熱く感じ、痛みとの時間が始まります。

 半日もすれば、その痛みも消えていきます。


 親友の怒りは消えてくれたのでしょうか?
 彼女は解らず、連絡も取るのを怖がってしまいました。

 また、ピアスを開けて連絡してみようかな…同じ結果でした。
 ピアスは開けませんでした。

開く トラックバック(1)

ダイエット???

彼女は【急性盲腸】で手術して依頼、とても快便(下ネタでm(_ _)mゴメンね)になりました。腸の動きもはっきり解る位でした。彼女は【痛覚】が敏感で、内蔵の動きすら痛みを感じるのです。

それ以来【便秘】とは、少しだけ距離を置いた付き合いになりました。


彼女はメンタルな病気を抱えています。ダンナさんも理解してくれてる筈なのに、彼女を傷付ける言葉を吐きます。ダンナさんも【心に余裕が無い】状態だったのは、彼女も理解はしてました。
でも、彼女はダンナさんの言葉と行動に恐れを覚えてしまったのです。

食欲が無くなったのです。食べ物があっても『面倒臭い』と食べない事が多くなりました。それでも薬を飲む関係上、少しでも口に入れるようにはしてました。食べる時は【過食】に近い位を食べてた事もあります。安定した食生活とは言えないのでした。
低血圧でお世話になってる主治医から『貧血度も下がってますし、貯蔵鉄が減少してます』と診断が下ったのです。〔鉄剤〕を処方されるようにもなりました。

彼女が『痩せたのかな?』と自覚するようになったのは、Gパンのウエストがブカブカになったからです。その前から数人の方から『あれ? ダイエットでもしてるの?』と言われた事もきっかけでした。実際に体重を計測してみたら…去年の10月から{7kg}以上も減少してたんです。
通りで、直ぐに倒れそうになるんだ!と思いました。基礎体力が全く無くなってしまってるようです。筋肉が減少したので、脂肪だけが残っているようなものです。ウェートトレーニングをしたいのに、日常生活すら満足に出来ないのにとても無理です。

彼女はカウンセラーさんから『入院を勧めたい位です』とアドバイスを頂いてしまったのです。
どうするのでしょう? 彼女も決めかねてます。

親不幸なの?

ある少女が居ました。
彼女は一人っ子と言う事情で、母親から『後取りはお前だけだよ』『最後までお母さんたちを見捨てちゃいけないんだから帰って来るものだよ』と毎日言われ続けてました。もちろん、彼女は『(・o・)ノ ハーイ!!』と返事だけはしてました。
高校受験の時、母親の病状が悪化しました。遠くの公立高校を受験したかったのに、母親の介護が待ってたので、泣く泣く近くの私立に入学したのです。もっとも彼女は勉強を疎かにしてたので、公立に行くほどの偏差値は無かったのです。自業自得であっても、公立を受験したかったのです。父親に『だったら何故、真剣に勉強しなかったのだ』怒られました。

少女が入学した高校は、それはそれは厳しい校則で縛られてました。鞄にマスコットを付ける事は禁止、髪型は三つ網のみと、何から何まで禁止ばかりでした。日曜日に出掛ける時でさえ、制服着用が決められてました。
当時、親戚の叔父が株主招待券として【映画券】をくれました。土曜日の学校帰りに、制服のまま映画館へ毎週のように通っては観てました。終われば21時になってます。しかも自宅に帰るには高校の前を通らないと帰れないのです。卒業までバレませんv(。-_-。)vブイッ♪でした。
高校2年になると、母方の両親(σ(・・*)アタシにとったら祖父母)が同居になりました。祖父母は痴呆症が始まってました。学校に行く前に、自分のお弁当と母&祖父母の為に【おにぎり】と【お味噌汁】を毎日作って行きました。痴呆の進んだ祖父母は、朝の内に全てを食べてしまって、母の食べるのが無かった日々が続いてたそうです。

ある日、祖母が亡くなりました。我が家で葬儀一式しました。涙も出ませんでした。それから、祖父は、さらに痴呆が進んできました。毎朝『今、何時だい?』と少女に時間を聞くようになりました。面倒くさいなぁ…( ̄。 ̄;)ブツブツと思いながらも、毎日答えてました。それから1年後、祖母の1回忌をする日に、祖父は亡くなりました。後で聞いたら『おじいさん、お前が毎日時間を教えてくれてありがたかった』て言ってた事を・・・。優しく何てしてなかったのに、ずっと後悔だけが残りました。
祖父母の葬儀で、彼女は4年制の大学は諦めて欲しいと、言われました。仕方なく、高校から推薦を使って短大へ入学しました。2年生になった途端に、就職活動を始めました。6月には内定ももらえました。月に1回、職場での勉強会がありました。学校にもそれを話してあったので欠席扱いにはならなくて済みました。

卒業後、職場のある土地へと自立をしたんです。家を出る時、母が『親不孝ものが』と『親を捨てるのね』と・・・散々文句を言って見送ってくれました。家を、母から離れたかったから、就職先を遠くに選んだんです。きっと彼女は素敵な生活が出来ると期待をしてたんでしょう。

孤独感 = 疎外感

ある少女が居ました。
彼女は、一人遊びが大好きでした。友達は【ぬいぐるみ】だけでした。現実に彼女と話をしてくれる友達、と呼べる子は居ませんでした。病気が治っても『汚い』『人間じゃない』延々と言われ続け、誰もが近寄る事さえしませんでした。彼女は、いつでもどこでも『妖怪扱い』で、誰もが避けて通ってたんです。彼女の居場所は、自宅だけでした。いいえ、自宅にも居場所が無かったのです。彼女の母親は『やれば出来る子なんだから・・・』で、彼女が弱音を吐く事を禁止していきました。彼女は弱音を吐く場所も、いごごちの良い場所も何もかも無くなったのです。


そうして、彼女は大人になりました。そうです、見かけだけの大人になったのです。友達?と思える人も出来始めました。彼女は親の敷いたレールから大きく外れて進んでみました。やはり、そこでも疎外感を覚える事になりました。彼女は仕事も満足に出来ない、人付き合いも出来ない、無い無いずくしでした。『生きてる』事が不思議なくらいな存在でした。

彼女は、自分の命が終わる時を願ってやみませんでした。それが無理なら、彼女を『人間じゃない』と言い切った者達への復讐を考える事を楽しみにしました。彼女の心では『楽に死なせてなんかやるもんか』の思いが強く溢れてました。実際にするほどの勇気も持って無かった彼女は、頭の中で【殺人】を楽しんでました。眉間に拳銃で1発、そんな楽な方法は考えません。じっくりじわじわ苦痛を味あわせなきゃ、彼女の気持ちはどんどん荒んでいきました。ホラー映画ばかりを観に行ってた時期もありました。この方法、出来るんじゃないかな…そんな感じで観てました。残酷なニュースが流れる度に『凄いじゃん。これ♪』と、その残虐さに見惚れてもいました。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事