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6月ですね。
なにもない6月。 |
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いろいろと面白いことに気がついた。 というか、気づいていたけどいままで書いたことが無かったこと。 ◇ 韓国人。 ヘイトするつもりはないけど。 僕が長年にわたり外でメシを食ってきて、統計的に分かったことがある。 だいたい彼らはクチャクチャ言わせてものを食べる。 日本では行儀が悪いとされている。 というか、ほとんどの国で。 おそらく韓国では行儀が悪いという認識はないのだろう。 「当たり前じゃん」みたいな。 日本人でもたまに遭遇する。 これは単純に躾がなってないのだろう 僕の身の回りにも、そういう食い方をする人がいる。 これは、もう、親の躾がなってないとしか言いようがない。 育ちが悪いというか。 で、振り返って韓国人。 こちらには、ある意味において罪はないと言ってもいいのか。 もしかしたら、僕らの麺をすするのと同じ感じなのかもしれない。 ◇ 韓国ついでに。 韓国の新聞を読むことが多い。 朝鮮日報とか中央日報とか東亜日報とかハンギョレ新聞とか。 まぁ、現物を読むんじゃなくて、ネットで翻訳された記事を読むのだが。 で、これについては最近気づいた。 「〜〜なければならない」という書き方の多さ。 とくに政治記事に関しては多い。 スピーチを聞いていると、語尾に「〜〜ですけれど」で次のセリフにつなごうとする人が多い。 これはあくまでも口頭で話す時。 話す時というか、説明する時というか。 「昨日、〇〇さんとパッタリお会いしたんですけど」 「その中でこういおうお話があったんですけれど」 ちなみに文章の前後に逆の意味合いはない。 チョー耳につく。 >「んですけど」の意味や使い方 >相手に何らかの事柄を述べ伝える際に語尾に付け加えられる言い回し。 >元々は、続けて述べる事柄が前述の内容とは逆であることを示す言い方。 >最近では、自分の意見や感想などを主張し過ぎないように表明する意味合いで用いられる場合が多い。 >「超ウケるんですけど」のような使い方もされる。 (笑) ◇ 最近、飲食店で爪楊枝を置いてない店が増えた。 置いてないといっても、「爪楊枝ちょうだい」というと持ってくるんですけど(笑) テーブルに用意していないわけですたい。 カスターセットというのがありますわね。 塩とかコショーとか。 だいたいカスターセットに爪楊枝は必須だと思ってたわけですよ、昭和のオッサンとしては。 洒落た店ほど置いてませんな。 ということは、いちいちお姉ちゃん店員に「爪楊枝あります?」と訊かなきゃいけないわけですよ。 オッサンとしては、さぁこれから歯をせせるぞ、ってお姉ちゃんに言いたくないわけさ。 ちゃんと置いといて欲しい。 いまさらなのだが。 資生堂の化粧品のCMに出てた女の子。 チョー美人。 君のひとみは10000ボルト。 最近名前を知った。 てか、僕の年齢でこの人を「女の子」と呼んでもいいのか。 確実に僕より年上のはずだし。 ルーシー島田という人なんだな。 このCM、1978年か。 そーだよなぁ、僕が中学3年の時だし。 資生堂、秋のキャンペーン。 アイシャドウのCMか。 だから「君のひとみは10000ボルト」なんだな。 しかし、美人だよなぁ。 てか、この人、これ以外で見た記憶が無いよな。 Googleで調べても何も出て来ないし。 謎の多い女。 素敵。 っちゅーか、名前も顔も大阪を感じさせるなぁ。 |
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GWも過ぎて一週間。 5月に入って一本も記事をアップしてないなぁ、と。 まぁ、だらだらと書きましょうか。 ◇ 上の木の画像は4月23日撮影。 だから、もう花は散ってる。 GWに突入した4月27日(土)。 仕事の帰りにいつもの天神屋台 味府へ。 常連と話しをしながら、観光客もまじえて和気藹々と。 22時近くなったくらいで一人の客。 たまに顔を見かける。 店のママさんが「みっちゃん」と呼びかける。 たまたま直前に隣の常連と高校の話しをしていた。 「そーいえば、こちらも福商ですよ」と。 みっちゃん? 福商? 光安やんけ!!(_≧Д≦)ノ彡☆ばんばん ということで、37年ぶりに再会。 