混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

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田中正造

■ 田中正造(1841〜1913)



1841(天保12) 下野国小中村(栃木県佐野市小中町)の中流の名主の家に生れる
        

 ‘57 小中村六角家領の名主に公選さる(17歳)

 ‘63 大澤カツと結婚(23歳)
     六角家の改革に活躍

     幕末から村民らと 領主・高家六角家の圧制に対し政治的要求を行う
 ‘68(慶応) 投獄 
     翌明治2年 出所

   ‘69 足尾銅山の管轄が日光県に移り、県営銅山となる
      古河市兵衛、小野組別家に取立られ、関東・東北の仕事を任され鉱山業にも進出

 ‘70 江刺県花輪支庁(秋田県鹿角市)の官吏となる
 ‘71 上司の木村新八郎殺害の容疑者として逮捕さる(冤罪?)

 ‘74 釈放
    小中村に戻り 隣の石塚村(佐野市石塚町)の造り酒屋蛭子屋の番頭(〜‘76)

     明治政府の政策変更で小野組瓦解、古河市兵衛は裸一貫で再起を図る


   ‘77 古河市兵衛(1832〜1903)、足尾銅山製錬所操業
     http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E6%B2%B3%E5%B8%82%E5%85%B5%E8%A1%9B
     相馬家の家令・志賀直道(志賀直哉の祖父) 共同経営者となり、その後渋沢栄一
    (1840〜1930)も共同出費者となる。
      当時の足尾銅山は、江戸時代を通じて無計画に採掘が行われた結果、旧坑ばかりの
     生産性が極めて低い状態にあり、長年採掘が続けられていたことなどで再生の可能性
     は低いとされていた

     ‘81  大鉱脈発見
      その後、足尾銅山では 立て続けに大鉱脈が発見され、瞬く間に 日本を代表する
     大銅山に発展

 ‘78 区会議員
    栃木新聞(下野新聞) 創刊されると、翌年 同紙編集長
    〜 紙面上で 国会設立を訴える

 ‘80 補欠選挙にて 栃木県議会議員に初当選
    県令・三島通庸(薩摩 1835〜88)と議会で対立
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B3%B6%E9%80%9A%E5%BA%B8

 ‘82  4月 立憲改進党結党 
     12月 入党

      自由民権運動の興隆に対し政府は、自由党勢力が盛んな福島県に三島を任命
     〜 三島は帝政党を作り、自由党との対決を激化させる
      帝政党員は反対住民や自由党員を捕らえて殴打しても 警察の追及を受けず
      河野広中(1849〜1923)は挑発に乗るまいと激発を戒めるも、ついに福島事件起る
       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E9%87%8E%E5%BA%83%E4%B8%AD

     ‘83 足尾産銅量、別子銅山を抜き 日本の首位(26%)になる

 ‘84 自由党員が福島県令・三島の暗殺を謀る(加波山事件)
     正造、連坐し 入獄3ヶ月

       足尾銅山、本口坑で横間歩大直利(大鉱脈)発見、飛躍的増産
      〜 銅月産量 前年の年産を突破

 ‘85 三島が異動し 栃木県を去り 年末 釈放

       栃木県足尾村、赤倉・高原木・仁田元・久蔵・間藤・松木の農作物に被害
      6か村共同で知事へ請願準備
      赤倉龍蔵寺住職の差金で松木を除外して古河から示談金      

 ‘86 県会議長 

       日本初の民間電話が足尾銅山に誕生、銅山と宇都宮・日光・東京を結ぶ
      ‘87 足尾本山に火力発電所創設
      ‘88 古河とジャーデンマジソン商会 銅売買契約成立、足尾銅山の増産急ピッチ
         足尾銅山、古河の占有に(相馬家との共有より独立)
       栃木県足尾村・松木で桑樹、煙害(亜硫酸ガス)により全滅、唐風呂も被害増

    ‘89 山県有朋内閣(〜‘91)
        
