混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

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自民党政府が 1961年 日本国に仕掛けた「 原賠法 」という時限爆弾のスイッチが、
福島原発事故をキッカケに 入ってしまった。

福島第1原発:損害賠償一時金100万円で調整

                       毎日 4月9日 0時24分
 東京電力福島第1原発事故に伴う損害賠償について、政府と東京電力は8日、避難した
地域住民や農家などを対象にした損害賠償の仮払い(一時金)の仕組みを大筋で固めた。
一時金は 100万円を軸に調整し、支払いに備えるための基金を東電が設置する方針。
ただし、賠償の対象や範囲の議論は これからで、政府や東電の負担が 最終的にどれだけに
上るかの見通しは立っておらず、被災者や金融機関は 懸念を強めている。

 政府は近く、原子力損害賠償法(原賠法)に基づき「 原子力損害賠償紛争審査会 」
文部科学省に設置。賠償の対象者や範囲の線引きの議論に着手する。ただ、賠償額の確定には
時間がかかるため、当座の生活資金などとして100万円の一時金を支払う方向で検討中だ。

 同事故では、福島第1原発から半径20キロが 避難区域、同30キロまでが 屋内退避区域
とされており、避難した住民約8万人 と 農産物が出荷停止となった農家、放射性物質汚染水
の海水放出で被害を受けた漁業者などが対象となる見通し。ただし 賠償範囲や農水産物の
風評被害が どこまで認められるかなど、不確定要素が大きい。

 99年に茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」東海事業所で起きた
臨界事故のケースでは、風評被害 や 心的外傷後 ストレス 障害(PTSD)を含む 約7000件の
補償・損害賠償が認められ、約154億円を事業者側が負担したが、交渉終結まで 10年
8カ月かかった。
 大量の放射性物質が漏れた今回の事故は、損害賠償額が 数兆円と見込まれる上、避難者も
JCO事故の150人を大幅に上回る。一方で 影響が長期に及んだ場合、100万円の一時金
では 不足するのは必至で、被災者や農家、漁業関係者は 懸念を強めている。

 また 政府と東電が損害賠償の負担をどう分かち合うかも決っておらず、金融市場の混乱
の一因となっている。SMBC日興証券によると 東電の国内公募社債残高は4兆8868億円
(3月末)と、国内市場全体の 約7.7%を占める。 大部分の債券投資家は 東電債を
保有しており損害賠償の負担が 東電の経営を揺るがす事態になれば、投資家への
影響は大きい

 政府は当初、損害賠償について「 一義的には 東電が責任を持つ 」(3月21日、
枝野幸男官房長官)として事業者責任の側面を強調していた。しかし、政府は 1961年の
国会答弁で、原賠法の立法趣旨について「 原子力事業者の経営を脅かさない 」(当時の
故・池田正之輔科学技術庁長官)と説明した経緯があり、外資系金融機関などの間で
「 政府は 電力会社を守るという約束を果たさないのか 」と動揺が広がり、20年9月償還
東電債利回りは、3月末に 2.973%と、震災前の水準( 10日、1.355% )から
1.6 ポイント以上 上昇した。
 本来なら 国債並みに高い信用力を誇る電力債の動向は、他の金融商品にも影響する
菅直人首相は5日、「 最終的には 国の責任という立場で、最後の最後まで しっかり対応
する 」と微妙に軌道修正したが、損害賠償の負担割合などが不透明なままでは、金融市場の
安定性にも影響する懸念がある。


          ☟       

福島第1原発:東電、ベント着手遅れ 首相「おれが話す」

                       毎日 4月4日 14時56分
 東日本大震災から一夜明けた3月12日午前6時すぎ。菅直人首相は 陸自ヘリで官邸屋上
を飛び立ち、被災地と東京電力福島第一原発の視察に向かった。秘書官らは「 指揮官が官邸
を不在にすると、後で批判される 」と引き留めたが、決断は揺るがなかった。
「 総理、原発は大丈夫なんです。構造上爆発しません 」。 機内の隣で班目(マダラメ)春樹
・内閣府原子力安全委員会委員長が伝えた。原発の安全性を チェック する機関の最高責任者だ。

