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今思うのは、昨日いい天気で本当によかったなーということです。
ぴっころです。
昨日の能狂にご来場下さった方々、ありがとうございました。
1回生の時から意識していた、卒業公演というもの。
まさにその時を迎えたら自分はどう思うんだろう、
すごい緊張するんだろうか、感無量になるんだろうか、
幕上がる前に泣いちゃったりしたらどうしよう、
などど数日考えていましたが、
自分はわりとすんなり、その時を迎えていました。
正直言って、16日の時点が一番緊張していました(笑)
ホントに意外だったんですけど、特に胃が痛くなることもなく、
鏡の間にもすんなり入れました。
これが卒業公演だっていう実感があまりなくて、
でも緊張感のないままやってしまうとまた良くないので、
気を引き締めるようにしました。
今思えば、一番良い精神状態で、舞台に出ていけてたと思います。
名取川について。
申し合わせと翌日の師匠稽古と本番とで、やり方が全く変わりました。
つまりは、やり方を確定できて本番を迎えていたわけではなくて、
それも私としては珍しいケースでした。
申し合わせで初めて気付いたのですが、
私は「出家が何を楽しんでいるか」を分かっていませんでした。
楽しい狂言だ、出家は自分で楽しんでいるんだ、楽しい舞台にしたいです、と、
「楽しい」ことを繰り返し言いもし、言われもしたのですが、
一体何が楽しいのかということ、それを理解していないことを、自分は分かっていませんでした。
出家が自分の名前を、看経や平家節や踊り節にしているのは、
自分の名前を呼ぶのを楽しんでいるんですよね。
この人にとっては、「奇体坊」「不承坊」と言うことが楽しいんです。
それを理解せずに、ただ看経や平家節をしっかり謡うことばかりをがんばっていたので、
全然伝わらない狂言になっていました。
それに気付いた時に、初めて名取川という狂言が、身に馴染んだ気がしました。
それから台詞。
今まで一人シテの狂言をやったことがほとんどなく(多分夏の会の「伊文字」のみです)、
一人でずっと喋っている部分があるというのは、今回が初めてでした。
そこの台詞をどうやろう、というのは稽古初期に非常に悩んだんですが、
本番の時には、「お客さんに対して語る」ようにしました。
それ、当たり前なのかもしれませんが……それも私は気付いていませんでした。
戒壇を踏んだんですよ、名前つけてもらったんですよ、とお客さんに対して
語りかけるつもりで台詞を言う。
それを意識した時に、初めて一人でずっと喋る部分が、やりやすくなりました。
その二点のお蔭もあってか、演じてる中でちょっと「楽しい」と思うことが
出来たような気がします。
今まで私は、舞台上で「楽しい」と思ったことはなかったので、
それを卒業の舞台で少し感じられたことは、なかなか嬉しいことだと思います。
ただそうやって、前半部分をがんばったので、
舞の時にはちょっと息が切れました;;
お腹に力を入れて声をしっかり出そうとしたのですが、それで逆に
声が不安定になってしまったりして……難しいですね。
後でアンケートを見たら、一般の方から「舞になったらテンションが落ちた」との
コメントがあって、あーやっぱりそういう風に見えたかぁ、と……
テンションが落ちたというか、勢いや力が落ちちゃったんですね。
そこはちょっと、上手く出来なかったです;
そして名取の某との掛け合い。
ここでお互いに台詞を間違うことが続いていたので、ちょっと不安だったのですが、
本番では二人とも間違えませんでした。それって結構すごいと思います(笑)
この掛け合い部分は、練習も、舞台でも、とても楽しかったです。
それは某くんががんばってくれたお蔭だったと思います。
この「名取の某」という役は、やることだけを見れば、
台詞にも型にも大変なところはないですし、簡単な役と思われるような気がします。
けれどシテにとっては、後半に某との掛け合いが待っているからこそ、
前半の孤独でしんどい一人の部分を、乗り切れるわけです。
名取川という狂言にとって、名取の某は非常に重要です。
シテが一人目立つ狂言でも、やっぱりアドは大切ですね。
なんか長くなってきたので、その二に移ります;
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