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先日、泊まって頂いたk様。。。
石倉の研究をされている大学の先生で、
「日本には、石倉の建物は、栃木と人吉、球磨地方に多く
その建物を民宿にしているのは、
多分、日本には、此処だけでしょう・・・」
とのこと。
恐いモノ知らずの私
この民宿の許可を頂くのに
法律も知らずに 皆さんを巻き込んでしまいました
先生の要望で、
我が家のマップに乗っている近くの石倉を
ご案内しました
我が家から2百メートル位奥に入った
kさん宅の石倉です。
これは、正面から撮ったモノ
中には、昔の農機具が所狭しと
展示されています。
ついでに・・・
これは、高台のkさん宅から撮った風景です
その次は・・・
この地方で、一番古い石倉がある焼酎蔵
入り口には、木々が植えてあり
良い雰囲気でした。
なかには、大きな樽が幾つも
これは、南側から撮った
石倉と焼酎蔵です。
焼酎蔵は、まだ新しいのですが、
この石倉に合わせて赴きのある仕上げとなっています。
民宿を開業して
地域の深田石で作られた
いろいろなモノに目を向ける
事が多くなりました。
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深田石
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農家民宿を開業して8年目・・・
今更なのですが、切り口を変えて
華ごよみの紹介をしたいと思います
この地域には、160棟あまりの石倉が
残っています
深田石。。。
この石の本当の名前は、加久藤溶結擬灰岩と呼ばれ
球磨川右岸に豊富に埋蔵しており・・・
明治後期から昭和40年頃まで、石倉が建てられました
その石倉を使い民宿の為の改築を行い
華ごよみが、誕生しました・・・
近頃の華ごよみの写真です
開業当時に植えた アイビーや柏葉紫陽花、ジャスミンが
玄関前で、石倉の堅さを和らげてくれています
玄関のひさしの処にあるランタン
南の道の方にある華ごよみの看板です。
ランタンとこの看板は、リブラ工房の樺山さんの作品です。
イメージに合わせてデザインして頂き
華ごよみのシンボルとして
8年たった今では、良い具合に石倉とマッチしています
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人吉から県道33号線を水上方面へ
あさぎり町深田地区に入って
1、2分走った所の球磨川沿いに
見えてくるのが、ぽつんと立っている・・・岩
呼び名は、立岩。。。
まさしく、そのままの名前です
この写真は、水上方面からの写真ですが、
何故、こんな所に岩が
理由は簡単で、明治32年から県道を通すため
陸続きの岩を掘削したそうです
ちなみに、2年後の明治34年に開通したということです。
その記念として 交通安全を願い立岩地蔵尊が、開眼されました
近くには、おみなえしの花が・・・
立岩は、明治時代は、「船場」として
上中球磨の農林産物を 船便にて運送されていたとのこと。。。
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