        足尾銅山、日本最初の電気精錬法採用、機械選鉱開始
        足尾町制施行

        栃木県足尾・松木で足尾銅山の煙害で 養蚕廃止 現金収入の道途絶
        農作被害も激増

‘90(明治23) 第1回衆議院議員総選挙に初当選 ( 以後6回連続当選 )

        足尾銅山、米国式溶鉱炉8座新設
        足尾に 日本最初の間藤水力発電所を建設/古河橋完成
        /細尾峠に索道完成〜馬車路と連結し 日光駅とを結び、貨物輸送の大改革

    

 ‘91 
        
     鉱毒の害を視察
     第2回衆議院議会で鉱毒問題に関する質問(鉱業停止を要求)
     〜〜 農商務大臣・陸奥宗光の答弁要旨
       「被害は事実だが、その原因は、まだ確実な試験に基づく定論なし 」
       「原因は、土壌、水質を専門家に試験調査させており、まだ終わっていない」

     ‘93 足尾銅山、ベッセマー式製錬法採用(製錬の近代化完成)
       この年、銅産年間5,200トンに
        足尾銅山の官林伐採、過伐が露呈し禁止
       (この年までに6,760町歩を伐採、無立木化地域は官林のほとんど全てに)
        唐風呂地区の足尾銅山煙害被害農民28人、銅山に対し煙毒損害賠償の和解請求
        足尾銅山、唐風呂地区の反対派被害民の孤立をねらい示談を退け、和解に
        (第1回示談契約締結)
        和解願いを出させた後、加害行為を否定し 和解を拒絶

     ‘95(明治28) 足尾・松木地区で農産物、明治14年頃の半分に減収
            31人が古河へ示談交渉、足枷条約を結ぶ
        〜〜古河、松木民の示談交渉に対し、申出を半分に値切って地価の3倍半の金額
        を支払い、同時に 今後一切 鉱害で請求・陳情をしないとの条項を含む<永久
        示談契約書>を取交

         足尾・唐風呂地区民33人の被害民、古河市兵衛を被告とする損害賠償請求訴訟
        を東京地裁に提訴、東京地裁 唐風呂地区民の鉱害訴訟棄却


 ‘96 
      第9議会で 前年古河と鉱毒被害民の間で取交された永久示談の不当性を追求

     7〜9月にかけて渡良瀬川、三度にわたり大洪水(1府5県に足尾銅山鉱毒被害)
     被害民大会 〜 被害民と共に足尾銅山鉱業停止運動を開始
     議会で鉱毒事件について、繰り返し政府に質問
     10/5 有志と雲龍寺に 群馬・栃木両県鉱毒事務所設置
     12/24 政府、第一次鉱毒予防工事命令を足尾銅山に出す


 ‘97 農民の鉱毒反対運動が激化し 東京へ陳情団が押しかけた(押出し)
     田中は、さらに国会質問を行い、東京でも演説を行う

     農商務省と足尾銅山側は予防工事を確約、実際に着工されるが、効果は薄かった


  ‘98 第2次山縣内閣


1900 
   2/13 農民ら 東京へ陳情に出かけようとした所、途中 群馬県邑楽郡佐貫村大字川俣村
   で警官隊と衝突、流血の惨事となり、農民多数 逮捕さる(川俣事件)

   2日後 国会で事件に関する演説の途中 憲政本党を離党
   4日後 国会で演説、総理大臣山縣有朋は答弁を拒否

   川俣事件公判の傍聴中、欠伸をし、態度が悪いとして官吏侮辱罪に問われ、裁判に

    3/1 治安警察法制定

    8/30 立憲政友会結成


 ‘01(明治34) 
   10月、田中 議員を辞職
    主に東京のキリスト教会などで鉱毒に関する演説を度々行う

 ‘02 
     川俣事件の仙台控訴審での差戻し審で、起訴状に担当検事の署名がないという理由で
    控訴棄却 全員釈放

   12/10 足尾鉱毒事件について明治天皇に直訴
     これには失敗したが、東京市中は大騒ぎになり、号外も配られ、直訴状の内容は広く
    知れ渡った。直訴状は、幸徳秋水(高知 1871〜1911)によるものに田中が加筆修正