 第1原発は 地震で自動停止したものの、原子炉内の圧力が異常に上昇した。 東電は
格納容器の弁を開放して水蒸気を逃がし、圧力を下げる作業( ベント )を前夜から迫られて
いた。班目委員長は「 視察の前に、作業は 当然行われていたと思っていた 」と振り返る。
だが、着手は遅れた。

 首相は 官邸に戻った後、周囲に「 原発は爆発しないよ 」と語った。
 1号機で ようやくベントが始まったのは 午前10時17分。しかし 間に合わず、
午後3時半過ぎに 原子炉建屋が水素爆発で吹き飛ぶ。「 原発崩壊 」の始まりだった。
致命傷ともいえる対応の遅れは、なぜ起きたのか。

 ◆        ◆
 11日、東電の勝俣恒久会長は 滞在先の北京で震災の一報を知る。心配する同行者に
「 情報がない 」と漏らし顔をゆがめた。衛星携帯で 本店と連絡を取り続けたが、帰国
できたのは 翌12日。 清水正孝社長も出張先の関西から帰京できない。東電はトップ不在
のまま対策本部を置く。
 一方、官邸の緊急災害対策本部。 当初、直接東電とやりとりするのではなく 経済産業省の
原子力安全・保安院を窓口にした。「 原子炉は 現状では大丈夫です 」。保安院は東電の
見立てを報告した。

 しかし、事態の悪化に 官邸は東電への不信を募らせる。菅首相は 11日夕、公邸にいる
伸子夫人に電話で「 東工大の名簿をすぐに探してくれ 」と頼んだ。信頼できる母校の学者
に助言を求めるためだった。
 11日午後8時30分、2号機の隔離時冷却系の機能が失われたことが判明する。電源車を
送り込み、復旧しなければならない。「 電源車は何台あるのか 」「 自衛隊で運べない
のか 」。首相執務室に ホワイトボードが持ち込まれ、自ら指揮を執った。
 官邸は 東電役員を呼びつけた。原子炉の圧力が上がってきたことを説明され、ベントを
要請した。 しかし 東電は動かない。マニュアルにはあるが、日本の原発で前例はない。
放射性物質が 一定程度、外部へまき散らされる可能性がある。
 「 一企業には重すぎる決断だ 」。東電側から そんな声が官邸にも聞こえてきた。
復旧し、冷却機能が安定すれば ベントの必要もなくなる。

 翌12日午前1時30分、官邸は海江田万里経産相名で 正式にベントの指示を出した。
だが、保安院は 実際に行うかどうかについて「 一義的には 東電が決めること 」という
姿勢を変えない。国が 電力各社に文書で提出させている重大事故対策は「 事業者の自主的
な措置 」と位置づけられている。
「 東電は なぜ指示を聞かないのか 」。官邸は 困惑するばかりだった。 首相は
「 東電の現地と直接、話をさせろ 」といら立った。「 ここにいても 何も分からないじゃないか。
行って原発の話ができるのは、おれ以外に誰がいるんだ 」。午前2時、視察は こうして決まった。

 事故を防ぐための備えは 考えられていた。しかし、それでも起きた時にどう対応できるか。
班目委員長は 取材に「 自分の不明を恥じる 」と言った上で、こう述べた。「 その備えが
足りなかった 」

      ◆
 東日本大震災から人も国も再び立ち上がるには何が必要なのか。教訓を得るというには
重すぎる出来事を後世にどう伝えればいいのか。あらゆる現場を見つめ直し、長い時間を
かけて考え続けなければならない。 随時掲載する「検証 大震災」の初回は、かつてない
原発の大事故に政府や東電が当初どう対処したのかを報告する。【震災検証取材班】

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