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歴史学を考える上で、大変面白いお話があります。
わたしたちは、夜空を見上げても、とても星座なんて見えません。
しかし、古代の人々は、現代の私たちと違い
ビジュアルとして、当たり前のように星座が見えていたかもしれないという話です。
この違いは何かと言うと、脳のつくり、機能が現代人と違っていたということです。
つまり、わたしたちは歴史を学ぶとき、文献などの資料に基づいて考察します。
学者さんは完全に、文献至上主義ですので、当時の人々の脳科学的側面
宗教的、心理的側面などを考慮しません。なぜなら、文献に載っていないから。
よく最近の日本賛美的な人々は、
今の日本人には、サムライ魂がない。
という人がいますが、ハッキリ言ってもてません。不可能です。
侍の心とは、あの社会制度があって、当時の宗教観などがあって
はじめて植えつけられるものです。
俺はサムライ魂があると主張している人は、100%もっていません。
サムライの表面的な事象を集めて、トレースしているだけです。つまり、「ごっこ」です。
そこで、合格祈願ですが、
ほとんどの人が、全く理解していません。
みなさんは、奈良や鎌倉の大仏のイメージがあって、
当時の人々は、敬虔な仏教徒だと誤解してますが、完全な間違いです。
彼らは、敬虔な「日本教」信者であって、その都合の良い道具として
仏教を利用しているのです。
日本教の、根深い、深刻な問題のひとつが、「祟り」「怨霊」です。
菅原道真公も、この場合は神道形式ですが、
「どうか、私たちを祟らないで下さい」という心理で奉られているのです。
当然同時代やその子供孫の世代は、当たり前のように知っていました。
しかし、その本当の意味を忘れた後世の人々は
天神様といって、受験の神様にしてしまったのです。
ですから、受験生のみなさん、
合格祈願につぎ込まれた、お金、時間、労力は、「対費用効果」0%です。
もともとの神様になった理由が違うのですから。
そんな暇があったら、自分を信じ、英単語のひとつでも暗記してください。
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