     田中は即拘束されたが、政府は単に狂人が馬車の前によろめいただけとして不問に
    することとし(田中本人の言及)、即日釈放
    ( 直訴直前、妻カツに離縁状を送るが、カツ本人は離縁されてはいないと主張 )

     川俣事件公判の際に欠伸をした罪で 重禁固40日の判決を受け服役
    このとき聖書を読み、影響を受ける
    ( この後の田中の言葉には、「悔い改めよ」など聖書の引用が多い
      ただし、改宗せず )

     渡良瀬川下流に貯水池を作る計画 浮上、建設予定地の埼玉県川辺村・利島村の
    反対運動に参加    計画は白紙

 ‘03 
     栃木県下都賀郡谷中村を貯水池にする案 浮上

 ‘04
     7月から 田中、実質的に谷中村に住む
     栃木県会は秘密会で 谷中村買収決議、貯水池とする工事が始める

 ‘05
     1/22 (露)血の日曜日事件
     「 ロシア政府の暴挙にして請願人を虐殺す。これ 決してロシアのこととして見る
      べからざるなり、我が国もまさに相同じ。予は泣いて日露両国の貧民に代わりて
      両国の義人に訴えるものなり。なかんずく谷中村の惨事はその最たるものなり 」
                  黒澤酉蔵宛の書簡(明治38 1/31付)

 ‘06
     谷中村議会、藤岡町への合併案を否決 
     栃木県、谷中村は藤岡町へ合併と発表し 谷中村は強制廃村
     田中は その後も谷中村に住み続ける

 ‘07 政府、土地収用法の適用を発表 
    〜村に残れば 逮捕するという脅かされ、多くの村民 村外に出る
     田中は 強制破壊当日まで谷中村に住み続け、強制破壊後も死ぬまで住み続ける

 ‘08 政府、谷中村全域を 河川地域に指定






 ‘10
       6/ 大逆事件

 ‘11

    旧谷中村村民、北海道常呂郡サロマベツ原野への移住開始


 ‘13(大正2)
     7月 古い支援者らへの挨拶回り(運動資金援助?)
    途中 8/2 足利郡吾妻村下羽田(佐野市下羽田町)の庭田清四郎宅で倒れ、
    約1ヵ月後に 同所で客死(胃がん?)

    ** 財産は全て 鉱毒反対運動などに使い果たし
     死亡時の全財産は 信玄袋1つ、中身は 書きかけの原稿と新約聖書、鼻紙、
     川海苔、小石3個、日記3冊、帝国憲法とマタイ伝の合本だけ
     なお、病死前の1/22 小中の邸宅と田畑は 地元の仮称旗川村小中農教会(現小中
     農教倶楽部)に寄付

    9/6  雲龍寺で、密葬
    10/12 佐野町(佐野市)惣宗寺で本葬 〜 参列者 数万人
     田中の遺骨は、栃木・群馬・埼玉県の鉱毒被害地 計6箇所に分骨



                     

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1897(明治30)
足尾銅山・小滝精錬所廃止。本山に脱硫塔設置。全製錬を本山に集中、中央製錬所となる。坑内電車運行開始。

足尾町の有力者、鉱業非停止団体を結成して上京。停止要求の渡良瀬流域農民との対決をめざす。
古河市兵衛が説得して解散さすが、交換条件に工事への無料奉仕参加を要請。
3/2 足尾銅山鉱毒被害民、第1回大挙押出し(〜/5)
3/20 谷千城・津田仙・栗原彦三郎、鉱毒被害地視察
3/23 農商務大臣榎本武揚、鉱毒被害地視察
足尾銅山鉱毒被害民、第2回大挙押出し(〜/30)
内閣に 足尾銅山鉱毒事件調査委員会設置
5/12 政府(東京鉱山監督署長)、足尾銅山に対し第二回目の鉱毒予防工事命令
/27 東京鉱山監督署長、足尾銅山に対し第三回目の鉱毒予防工事命令
東京鉱山監督署長・南挺三の目こぼしで期日内に達成
南挺三、のち古河に入社し重役になる