6月、全体の同窓会があるってんで、誘われた。 たまには行ってみようかね。 10日も連休があると、お客の出は分散される。 この10連休は前半に偏ったな。 通して多いのは多かったけど、5月の4日とか5日とか、さほど多くなかったもんなぁ。 ということで、5月2日(木)。 相変わらずぶらぶらしてて、いつもの沖縄屋台ちょうちんに。 観光で来た名古屋の若者3人と話してると、遅くなった。 ちょうちんの大将がもう店を閉めるというんで、バイトの子も一緒に屋台なかちゃんへ。 最終日の5月6日はほとんどの屋台が休みだったな。 まぁ、開けてても入んなさそうだし。 6日、7日と代休的に休んでるお店が多かったな。 まぁ、みなさん、お疲れ様でした。 ◇ 今年はもろもろあってGWが10日間。 全部休んだ人もけっこういた。 僕はというと、普通の休み。 土日のみ。 とはいえ27日の土曜日は仕事。 10日間休める人を羨ましいという気持ちはほとんどなかった。 なんていうんだろう、あんまり休みたくないというか。 10日間も休んだらアレですよ、休み明けには絶対仕事に行きたくなくなるし。 長く休むと気持ちを元に戻すのが大変なんだよなぁ。 3日がベストですな(笑) 非常にどうでもいい話なんだけど。 「ONE PIECE」を読み返している。 最初っからというのはアレなんで、『空島編』の終わりあたりから。 最近、つまんねーなーと思っていたが、通して読むとそれなりに面白いな。 ◇ ほしい漫画が一冊。 楳図かずおの「のろいの館」。 別名「赤んぼう少女」か。 いま、僕と家内の間だけで局地的ブーム。 「たまみは悪い子でした」 「ケケケケ」 とか言い合いながら笑っている。 |

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30年と4か月ほど続いた平成も終わりますな。 まぁ、平成を振り返るテレビや本の特集なんかの多いこと。 ◇ 昭和64年は7日で終了。 昭和64年の1月7日は土曜日。 前年から昭和天皇の具合が悪くなり、テレビでは御状態が日常的にリポートされたり。 御崩御の知らせもそう遠くないだろうということは国民の殆どが感じていたはず。 僕はというと就職して3年目。 あと2カ月ちょいで25歳になるくらい。 名古屋の会社で働いていた。 ◇ 当時は現在のような週休二日制ではなく、土曜日も普通に仕事の日。 普通に7時過ぎくらいにアパートを出て、8時前に出社。 出社した時点ですでに天皇の御崩御はニュースで報道されてた。 リゾート会員権を売る会社だったが、さすがに電話営業はしなかったなぁ。 とりあえず8時スタートだったんで、時間になったら部で朝礼。 「今日は電話営業するなよ」と。 「アポあるやつは、電話入れてアポ切り直せ」と。 事務所で待機。 資料を作るふりしたり。 何時頃か忘れちゃったが、10時くらいだったかなぁ? 「全員帰れ」という命令。 「明日(日曜日)は来んでええぞ」と。 ※註:もともと日曜日で公休なのに、そんな指示が出る会社ですよ(爆 僕の記憶違いか、その日の名古屋は雨だったような・・・。 世の中便利なもので過去の天気がネットですぐ調べられる。 調べてみた。 1989年1月7日 曇り – 曇り – 曇り えー。 おかしいなぁ。 あ。 1989年2月24日 雨 − 雨 – 雨 そっか、大喪の礼の日の記憶とごっちゃになってたんだな。 ◇ 正直なところ、30年前の記憶ですからねぇ。 記憶なんてあいまい。 昼前に会社を出たんだろう。 当然、どっかで飯を食ったはず。 栄あたりで食ったのか、寮の近くの築地口あたりで食ったのか。 覚えてないなぁ。 唯一覚えてることがある。 巷間言われるように、レンタルビデオ屋が大盛況だった。 当然、面白いテレビは無いし。 でも、僕はビデオを借りることはしなかったなぁ。 みんなと同じ行動をするのが嫌だったから。 で、飲みにでも行ったかというと、それはやってないはず。 飲み屋が閉まってるから。 てか、晩飯はどこで食ったんだろう? 平成のスタートは翌日1月8日(日)から。 ◇ 僕はというと、3月いっぱいでその会社を辞めた。 だから、僕の名古屋での平成は3カ月弱ということか。 東京に戻ろうと思ったけど、身体を壊してたからいったん福岡に帰った。 いったん。 いったんは30年になった。 そして平成31年4月の30日。 いろいろあったよなぁ。 |



