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云何薫習 起浄法不断
所謂 以有真如法故 能薫習無明
以薫習因縁力故 則令妄心厭生死苦 楽求涅槃
以此妄心有厭求因縁故 即薫習真如
自信己性 知心妄動無前境界 修遠離法
以如実知無前境界故 種々方便起随順行
不取不念 乃至 久遠薫習力故
無明則滅 以無明滅故 心無有起 以無起故 境界随滅
以因縁倶滅故 心相皆尽 名得涅槃成自然業
ーーーーーーーーーーーーーーー(よみかた)ーーー浄法薫習1.ーーーーーーーーーーーーーーーーー
云何が、薫習kunzyuu、浄法を起して 断ぜざるや。
いわゆる、真如の法あるを以moっての故に、能yoく無明に薫習し、
薫習の因縁力を以っての故に、則ち 妄心をして生死の苦を厭い、涅槃を楽求gyouguせしむ。
この妄心に 厭求enguの因縁あるを以っての故に、即ち真如に薫習すれば、
自ら己性kosyouを信じ、心 妄midaりに動ずるのみにして、前の境界無しと知りて、遠離onriの法を修し、
如実に前の境界無しと知るを以っての故に、種々なる方便をもて 随順行-gyouを起し、
取らず 念ぜず 乃至naisi 久遠kuonに薫習する力の故に。
無明すなわち滅す。無明 滅するが故に、心 起こること有ること無く、境界kyougaiは 随いて滅す。
因と縁と倶tomoに滅するが故に、心相 みな尽くるを、涅槃を得て自然業zinen/gouを成ずと名づく。
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義記は、
「 次に、浄薫を明かす。 中において、二あり。先に 問、 後に 答なり。
答の中に、また二あり。 先に 略、 後に 広なり。
前の中に また二あり。
初に 正しく薫習を明かし、 後に{ 自信己性 }の下は、その功能を弁ず。
前の中に、二あり。
先に、真如 内に無明に薫習して、浄業を成ぜしむることを明かし、 後に、即ちこの浄用 反って真如に薫じ
て勢力を増す。 前は 即ち本薫、後は 即ち新薫なり。文の処にて見るべし。
功能の中に、因果を二に分つ。
◎ 因の中に{ 自信己性 }とは、十信位のなかの信なり。
{ 知心妄動 }の下は、三賢位のなかの修なり。{ 知心妄動無前境界 }とは、これ解なり。
{ 修遠離法 }とは、これ解に依りて、行を成ず。謂く尋伺zinsi等の観、唯識無塵yuisiki/muzin等の行なり。
{ 以如実知無境 }と言うは、これ 初地見道に 唯識の理を証す。前の比観に異なるが故に{如実知}と
云うなり。 { 種々 }の下、{ 乃至 久遠薫習力 }とは、これ 十地修道の位の中に、広く万行を修して
巧みに真如を顕すことを明かすなり。
{ 不取 }とは、所取無相なり。{ 不念 }とは、能念不生なり。{ 久遠 }とは、三祇に薫ずるが故なり。
** 十信・三賢・十地 : http://blogs.yahoo.co.jp/kyomutekisonzairon/7679546.html
** 尋伺zinsi : http://blogs.yahoo.co.jp/kyomutekisonzairon/18602517.html
** 比観hikan : 仏智ではなく、自らの智慧分別で、尋ね求め思い観察すること。
所取 : 取られるもの、私が執着する事物(相)、 能念 : 念ずる主体、妄念を生ずる煩悩
三祇 : 三阿僧祇劫-asougi/kou、長い長い時のこと
◎ 自下は、果を明かす。中において、二あり。 初に 滅惑、 後に 証理なり。
前の中に{ 無明滅 }とは、根本無明の尽くるなり。{ 以無明滅心無起 }とは、妄心の尽くるなり。
{ 以無起境界滅 }とは、妄境滅するなり。 即ち、前の三種の染法を翻すなり。
{ 以因縁 }の下{ 乃至自然業 }とは、証法の徳を明かす。{因}は、謂く無明、{縁}は、謂く妄境なり。
{ 心相 }とは、謂く染心なり。これ、並びに尽るが故に、心体 転依tenneするを{ 得涅槃 }と名づく。
不思議の業用gouyuuを起すを、{ 自然業zinen/gou }と名づくなり。」 と。
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