2007/7/28(土) 午後 6:29 [ kyomutekisonzairon ]

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1898(明治31)
足尾銅山、脱硫塔設置で本山に製錬が集中し松本地区への亜硫酸ガス襲撃はより濃密に
〜〜 松木地区民、現金収入の道も無く、食物も無く、ガスで身体は壊され、乳児のための母乳も出ず、悲惨の極へ向う
4/30 大蔵省、足尾銅山鉱毒被害民に対して、地租条例による普通荒地免租処分を通達。該当者は公民権喪失
9/6 渡良瀬川大洪水
/26 足尾銅山鉱毒被害民、第3回大挙押出し
/28 田中正造、東京府下南足立郡淵江村保木間において、第3回大挙押出し鉱毒被害民に対し、総代50名を残して帰村するよう説得

1899
田中正造(59)、議員歳費値上げ案反対演説をし 歳費を辞退
12/12 鉱毒議会結成

2007/7/28(土) 午後 6:36 [ kyomutekisonzairon ]

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1900(明治33)
田中正造、私立共和裁縫教習所設立
足尾・松木村民、鉱毒被害救済会の示唆で 人命救助嘆願書を作成し、内閣・各大臣・島田三郎・田中正造・栃木県会などを歴訪
栃木県会、これを受けて松木の実態調査を行う
この先、免租申請を出すが、これは却下す

足尾銅山鉱毒被害救済会、松木地内の水桶取払訴訟をおこすも、棄却さる。
松木村民の願いを入れて、損害賠償金(他地区へ移転のための費用を含め)を銅山に請求する仲介を開始

2/13未明、鉱毒被害民請願(第4回大挙押出し)のため大挙上京途中、利根川畔で警官隊と衝突(川俣事件)

/15 田中正造(60)、第14回議会において足尾鉱毒被害民の請願運動弾圧(川俣事件)につき衆議院で質問を行い政府を追及。憲政本党脱退を宣言。
7/9 川俣事件、前橋地方裁判所の予審終結、51名起訴さる
11/28 田中正造、川俣事件第15回公判で、検事論告に憤慨して欠伸をし、官吏侮辱罪に問われる。
12/22 前橋地方裁判所、川俣事件に判決被告51名中、有罪29名、無罪22名、
検事・被告双方 控訴

2007/7/28(土) 午後 6:40 [ kyomutekisonzairon ]

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1901(明治34)
渡良瀬発電所及び通洞発電所竣工

安蘇郡佐野町に 足尾銅山鉱毒被害救済会設置

10月 足尾銅山と松木村民の間に土地売買の金授受
村民、鉱毒救済会へ感謝状
この後、ほとんど全員が他地へ移転し、松木は廃墟となる
/13 川俣事件控訴審で、判事・検事・弁護士ら被害地臨検
/23 田中正造、衆議院議員を辞職
11/29 神田基督教青年会館で鉱毒地救済婦人会発会式
(会長:潮田千勢子)
/30 古河市兵衛の妻タメ、入水自殺

12/10 正造(61) 明治天皇に直訴
/20 本郷中央会堂で、木下尚江・田中正造ら、足尾鉱毒地救助演説会開催
来場の東大生河上肇(1879〜1946)が感動し、外套・羽織などをカンパ
/27 数寄屋橋教会の田村直臣牧師ら、学生の足尾鉱毒地視察を計画、東京の学生700人 大挙鉱毒被災地を視察

2007/7/28(土) 午後 7:03 [ kyomutekisonzairon ]

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【田中正造の関係者】
農商務大臣・陸奥宗光の二男潤吉が古河市兵衛の娘婿養子となっていた。
http://www8.plala.or.jp/kawakiyo/kiyo49_00.htm


1902(明治35)
内務省、秘密裏に栃木県谷中村、埼玉県利島・川辺両村の遊水池計画推進

足尾銅山、ライナー式鑿岩機を試用し主力機に選定
小滝発電所竣工/足尾館が建つ

1月 埼玉県利島・川辺両村に遊水地化反対運動起こる 3/17 内閣に鉱毒調査委員会設置
6/16 田中正造(62)、1900/11/28の欠伸事件に有罪確定
巣鴨監獄に服役41日、獄中で聖書を読む
9/28 関東・東北地方に降雨量315ミリの暴風雨、足尾銅山の山崩れ、簀子橋壊滅、本山も被害甚大
10/ 埼玉県、利根川火打沼の決壊堤防を放置し、川辺・利島両村の買収を計画
/16 埼玉県川辺・利島両村民、決壊堤防を自力修復し、納税・兵役の義務拒絶を宣言
12/25 川俣事件再審理公判、宮城控訴院にて控訴棄却・控訴不受理により消滅

2007/7/28(土) 午後 7:12 [ kyomutekisonzairon ]

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1903(明治36)
足尾銅山、金田座が建つ
永岡鶴蔵、夕張から東京を経て足尾銅山に入り、翌年から坑夫の組織化を図る
1月 栃木県議会、遊水地化のための谷中村買収案否決
3/18 前年決壊の堤防を谷中村民が自力復旧工事始める

4/5 元足尾銅山経営者・古河市兵衛、死去
6/3 政府、鉱毒調査委員会の調査報告書発表
谷中村瀦水池案浮上

1904
2/8 日露戦争勃発(〜1905)
日本、ロシアに国交断絶を通告すると同時に旅順・仁川を攻撃し、戦端を開く

3月 栃木県、谷中村堤防の形式的復旧に着手(実際は堤防破壊)
7/13 渡良瀬川洪水、谷中村浸水
/30 田中正造(64)、谷中村問題に専念のため、以後 同村川鍋岩五郎方に寄留
12/10 災害復旧費名の谷中村買収案、栃木県会(秘密会)通過

2007/7/28(土) 午後 7:16 [ kyomutekisonzairon ]

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1905(明治38)
家業と分離して古河鉱業会社設立、古河潤吉病没
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E6%B2%B3%E8%B2%A1%E9%96%A5
大谷水系の細尾発電所竣工
3/24 原敬(盛岡藩 1856〜1921)、古河鉱業副社長に就任
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E6%95%AC

8/19 谷中村民が自力で完成させた急水留工事が出水のため崩壊

11月 買収に受諾した村民の第1回集団移住
谷中村買収に関する県議の汚職が栃木県会で問題となる
(贈収賄調査委員長に荻野万太郎)

1906
田中正造(66)、新紀元社の例会その他で谷中村事件を訴える

足尾銅山日光製銅所、操業開始
玉村勇助、索道機械の特許を取得して古河を退社、玉村工務店創立

足尾銅山で 南助松の応援を得て、永岡鶴蔵らの組織再編し、大日本労働至誠会の運動が活発化

2007/7/28(土) 午後 7:31 [ kyomutekisonzairon ]

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足尾銅山、岩鼻火薬製造所の国産ダイナマイトの試験を行い成功し 使用を開始する

3/4 谷中村民が急水留の破堤個所修築に着手
4/15 谷中村村会、再召集し廃村の諮問案を否決
/30 栃木県吏ら、谷中村民の手による破堤個所工事を破壊
6/8 正造、栃木県知事・白仁武より予戒令を受ける
7/1 谷中村村長職務管掌鈴木豊三、村会決議を無視して同村を藤岡町に合併
/3 田中正造、栃木警察署に拘引、官吏侮辱罪で起訴

1907(明治40)
足尾警察署独立
2/4 足尾銅山暴動事件(〜/7) 軍隊出動で鎮圧、大日本労働至誠会は壊滅
6/12 谷中村残留民に対し、強制退去命令
/13 田中正造に、無罪判決
/29 谷中村残留16戸の強制破壊開始〜7/5
村民は谷中周辺や栃木県内各地に、遠くは北海道へと移住した
正造(67)、谷中村残留民仮小屋強制破壊後、谷中村復活運動
/29 谷中堤内地権者、東京救済会の勧告に従い、土地収用補償金額裁決不服訴訟を提起

2007/7/28(土) 午後 7:39 [ kyomutekisonzairon ]

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1908
前年2/4の足尾暴動の判決で南助松・永岡鶴蔵ら幹部10名無罪確定

1909(明治41)
正造(69)、「破憲破道に関する質問書」を書き、友人島田三郎議員らの名前で衆議院に出す
9月 渡良瀬川改修案、関係4県の県議会通過

【 田中正造その行動と思想 】
http://www8.plala.or.jp/kawakiyo/index4.html
【 田中正造・足尾鉱毒事件 関連年表 】
http://www.zuisousha.co.jp/tochigi/zuitanaka.html
【 田中 正造 (著) - 暇つぶし青空文庫 】
□公益に有害の鉱業を停止せざるの儀に付質問書 □直訴状 □土地兼併の罪悪 □ 非常嘆願書 □亡国に至るを知らざれば之即ち亡国の儀に付質問
http://mobile.seisyun.net/cgi/blist/person649

2007/7/28(土) 午後 7:51 [ kyomutekisonzairon ]

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【 足尾鉱毒事件と谷干城(1837〜1911) 】
公害問題の原点―足尾鉱毒事件 足尾鉱毒事件は、田中正造の名とともに、日本の公害問題 の原点として、多くの人に知られている。 ... 田中正造もまた運動を続け、谷はそれを 側面から支援し続ける。一九〇一(明治三四)年には、田中正造は衆議院議員の職を ...
http://1868.fc2web.com/ashio.html

2007/7/28(土) 午後 8:19 [ kyomutekisonzairon ]

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【 木下尚江 政治の破産者・田中正造 】
http://www.aozora.gr.jp/cards/000525/files/42766_23160.html

【 志賀直哉・舟橋聖一などの葛藤 】
志賀直哉(1883〜1971)の祖父は、相馬家の家令時代から古河市兵衛と交遊があり、草倉鉱山や足尾銅山の経営で市兵衛に協力した・・・彼も幼少 時から古河家と親交・・・鉱毒事件が社会問題化すると、内村鑑三に傾倒...
http://nikko-spot.com/blog/2007/07/post_290.html

【 塩野門之助(1853〜1933) 】
古河市兵衛は足尾の経営を引継いだのは明治10年からで、当時は市兵衛自身に金はなく、渋沢栄一の第一銀行から融資を受け、 ... それにしてもこの古河市兵衛という人は、不思議な人で学問は全くなく、新聞もろくに読めない
http://www.e-niihama.jp/~concierge/contents/concierge/niihama_02/data/1083063382.htm

2007/7/31(火) 午前 1:34 [ kyomutekisonzairon ]

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田中正造さんは早くから虐げられた民衆のために大きな体制、国と戦ったのですね。晩年の田中さんは民衆の中に住み同じ痛みを受けることで民衆を理解され同化されたそうですね。田中正造さんを少し知ることができたように思います。

2007/7/31(火) 午後 8:00 [ nanachan.umekichi ]

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nanachanumekichiさんへ。そう、彼は 国家体制の矛盾と 単身 戦ったのですね。
国家は 自己の存立のためには、その国民の一部or全てに 理不尽な人身御供を要求するというのは、昔の未開社会や封建社会だけのことではなく、戦前の天皇制国家も 或は 民衆の一人一人に存立の基盤を置くという戦後の民主主義国家も 変わりはありません。

この国家の恐ろしいサガを 如何に手なずけるかということが、封建制や王制や民主制など どの時代でも その社会に責任を持とうとする人々の苦労したところです。こうした智慧は 国家体制の形を云々する問題ではなく、もっと根本的な人間の営みです。

田中正造が取り組んだのは、こうした ものすごい問題でした。そして、今日においても この民主主義国家の為す恐るべき不正を問題とする際に、学ぶことが沢山あるように思います。合掌

2007/7/31(火) 午後 11:19 [ kyomutekisonzairon ]

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初めまして。めちゃくちゃにお詳しいですね。今日田中翁に触れたらこのブログに案内されました。見てビックリしました。いつも田中翁のことに接すると自分が恥ずかしくなります。また寄らせていただきます。

2008/12/18(木) 午後 9:24 [ 帝王の涙 ]

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「帝王の涙」さんへ。 はじめまして。ご訪問、ありがとうございます。

田中正造を語ることは、まずは 近代国家と私個人のあり方を考えることでも
ありますね。 さらに、
‘ 人間我々の幸せとは 何か? ’‘ 幸せは 何によってありえるのか? ’
というような 根本的な問題を考えることでもありますね。
今後とも、よろしくお願いします。 合掌

2008/12/19(金) 午後 5:44 [ kyomutekisonzairon ]

お今晩は~でございます!
冠略、お書き込み記事「真の文明は・・」より拝読致して来ました。
《今日においても この民主主義国家の為す恐るべき不正を問題とする際に、学ぶことが沢山あるように思います。 07/7/31 》 こころして拝読致しました。
田中正造氏を取り上げた番組を数ヶ月前ETVで視聴し氏の生涯に感銘を受けましたが、さらに詳しい御記事、拝読致しながら感動でございます‥国家が近代化する過程での澱?(うまく表現出来ません)農本主義的社会の崩壊過程?ともあれ、公害と戦ったのは農民であり地の方々だったなぁ〜と‥貴方様、ご認識の出口ナオ刀自が人々を、日本国を心配しながら比喩的に「尻の毛まで抜かれて気がつかない時代‥」云々の文章を残されてますが現代は正に斯様な時代でございましょうか?いやイヤ文明の成熟期に至り矛盾が解明出来る時代に至ったのでしょうか? >>続けます。 頓首

2012/10/15(月) 午後 7:44 [ {^美м楽^} ]

>>以前に四国の別子銅山(住友金属鉱山)を見学致しました‥江戸期に最初に掘られた山深い地に在ります坑道にもまいりましたが緑豊かな山々は全て住友が所有権を持っている事実に愕然と致しました‥見かけます民家は出雲地方と違い侘び住まいに近い佇まい!あぁ此処は住友が大地よりの恵みを占有していた地なんだなぁ〜と、少し感傷的になりながら走った事でございました。

また、瀬戸内海の海底にまで掘り進んだ飽くなき資本家の没収欲の凄まじさを感じる旅でもございました。

鉱石を掘り精錬しての銅等の貴重な金属が只今の日本ではコストにあわないとかでリサイクルされず当地では中国よりの来国の人々により多量に家電品等が回収されています船コンテナで送られているようです!不思議な日本国‥ 紙幣ばかり積み上げてますが紙ではモノが作れない時期もあろにと、少しばかり心配致してます‥ 失礼 頓首

2012/10/15(月) 午後 8:53 [ {^美м楽^} ]

顔アイコン

{^美м楽^} さんへ。こんにちわ。
そうですね。近代化(=西欧化)をもって、国の独立を得ようとした維新の結末
が、1945年の敗戦であり、さらに戦後民主主義国家と その破綻である原発事故
でした。 もう、我々は 目を覚まさなくてはならないわけですが、いまだに
西欧理念でやっていけると思っている人たちが多いのには、ほんとうに辟易して
います。

田中正造が提起した問題は、近代西欧文明の根幹に触れることでしたので、この
文明をもって国家を建てようとしていた明治の体制自体に疑問を突き付けた
わけですね。 そして、原発事故によって、小出氏は 再び、田中正造が提起
した問題を、我々に思い出させようとしておられるかのようです。合掌

2012/10/17(水) 午後 2:27 [ kyomutekisonzairon ]


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